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ザ・ミスト
末期の目
美しき冒険旅行
レヴェナント: 蘇えりし者
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
シャイン
トイレのピエタ
カッシーニ グランドフィナーレ
ゴッド ファーザー
それでも恋するバルセロナ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
魔術師
ブラック・スワン Black Swan
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
LUCY ルーシー
ミツバチのささやき
娘ふたりと女子美へ☆彡
父 パードレ・パドローネ
写真についてーⅡ
去年マリエンバートで
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
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ミスター・ノーボディ

MY NAME IS NOBODY

MY NAME IS NOBODY
1975年
イタリア/フランス/西ドイツ/アメリカ

トニーノ・ヴァレリ監督
エルネスト・ガスタルディ脚本
エンニオ・モリコーネ音楽

ヘンリー・フォンダ 、、、ジャック・ボーレガード
テレンス・ヒル 、、、ノーボディ(名前を明かさない風来坊)
レオ・ゴードン 、、、レッド
ジェフリー・ルイス 、、、ワイルドバンチのリーダー
ジャン・マルタン 、、、サリヴァン

相変わらず、ボヤ~ッと過ごしているなか、観たい映画はない訳ではない。
ずっと”A”と”A2”が見たくて仕方がないのだが、まだ観る機会を得ていない。


「ミスター・ノーバディ」という映画が他にあり、ホントはそっちの方を観たかったのだが、こちらの「ミスター・ノーボディ」がデッキに入っていたので観てみることとなる。昨日の流れからすると近未来の死のなくなった管理社会を描いたという「ミスター・ノーバディ」観る方が自然なのだが仕方ない。

これはマカロニ・ウエスタンで、わたしはあまり観ない類の映画なのだが、観てみるとこれはこれで面白いものだ。
ただ、西部劇~マカロニ・ウエスタンに疎い為、この映画の面白さを充分に咀嚼できているかどうかは、分からない。
わたしも好きなサム・ペキンパーが序盤で話題になる。(彼の墓というのが映される(爆)。
ジャック・ボーレガードが最後に相対する相手というのが総勢150人の強者揃いの”ワイルドバンチ”「強盗団」とくる。
そうとう、サム・ペキンパーに対するオマージュは感じられるものだ。
「ワルキューレの騎行」が効果的に入ってくる。
音楽の方は流石だ。

ここでは、「ワイルドバンチ」みたいな壮絶な撃ち合いというのはなく、ただ飛び抜けて腕の良い主人公二人が一方的に撃つだけだ。
と言うより、ノーボディの方はほとんど人は撃たない。
余りに腕の差が大きい為かほとんどまともに相手せず、おちょくるくらいで、滅多に撃ち殺さないのだ。
ノーボディは少年時代からジャック・ボーレガードに憧れていて、もう老境に差し掛かった彼に花道を用意してあげたい気持ちらしい。
兎も角、序盤からジャック・ボーレガードにずっとつき纏う。
おれを倒して名をあげたいのなら抜け!と言われるが一向に抜かない。
何を考えているのか分からない感じでずっとジャック・ボーレガードの動向を追う。
いつも飄々としていて素頓狂で全く内面を悟られないニンマリした表情で行く先々に現れる。

ノーボディはジャック・ボーレガードについて今すぐ伝記が書けるくらい細かく調べ上げており、暗記もしている。
最期は、150人のワイルドバンチ(1500人以上のガンマンに相当する手練れ)を独りで迎え撃つというシナリオを彼の為に用意する。
それによってジャック・ボーレガードが永遠に歴史に残るようにしたいのだと。
ジャック・ボーレガード自身は特に歴史書に載りたいとも思っていない様子なのだが。

サム・ペキンパーの「ワイルド・バンチ」みたいな不穏な緊張感やハードボイルドな撃ち合いはなく、コメディ調で進んでゆく。
大道芸(お祭りか?)で、大きな人形が伸ばした腕を回して悪党を倒したり、鏡の部屋でからかって散々な目に合わせてみたり、、、それはそれでよいのだが。
何とも言えなかったのが、異常に長い尺でトイレにしゃがみこんでいる列車の車掌をノーボディがずっと見ているところだ。
普通、車掌が列車を離れているのを確認したところで、サッサと盗んで走らせないか?
ずっと眺めている理由が分からないし、その間車掌がしきりに顔の汗を拭うのがいつまで続くのだろうと居心地が悪くなってくる、、、。仕舞いに口笛を吹き始めそれに車掌も乗り出すと、突然ノーボディが消えている。列車が走り出す。車掌がトイレから出て大慌て。しかしトイレの時間の意味は分からない、、、。
何でもこの作品が、マカロニ・ウエスタンの最後の作品に当たるそうだ。
最後は趣き(含み)のあるコメディタッチのマカロニ・ウエスタンで幕を閉じたことになろう。
結構ためになる蘊蓄も述べられていた。

何処で撮影したのか、風景に圧倒される。
確かに西部劇は風景だ。
そして機関車。
ここでも機関車は最後の最後に大事な役目を果たす。

ジャック・ボーレガードが半ば意志に反してワイルド・バンチを迎え撃つことになる。
馬の鞍に忍ばせているダイナマイトを狙って正確に撃ってゆくものだから、次々に爆発が起き向こうは大惨事である。
そして頃合いの良いところでノーボディ運転の列車に乗っておさらばである。
最後はノーボディとのペテンの決闘をして死んだふりして現役引退、ヨーロッパに渡り余生を送ることとなる。
この後は、ノーボディがジャック・ボーレガードの後継者となって行くのは目に見えている。
有名になってしまったのだから、名前がなくとも付け狙われる。
しかし時代の流れもあり、早撃ちアウトローの存在自体危うくなってゆく。
やはり最後のウエスタンなのか、、、。


わたしにとっては、「暗黒街の弾痕」「怒りの葡萄」「荒野の決闘」などが印象に残るヘンリー・フォンダであるが、老境を迎えて眼鏡をかけないと視界が霞むなかで早撃ち名人として引き際を横槍を入れられながら模索するコメディというのも面白い話であった。
まあ、わたしとしては若かりし頃の「怒りの葡萄」の真摯な瑞々しさのインパクトが大きいのだが、良い感じの歳の取り方だと思う。


スローターハウス5

Slaughterhouse5 001

Slaughterhouse5

1972年
ジョージ・ロイ・ヒル監督

カート・ヴォネガット”Slaughterhouse-Five or The Children's Crusade: A Duty-Dance With Death”原作
スティーブン・ゲラー脚本

マイケル・サックス、、、ビリー・ビルグリム
ロン・リーブマン、、、ラザロ(ビリーを友の敵として復讐を誓っている)
ユージン・ロッシェ、、、ダービー(ビリーの庇護役のリーダー格の兵士、大学教授)
シャロン・ガンズ、、、バレンシア(ビリーの妻)
ヴァレリー・ペリン、、、モンタナ(映画女優、ビリーの恋人)


ゴールドベルク変奏曲(グレン・グールドによる)が何度も流れる。
とてもシーンに合っていて格調を与えていた。

「子供の十字軍」なるほど、、、。
「第5屠殺場」は、ドレスデン空襲の際に、ビリー・ビルグリム達の捕虜収容所として使われていた場所。
ついでに、「ドレスデン空襲」は誤爆であり犠牲者のほとんどは民間人であった(子供も多かった)という。
ここでも子供たちの死骸を山積みにして火をつけ火葬する場面がある。


”トラルファマドール星”というのが出てくるが、そこには姿は見せぬが時間を自在に移動できる存在がおり、主人公(など)ヒトもすきな時間に移動させてしまう。そんな設定で、ビリー・ビルグリムは目まぐるしく自分の辿った時間を行ったり来たりする。但しあくまでも「その時間」を生きるだけで、その時間流に対する超越的な存在=固有時でいることは出来ないため、その時空を対象として変容させることは出来ない。ただその時空になるだけ~経験するだけ(一回性のもとに)の話である。
であれば、普通線状的に時系列に沿って描いた映像をブツ切りにして、ランダムに並べ替えることで基本的に出来てしまいそうである。
しかしそうだとすると、一か所明らかに変なところがある。ビリー・ビルグリムが演説後にラザロに撃たれて死ぬことになっているということを演説の最中に民衆に向け話すのだ。そして実際に撃ち殺される。これはあり得ない。ルール違反だ。物語が形式的に壊れる。

彼ら?は主人公のところに(窓辺などに)青い星のような光で遠い夜空からやって来きたりする。
飛行機事故で脳に損傷を受けたビリー・ビルグリム自身が、何やら記憶を異常に鮮明に想起出来るような症状となったようにも窺えるが、映画女優のモンタナとトラルファマドール星で妻の死後に結ばれたりするところは、明らかに文脈から飛躍したシーンであるし、本人の憧れから生じた妄想も入ってきていると謂えるか。そのトラルファマドール星の見えない観衆の前に据えられたビリー・ビルグリムとモンタナのドーム形の部屋も如何にもチープな空想から出来た感じのセンスのない作りである。

何と言うか、それぞれのシーン(時空~記憶)の切り替えが、人込みで込み合っている集会から兵士の犇めき合う戦場に移行したり、廊下を歩く戦地の収容所から戦後の病院の廊下に移るなど、言語連想のようにシーン移行するところがかなり怪しい。
勿論、それぞれの場面、捕虜生活、結婚、息子の非行と反抗、妻の事故死、女優と結ばれ子供を授かる、息子の改心と軍隊入隊、出世、、、など様々なシーンが描かれるが、どれも主人公ビリー・ビルグリムが実際に体験した(知らされた)範囲に留まる。
であるから、ドラマチックで劇的な戦闘シーンやビリー・ビルグリムが防空壕に隠れていたときにどれだけの激しい空爆が続いていたのかなど、微塵も描かれない。広島以上の犠牲者を出したという壮絶な戦場は、防空壕を出た後の、子供たちの死骸の処理の場面だけで描写される。
それは仕方ない。彼は俯瞰的にそれを確認する視座は持たないのだ。何も見てはいなかった。いや、もっと謂えば、想い出せないのだ、、、。
周囲の人々の人物像はほとんど描かれない。
しいて言えば、自分が頼りにしていて親しかったダービーが、公正でしっかりしていて責任感の強い人として描かれていたくらいか。

感情的な起伏もなく、極めて淡々と物事が運ぶのも、ビリー・ビルグリムという人がそういうヒトだからだ。
出世して大金持ちの彼が妻の誕生日にキャデラックをプレゼントするが、その妻は彼が飛行機事故で収容された病院に半狂乱で車を事故でボロボロにしながら向かい、到着してから後に息を引き取る。
ここも、他の箇所と同じく狂態と混乱を引いて静かに捉えている。
妻はこの時点では死ぬが、それだけのことである。
きっとそういうことなのだ。

終始、感情的にほとんど揺れ動くことはなく、ユーモラスな感覚を覚えて観ていた。
それは、死がなんら決定的なものではないところからきている。
死の悲惨さも高揚も微塵もないのだ。
主人公が時間のあらゆる断片を行き来するとこを観てゆくうちに、時間に最初と最後があろうが、その中間を無限に行ったり来たり出来ることから、始まりと終わりのインパクトなど何もないことが感覚的に分かってしまう。
ここでも主人公は撃ち殺された後、すぐに別のシーンで愉しく過ごしている。

われわれより一次元上の、時間を点~瞬間ではなく、広がりとした世界に存在したらどのような認識を得られるのだろうか、、、。
何と謂うか究極の悲惨さ、そのどうしようもない動かしえない事実~結果があろうが、、、何だか宇宙の始まりと終焉を巡っての噺にも思えてくるではないか、、、誕生と死とを知らず、その間を無限反復すること自体に癒されて逝くのかも知れない。






青木繁

Aoki Shigeru003
「黄泉比良坂」

彼はギュスターブ・モローが大好きだったという。
なるほど、と思う。
通じるものがある。
神話を題材とする(ロマン派的)というだけでなく、一時期特に色彩の扱い方が近い気がする。
厭世的なところも似ている。まあ、世間など端から相手にしない芸術家は少なくないが、青木の場合、食ってゆく必要からなかなか大変であったようだ。
金銭面については、モローは全くお金に不自由する人ではなかった為、悠々と隠者生活が送れた。
この処女作の美しさには唸った。初めて観たとき、これが一番良いと思った。
黒田清輝の「白馬会」に出品し賞を得たというが、この絵はモローにも繋がる象徴性を湛えた神秘的な光を感じる絵である。
古事記(日本書紀も)を読み、日本人の根源に迫る絵を目指していたようだ。
これは、とても優れた方向性だと思うし、彼の描画スタイルにも合致していると思う。
そのまま行けば、東洋のギュスターブ・モローの誕生だ。

彼は早くから「天才」と呼ばれる。
自身もそう確信していることが良くわかる「自画像」を描いている。
「丹青(絵画)によって我男子たらん」と初心表明していた。
絵でアレキサンダーのような存在になる野心をもっていたようなのだ。

Aoki Shigeru002
「海の幸」

彼独自の作風であるし、代表作となるだけのモニュメンタルなインパクトがある。
とても勢いがあるダイナミックで的確なタッチだ。
画力が充分窺える。
恋人の白い顔がこちらを覗いている。
常にそういうものが気になり、その文脈の中に自分独自の意味~象徴を埋め込んでしまう人なのだ。
絵によっては、何気なく恋人の下に置いてきた息子まで出演している。
それは、気になるのは当然であろうが、主題的に関係ない作品に表出させてしまうのである。
自分の気持ち(無意識的なもの~要求)にとても率直なのだ。
(表現者の特徴であり、ある意味特権ではあるが、、、)。

この行列は、地元の漁師に謂わせれば、全くの想像の賜物であり、実際にこういう形で獲物を捕らえてから行列して歩くことはないという。祭りの形体から援用しているとみられるところはあるらしいが、元の形などはさしあたり、どうでもよい。
日本(人)の源流を漁師たちの姿を借りて青木のイメージで掬いだしたものと謂えよう。
わたしもこれには見入ってしまうが、漁師たちの表情がもはや、日常のヒトのものではないのだが、神話的な人物というような特別な存在(英雄や偉人)にも見えない、何かヒトの原型を観るような気分になる。
一口に言って、不思議な感じの拭えない絵なのだ。
パリで展示された際にも、鑑賞したパリジャンたちは、皆不思議がっていたようである。
だから注目され続け、代表作なのだろう。

Aoki Shigeru001
「わだつみのいろこの宮」

はっきり言って力作と一目で分かる絵である。
やる気を出して、充分に構想を練って準備して描いたなと恐らく誰が見ても分かってしまう絵であろう。
大変美しく隙の無い作画であるし、完成度がとても高いものだ。
ただ、丁寧なタッチで描き過ぎたきらいはあり、やや説明的な感もしなくはない。
もしかしたら、賞狙いの欲が過剰に働いたか。
「海の幸」みたいに描きたいもの~イメージを一気呵成に、奔放に定着した凄みは後退している。
綺麗な絵である。

当人の期待した称賛は得られず、大きな落胆を経験することになる。
しかし、自分がよく描けたという確信があれば、世間がどう見ようがそんなことはどうでも良いのではないか?
自分にとって(内的必然において)どうなのか、それがすべてではないのか。
勿論、大家となって名誉欲を充たし、金銭面でも安定を得る必要はあったかも知れないが。
であれば、一回くらいの挫折で落ち込んでいる暇はあるまい。
10回続けてトライしても大賞が取れなかったというなら分かるが、たかが一度思った賞が取れなかったくらいで大変な落ち込み様というのは、なんとも、、、。

非常な自信家であった分、打たれ弱いヒトであったようだ。

Aoki Shigeru004
「朝日」

恋人とその間に生まれた子供を残し、故郷に戻って生活を支える絵を描いていたが、その後、、、
九州各地を放浪し酒に溺れながら極貧のうちに唐津の海に最期に行き着く。
そこで、何故か「朝日」を描く。
写実のようで心象風景に他ならない異様に神秘的で幽玄な美しい海の光景である。
幻想の朝日であろう。
そこに見えない「朝日」を見ようとしたのだ、、、。
絶筆である。
28年の生涯を閉じる。


娘のお出かけ~北斎とルノアールも少し、、、

hokusai.jpg

7月31日からずっと、娘が海外旅行である。
15日にならなければ戻ってこない。
娘のいないうちに色々やろう、と思っていたのだが、いざ自分の空間にあの小うるさい娘たちがいないと、腑抜け状態になってしまう。計画を綿密に立てなかったから、とかいう問題ではなく、、、。
ボーっと一日が過ぎてしまうのだ。
活気がないとかいうものとは違う感覚である。
(うるさいのと活気とは違う)。
ただ、自分のなかに発動する何かがないのだ。

、、、わたしには、もともと中心がない。

おまけに、天気も悪く、月も出ない。
娘たちとはじめて、毎日収穫のあったトマト畑も、嵐でかなりの大打撃を食らってしまった。
昨日、結局3本木を始末した。

何だか蒸し暑いうえに、空虚な感じにとらわれるものである(爆。


今日は北斎やルノアールを観て過ごした。
北斎の技量の高さには、ひたすら驚愕するばかりである。
その上に発想の豊かさと自在さ、というか観察力とその構造の原理を掴みデザインに的確に活かせる能力の高さに驚く。
また、よく言われる茶目っ気である。
やはり、その通りだ。
富士山であれだけ遊べる人はいまい。思わず笑ってしまう。
そして夥しいバリエーションの獅子である。
もう、北斎その人である、としか言えない。獅子がそろばん弾いて小言まで言っている。
更に波頭の形体の妙。砕ける波がどんどん雄弁に迫力を増してゆく。
ついに波しぶきが鳥となって羽ばたき飛んでゆく様は、もうエッシャーである。
(勿論、エッシャーより早い)。
波の打ち寄せと引き潮の動きの雄弁で簡潔なこと、、、。
とても解き放たれた心地よい想像力を感じ、スーパーフラットな閉塞的な圧迫感が全くない。
そして波だけが時空の奥に向けて螺旋状に運動してゆく光景は、宇宙の創造そのものを肌身に感じるところまでゆく。
神秘的であり偉大さを感じるが、重々しさはない。

どんな描画法であろうが何が題材であろうが、何でも彼の独自の絵として完璧に迷いなく仕上げてしまう。
晩年の肉筆画の圧倒的な技量には、ただもう唸るだけであるが、とても心地よく絵の中に入って行ける。
ここがきっと肝心なところなのだ、とつくづく思った、、、。
ここまで神業となると、上手いとかどうとかではなく、ただ気楽に楽しめてしまう。
そういった、行くところまで行った「軽み」が感じられるものである。

Mlle Irene Cahen dAnvers

ルノアールは、断然初期が良い。1980年代は瑞々しさを保ちながらも熟れてきた作品が多く、とても好きだ。
1970年代の固さが感じられる絵にも惹かれる。
だが、わたしはこのあたりの初期の頃の絵しか見る気がしない、、、。
何といっても印象派である。
外に絵の具を持って(開発されたチューブ入り絵の具で)光と色を、特にルノアールは繊細なタッチで描いてゆく。
光と色は常に新たに発見され、カンバスに小気味よく定着される。
その息遣いさえも感じられるタッチの画面は、どれも気持ちよい。
この雨ばかり続き風もひどく鬱陶しい時に見るには最適な絵である。

ルノアールは、もともと陶磁器の絵付け職人から出発した人であるから、細やかなタッチと心地よい色遣いは特徴的である。
とても清々しく優しいハーモニーに充ちている。(何しろ陶磁器が気持ちよい模様でなかったら商品にならない)。
「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、「二人の姉妹~テラスにて」、「舟遊びをする人々の昼食」とか、風景の中の群像(人物)の絵は、いつまでも観ていられるとても心安らぐ愉しいものばかりである。
そんななかでも「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」が特に好きだ。
こんな瑞々しく愛らしい少女像があるだろうか。
こういった少女像は、この頃のルノアールの独壇場だ。
他の画家の追従を許さない。

しかし、1990年以降のルノアールの絵にはついてゆけなくなる。
巨匠となってから後だ。(巨大な恐竜が身動きできなくなったかのような印象を受ける)。
特に「ピアノに寄る少女たち」(1992)が象徴的であるが、もう何と言うかひたすら感覚的に観るに耐えないものとなってゆく。
晩年の「浴女たち」が良いという人も勿論いるだろうが、わたしは生理的にダメである。
有名画家の描いた絵の中で(教科書にも載っていた絵で)もっとも嫌いな絵が「ピアノに寄る少女たち」であったが、それは今も変わらない。それから、ぶよぶよのセイウチのような晩年のニンフ群についても。

最も好きな絵の一つも彼の「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」なのだが、、、。
わたしにとってルノアールとはアンビバレンツな存在なのだ。

まあ、そういったものであることが普通なのかとも思う。

だが、西洋画家でも、ギュスターヴ・モロー、バルテュス(バルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ)、ウンベルト・ボッチョーニ、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、フランツ・マルクなどは、どの作品をとっても強烈に好きである(爆。


天候の悪い日は、自分の好きな絵でも観て、音楽を聴いて過ごすのが一番に想える。
(ただ、娘たちがいないうちに出来ることは少しでも進めておかなければならない)。



村上隆

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昨日に続いて現在活躍中のアーティスト。(画家というよりアーティストというのが馴染む)。
村上隆を実際に美術館に見に行った事はない。
横100m縦3mの作品を観たら、それはさぞ圧倒されるだろう。
メディアや雑誌で観た範囲の感想である。
恐らく実際に会場に足を運んでも変わらないと思うが、その作品世界に惹き込まれるというものではなく、表面に湛えられた強烈な迫力に押し返されるような経験となると思う。

彼は若くして海外(アメリカ)に渡る。
世に出ること~野心に燃えていたようだ。
何をすれば時流に乗れるだろう、と考えた末、日本のアニメを元に(その後は水墨画~浮世絵も引用し)、シルクスクリーンを中心に作品を展開していった。
特徴としては、何より奥行き~内界を排除した表面のみを強調したパワー溢れるものだ。
等身大フィギュアも作成している。当初から作品はよく売れたそうだ。

自身は「海外に対するアンチテーゼ」と騙っているが、寧ろ日本のアニメと江戸の絵師からの引用と西洋ポップアートの融合ではないか、という気がする。
さらに戦後日本を強く意識した制作を行っているという。
なるほど、戦後の日本のオモチャ産業はJHQやアメリカ本国への輸出を巡っての商品開発で、やはりアメリカ=日本のハイブリッドデザインが生まれる場であったはず。
彼の作品群はそれを更に純化した異常なほどポップな融合作なのではないか。

芸大の日本画出身で、アニメの手法を基本にして、ポップアート~ファインアート~水墨画(浮世絵)をシームレスに繋ごうという試みは、彼自身が提唱するスーパーフラットというムーブメントであろう。
確かに非常に平面的で、構成要素の輪郭内部に限りなく過剰な装飾形体~模様を充填してゆこうという作品だ。
(こんな巨大で細密な版画をよく刷ったものだなと、感心するばかりだ)。
個々の要素(羅漢など)に関しては、一体ずづコンピュータに取り込んで構成に及んだという。

murakami005.png

村上隆は、作品がとても高く売れる。
金が動く。非常に儲かっているアーティストだ。
フィギュアも作っており、パリで展示されたり、やはり高額で買い取られている。
(金持ちは結構いるものだ)。
流石にベルサイユ宮殿で展示される際には、反対者も出たらしい。
(しかし、ベルサイユ宮殿に展示され、そしてそれに反対する人たちがいる事自体、どれだけ有名かということである)。

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彼は『DB君』という真似されやすいキャラクターをもっている。
似ているキャラを発表している会社に対し著作権侵害で提訴して和解金(4000万円)も受け取っているが、子供とかが何となく描けば似てしまう類の顔のキャラである。
実際、フィギュアも一体5800万円で取引されたそうだが、食玩にも作品は転用されている。
確かにオモチャ・キャラクター商品でも十分に通用するモノだろう。

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肝心の大作についてだが、「500羅漢図」を美術誌紙面とTVで観た。
実際に会場に行ったとしても全貌を一度に観るのは不可能であり、部分的に観てゆくことになろう。

全長100mの凄まじく長く大きなシルクスクリーン作品であり、彼が原案を考え、それらを構成する絵は雇っているスタッフや学生アルバイトに任される。
実際の刷りは、非常に神経を使う体力・根気仕事であり、これは学生たちの担当になる。
村上は、基本チェックをして檄を飛ばす社長のような立場だ。
現場責任者も学生だったりする。
村上は外注であったり、工房~スタジオシステムで作品制作をしてきているのだ。
ルネサンス期だって多くはそうであった。(レオナルドはベロッキオ工房で師匠の絵の一部を描いていた、、、師匠より上手かったが)。
「500羅漢図」は、東日本大震災に衝撃を受けて、アートとして何ができるかを考えたところから、コンセプトが生まれたという。
安政の大震災の際に描かれた狩野一信による「500羅漢図」を下地に村上流の平面的極彩色の迫力画面に仕上がっている。
羅漢が光線を発しているところなど、歌川国芳にも通じるところを感じる。
(村上にとって光線を発する等、大したギミックではないが)。
そして羅漢に限らず、全ての要素が「怪物」たちなのである。龍やその他の想像上の怪獣で羅漢の他は埋め尽くされる。
勿論、羅漢の顔~表情も皆、怪物である。
少なくとも観て拝みたくなる厳粛な顔などは一切ない。
どう見たらよいのかよく分からない顔ばかりなのだ、、、。それが狙いなのだろうが、、、。
(何故か諸星大二郎の「インフェルノ」を扱った『生命の木』に登場する彼らの顔を想起した)。

また面白いのは、背景の(炎などの)連続性を故意に崩すことで、観る者にワザと引っかかりを持たせる工夫を凝らしているところだ。
炎に限らずドット模様も繋ぎ目でズレていたりする。しかし図の部分では綺麗に連続している。
これは確信犯である。

しかし、大いに目立つとはいえ、これがどういう作品なのか(何であるのか)、よく分からないのだ。
『DB君』とその変容キャラも含め。
文字通り商品としても接することのできる作品であるが、どう接するものなのかとても戸惑うモノなのだ。
とても微妙な境界上の作品群に想える。
(分析しようとか、そういう気にもさせない強靭な即物性は感じる)。




入江一子

絵を描くことがそのまま宇宙から滋養を貰うこと。
きっとそうなのだ。
われわれには不可視なその光が、いよいよ顕になる。
呆気にとられる「光そのもの」が射してくる、、、。
まさしく「光の画家」

しかし、それはDNAを破壊するような宇宙線ではない。
霊光とでも謂うべき優しい涼やかな光が風景を満たすのだ。
尋常ではない原色の眩い光景~パステルカラーである。
民族衣装も際立つ。
そう、純情無垢な美しさ~愛らしさで充ち広がるのだ。

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「四姑娘山の青いケシ」

入江一子は、高齢で現役を元気に続けている画家の代表である。
1916年5月生まれであるから今、101歳。
新作を意欲的に制作し続けている。
何れも対象に対する究極の「賛歌」と謂えようか。一点の曇りも感じない絵だ。

彼女は50歳を越えてから、シルクロード36カ国を周っている。(それを聞いただけでもわたしは眩暈がする)。
42℃もある土地で何時間にもわたってスケッチをしたり、明かりのない暗がりで懐中電灯を頼りに敦煌の飛天を模写したり、蒼い芥子を観るために24時間馬に乗り、山頂に二泊して高山病に罹りながらも芥子を描いて帰ってきたり、ともかくその取材力が半端でなく凄い。普通なら過労で倒れるようなところ、彼女は絵を描くことによって、余計に元気になる。
恐らく、自然に同調して元気を貰っているのだ。
自然~宇宙の神秘との結束点になっているのだ。
植物のように。
ヒトとしての何かの器官が発達している(または、抑制されている)のかも知れない。

irie004.jpg
「敦煌飛天」

彼女の天真爛漫な話し方からして、何かが違う。
これまで画業一筋、脇目も振らず一直線に生きて来た賜物か。猥雑物が一切ない。
彼女が「絵」そのものという感じしかしないのだ。
例えば青木繁のような天才画家であっても、絵は手段・方法のひとつと考えており、彼にとって自分の思想~世界観(神話)を表すことが何より問題である。それが文学であったかも知れず、選択の結果であった。
入江の場合、そのような絵との距離はなく、描くことは生の形式に埋まり込んだものだ。
絵を描くことが生きること~呼吸することと同義となっている。
6歳の時から絵が描きたくてたまらず描いてきており、その姿勢は100年、変わりない。
(彼女にはメアリー・カサットと違い、「女子美」という受け皿もしっかりあった。)
幼いころから食卓に出た食べ物も、まず絵に描いてから食べる。(これは今でもやっているかどうか、、、?)

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「トルファン祭りの日」

そして毎日、好物の焼き肉を食べる。(魚は絵になるが、恐らく焼き肉は絵には描くまい)。
来客には自分の旅の話を楽しそうに聞かせる。
モロッコのバザールで空に浮いた原色の色鮮やかなパラソルの群れのこと。
大道芸人たちと楽器を打ち鳴らす音の響き、、、。
民族衣装の美しさ。
砂漠や日干し煉瓦に落ちる朝日と夕日の光の輝き。
そして、その民族が今、戦禍に見舞われ苦しめられていることにたいする同情。
入江の絵は文化遺産の記録にもなってしまった。(彼女流に抽象化された風景ではあるが)。
彼女がかつて描いた バーミヤンの石仏は、タリバンのによって破壊されてしまっている。
そんなところが多数ある。

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「バリ島.ガルンガンまつりの日」

光が完全に可視化している。
この光の下でのこの色彩なのだろう。
彼女には実際に、こう見えているのだ。
「デッサンは難行、苦行だが色を塗ると真実みが出てきて愉しいです。」

彼女は、何処にあっても目に留まるものを何でもスケッチする。
東京の路地であっても。
そこから「生命の美」そのものが生まれてくるようだ。


「絵がだんだん分かって来て、だんだん描けるようになるんです。」
この言葉には無限の重みがある。



メアリー・カサット

Mary Stevenson Cassatt001

この絵はメアリー・カサットの芯の強さをよく表している。
女性の眼差しが確固たる意志を表明している。
わたしは見に来た、という眼力を充分に感じ取れる。

彼女はアメリカの富豪の娘であったが、絵画の勉強にやって来たパリで学校に入れてもらえなかった。
試験に不合格であったわけではない。
女性である為に、門前払いを受けたのだ。
19世紀のパリである。
エアリー・カサットは、学びはルーブル美術館で充分と言って作品模写に励む。
観ることで学ぶという。その強い姿勢が窺える。
この自立心はもうすでに男性以上ではないか、、、。

同時代の女性画家(印象派)に、フランスではベルト・モリゾがいたが、彼女はフラゴナールの家系でもあり、師匠にはコローがいた。
彼女の方は、かなり恵まれているか。

しかし、メアリー・カサットもその後印象派に関わり、(結局彼女のお陰でアメリカに印象派が紹介される)そこでピサロ、ドガに絵を学ぶ。
特に、ドガと自分の視座の近いことを認識する。
自分たちは、身近な日常のありのままの現実をもっとも重く見る!
(恐らくこう考えたはず、、、)。

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この絵の絶大な魅力は何か、と考えると「濃密な距離」にある。
そこに生じている空間が非常に濃密なのだ。
母の目と子供の目の間の作る時空である。
互いに問いかけ合う関係が重く息づく、、、。
そこには、親密な情もあるが絵空事ではない、無意識的で生理的な嫌悪と、生々しい葛藤も渦巻いている。
自分の感情を静かに内省してみれば、これは誰にも否定は出来ないはずだ。
カサットの絵には、そうした「疲労」が描き込まれている。
その点だけでもわたしは彼女の絵の信奉者である。
母子関係とは、本当に生易しいものではない。

それは「人間」(たかだか200年の概念)の前にある生物学的ヒトとしての迷いと寄る辺なさからくる、疲れである。
(吉本隆明はかつて親子関係を本質的に互いが互いを滅ぼし合う関係であると騙っていたが、余りに大きい説得力に絶句することも屡々である)。


「母子」だけを主題としたのはカサットが初めてではないか。
宗教画や風俗画の一部に添え物として描き込まれることは、それまで~歴史的にあったにせよ。
(間抜け顔した天使像などにもよく見られる)。
まともに写実された歴史は彼女以前には、ない。

「母子」関係の重さは計り知れない。
「母子」関係はやがて成長とともに消えゆくものとは言えず、強固に精神の基調を形作り、一生に深い影響を及ぼすことが多い。
宿命との闘いの始まりの図である。
カサットの絵は、むずがっている可愛らしい子供をあやす微笑ましい母子愛が優しく描かれているだとか、、、いい加減に軽く見ることは許さない毅然とした崇高さがある。

Mary Stevenson Cassatt003

本当に日常の写実である。
彼女は理想的な姿は描かない。綺麗ごとで胡麻化さない。
現実の母子関係は(父子もそうであるが)、日々闘いでしかない。
牧歌的で呑気なものでは決してないのだ。
母子の互いの探り合いを、とても細やかな神経で描き切っている。

それによって研ぎ澄まされた美で湛えられている。
畳みこまれた母子関係~時間が一見何気なく描かれている。
そこに魅了される。

これは、恐らく彼女が姉の看病、母親の介護を長年しながら、女性ということからくる差別とも闘い、果敢に絵を描き続けてきたことで培われた意志の強さと洞察力によるものだと思われる。
ちなみに彼女自身には子供はおらず、兄夫婦や周囲の子供を鋭く観察した過程に生まれた成果である。

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彼女はフランスで日本の浮世絵を鑑賞し、影響を受ける。
当時の印象派の画家たちは少なからず、浮世絵の平面性、形体の単純化・強調、色彩に衝撃を受けていたが、彼女もその例外ではない。
しかも題材的にも、母子像の描かれたものに惹かれるところがあったようだ。

銅版画の線の明快な美しさがとても活き活きしていて気持ちが良い。
まるで浮世絵を見るような心持になる。
才能の確かさも改めて確認した。

時折、画集を開いて観てしまう画家である。


長谷川等伯

長谷川等伯は、安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した絵師である。
下級武士の子として生を受けるが幼い時に、染物業を営む長谷川家に養子に出される。

「松林図屏風」(国宝)
Hasegawa Tohaku002Hasegawa Tohaku001

ここまで圧倒的な絵というものを、観たことがない。
ただ、ことばを失うばかりだ。
何をか無理やり言ってみても虚しい。
やはりこうした屛風画では、一番拘ってしまう。
この絵は時の権力者の依頼で描いたものではない。
自分の為に描いたものだ。
画集で観るときでさえ、特別姿勢を正して観てしまう。
丁度この頃、自分の跡継ぎと決めていた息子が世を去っている。
狩野派にこれは描けないことだけは、確かだ。
水墨画と大和絵の高次の融合である。


戦国時代、絵師というのは、権力者の城の空間を埋めるための仕事をしたと言える。
狩野派一の天才とうたわれる狩野永徳は常に天下人の近くで権力に守られ制作に励んでいた。
一方、長谷川等伯は能登から独りやって来た無名の絵師(仏画師)である。
永徳の描いた絵を見て、等伯の野心に火が付いたことは有名。
等伯は一時、狩野派の下で絵を学んでいる。(学ぶと言っても部外者として手伝うといったレベルを超えられない)。

等伯は独立し堺の商人の勢いに乗った(金を蓄えた商人が等伯の絵を求めるようになった)ところもあり、利休とも交流が深かまり、重く見られるようになる。
そしてついに、大徳寺三玄院の襖絵を利休に任され成果を上げる。
ここから等伯の名声は鰻上りとなり、永徳は大いに焦ったという。
狩野派は既得権を守るために、等伯に対し様々な圧力と奸計を仕掛ける。
等伯はついに「仙洞御所対屋障壁画」の大きな仕事の依頼を受けるも、永徳の謀略によって阻まれるという事件も起きた。
しかし信長が死んでから、永徳の権威もこれまでのような力が続かず、等伯の勢いを止めることが出来なくなった。
永徳の急死により、狩野派は一時求心力を失う。
その時期、秀吉は息子の弔いのために、京都に菩提寺・祥雲寺(智積院)の建立を命じ、障壁画を等伯に任せた。
秀吉も大いに満足させた「楓図屏風」(楓図壁貼付)が等伯の地位と名声を絶大なものにする。


長谷川等伯の絵は、いずれも野心的であり、センスが極めて鋭い。

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「楓図屏風」(国宝)
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「檜図屏風」(狩野永徳)
同時代の巨匠同士でよく引き合いに出される絵。
共に豪華絢爛な趣向であるが、デザイン的に観るとかなり違う。
構図、色彩の扱い(塗り重ね)等が、等伯の楓図は大胆で華麗で革新的だ。
これを見比べると、等伯に時代を超脱した魅力が活き活きと感じられ、やはり等伯となってしまうが、永徳には「洛中洛外図屏風」もある。
金箔貼りまくりの細密豪華絢爛の凄さもありだ。
あっちも見始めると面白くてやめられない、、、。

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「利休居士像」
利休ももとは、堺の商人であった。
等伯の力をいち早く見抜いた人である。
この肖像画、様式的に描く姿勢とは全く異なり、極めてリアルに洗練された手法で描かれている。
これを観れば、利休という人がじわ~っと分かって来る気がする。
非常に優れて写実的な肖像画に想える。

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「枯木猿猴図」
この猿は面白い。
とってもフサフサしていて柔らかそうで白くて丸いのだ。
3匹いて、等伯親子を表しているとも謂われる。
木の枝振りは実に枯れていて、猿との質感の違いを味わえるものだ。
彼は妻と才能豊かな息子を二人とも亡くしている。

絵では大成功し「下剋上の絵師」とまで称されるが、私生活では大切な肉親の死に見舞われた。
しかしそれを乗り越える精神~野心も只ならぬものがある。
雪舟を自分の権威イメージに巧みに取り込むイメージ戦略が功を奏し、大寺院からの依頼も増え続け、彼は単なる有名絵師に留まらず京都の有力者となっていった。
具体的には、雪舟から数えて自分が5代目にあたると標榜する系譜の作成~宣伝である。
雪舟-等春-法淳(養祖父)-道浄(養父)-等伯。
なかなか絵師がここまで考えることはないと思う。
藝術的才能と技量だけではない、マーケティング(ブランディング)能力の高さも尋常ではなかった。
(利休や堺との結びつきなどにしても)。
商才にも長けていたというべきか。



吉田 博

もう一人、版画を。わたしはこの画家については「光る海」(版画)から入っており、それ以前の画業や人となりなどについてはほとんど知らない。明治~大正~昭和を跨ぎ活躍した画家~版画家であり、時代を通しての第一人者であるが、然程知らないのだ。
だが、その版画が途轍もない魅力を湛えている為、一言だけ記しておきたい。

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ダイアナ妃がとても気に入り購入したという彼の「光る海」
執務室に飾っていたことは知られている。
日が傾く頃の瀬戸内海の静かで永遠を感じさせる柔らかな水面の光、、、。


画才を認められ吉田嘉三郎の養子となったことで吉田の姓を名乗る。
その当時は水彩画が基本で、油絵も描いていた。
若くして渡米し、デトロイトで作品を多数展示・発表するが、高い評価を得て受け容れられ、作品も売れる。

自然の幽玄な姿を写し取る緻密で重厚な作風は、東洋的とは謂えるが、伝統的描画ではなく欧米にも日本にも比べるものがないことからも話題を呼んだ。
その後、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCでも展覧会を開き名も知れ渡る。
そして題材を求め、欧州諸国、及びモロッコ、エジプトにも外遊し作品制作に励む。

版画に移行する前の水彩・油彩の吉田の絵は、只管重厚で哲学的な趣の深いもので、当時主流であった黒田清輝の軽やかで明るい「新派」からは「旧派」扱いを受け、日本においては孤立を余儀なくされていた。
アメリカ~ヨーロッパでは、かなり認められた存在であったにも拘らず、暫く本国日本では誰もが知る画家とは言えない位置にいた。

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尤も、アカデミックな場においては、水彩画の「ピラミッドの月夜」、「池の鯉」、「新月」、「峡谷」などや油彩の「精華」、「千古の雪」など非常に高い評価を博しているものも多い。文部省美術展覧会で文部省買い上げや無鑑査で出品する権利を得ており、審査員としての出品も果たしていた。


しかし新版画の版元、渡辺庄三郎に出会い彼の版画舗から木版画を出版し始めることにより、日本においても一般的に高い評価がつくようになる。
充分に画家としての高い地位についていた40歳からの挑戦であり、新境地の開拓でもあった。
彼が本格的に活躍が広く認められるのは版画に目覚め、何と彫りと刷りまで職人レベルの力をつけ独りで出版するようになってからと謂えよう。
版画の制作ペースも速く、忽ちボストンを拠点に、フィラデルフィア、デトロイトなどで何度も展覧会を開いている。
しかも独自の手法を幾つも開発し、一見版画には見えない版画作品の趣を得ることになる。
(海外の吉田 博の研究家はそれを「発明」と呼んでいる)。

yoshida hiroshi002

名作と呼び名も高い「剣岳の朝」
夏の夜明けの一瞬である。
印象派的な儚い美をしっかりとした版画の構築性で捉えている。
光と空気が優しく柔らかい。
その光と空気のリアリティの為か、臨場感が異様に高い。
「画家は自然と人間の間に立って、それを見ることのできない人のために自然の美を表してみせるのが天職である。」
確かにわれわれもそこに溶け込むように風景を感じることが出来るのだ、、、。
こんな時間は、名画相手の絵画鑑賞であっても、それほど味わえるものではない。


彼はその題材を求め、日本でも諸外国においても山岳をモチーフとすることが多かった。
自身山登りが好きで、必ず頂上まで登ってしまい、山中に籠って描くことも多かったようだ。
その為、その視座によるパノラマ画面の雄大で清々しい風景も多い。
しかし、何処に行っても(外国に行っても)観光化が進み、それが悩みでもあったらしい。
人の知らない自然の美を伝えなければならないのだ。
山を描く版画家であれば、彼も当然「富士山」を描いている。
そこには、西洋画だけでなく明らかに葛飾北斎などの浮世絵の影響が感じとれる。
版画を学び取るに当り浮世絵の線や色彩、形体の単純化の研究が作画にとても有効に働いたと考えられる。
確実に水彩・油彩に見られない特異な表現~美が加わっている。
(何処を描いても人の知らない自然を魅せてしまうような、、、)。

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彼は山のほかに、山の谷間などを流れる渓流なども好んで描いている。
水の表現では彼の右に出る画家はいないとまで謂わしめるようになるが、確かに水~多様な速度の水流は圧巻であり、飛び抜けた動勢と質感である。
水の湧き出て流れ、砕け落ちる「音」まで聴こえてくる。
まさに自然の美を純粋に伝えるレヴェルに到達している、と感じられる。


それを可能にする方法として、まず秀でたデッサン力は言うまでもないが、掘りの輪郭線の強弱・太さの微妙な調節、線も光に対する色で刷り分けるなどを細やかな手間を惜しまない。
しかし一番大きな効果は、画面に深い陰影を埋め込むための「ネズミ版」を執拗に重ねて刷ることで、版画であることに気付かないような深い奥行きのある画面が生成されることとなる。
この「ネズミ版」を30回以上重ね刷ることが彼の作品では普通であった。
欧州歴訪を終え、自身の版画スタジオから「アメリカ・シリーズ」、「ヨーロッパ・シリーズ」を出版する。
この彼の版画の光景は、欧米とか日本とか関係なく、、、光と風の創る、未知の永遠の瞬間に想える。


水彩や油彩の頃と比べると、作風に重厚さは基調として保たれてはいるが、優しさ~穏やかさや柔らか味が加わっていることが分かる。
ここが、恐らくダイアナ妃を強く惹きつけたところであろう。
斯く言うわたしも、そうなのだ(笑。
一度目を向けたら、なかなか離れられない画面である。


歌川国芳

受ける!そして愉しい。

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「相馬の古内裏」
平将門の娘、滝夜叉姫が呼び出した巨大骸骨が目を引く。

国芳と謂えば、猫好きで奇想天外な絵を描き反骨精神に富む浮世絵画家というイメージで、この絵や動物を擬人化した絵や人体でアンチンボルトをやったような絵が頭に浮かぶが、他にも凄い絵がたくさんあった。
端から浮世絵の枠を飛び越えている。
というより、枠などない。
しかし、技量は確かでちゃっかり西洋画も研究していて、明暗法や遠近法を取り入れた絵~版画で人を強く惹きつける。
一筋縄ではいかない。
骸骨もかなり正確なデッサン~観察を元にしている。

ただ変わったことをやって、人目を惹き有名になろうとした絵師ではない。
そもそも、変わったことをやるにはそれを見出す発想力と具現化する技術と技法の蓄積がなければ新たな形にならない。
敏感なアンテナも立っていなければなるまい。

単に奇想版画家などではないのだ。
ただ、描きたくなったものをきっと臆面もなく描いたのだ。
しかもとても反骨精神に富み、お上に対してもレトリックを駆使して対抗した、庶民の気持ちを代弁する爽快な絵もある。
(その為、何度も呼び出され尋問を受けたりしたことがある。水野忠邦のころである)。

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「見かけは怖いが、とんだいい人だ」

しかし奇想だ。
何を想ってこんな面白いことをするのかが理解できなかったりする。
流石の南伸坊さんもこの真似はできないのでは、、、。
しかし暇な人たちが何処かの横丁に集まってやってみたかも知れぬではないか。
恐らくやってみて酷い目にあった酔狂な人はいたはず。
勿論、目で追って楽しむものであり、実際にやるのは邪道であるが。
ナンセンスとユーモアの何であるかを、こんな形で示す粋な人。

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この手の絵はきっと江戸庶民に受けたはず。
受ければ何パタンもやって見たくもなる。
サービス精神も旺盛なのだ。
ちなみに最後の物は、「猫の当字 なまず」である。
猫大好きで有能なデザイナーでもある国芳の真骨頂であろう。
この文字は本当に普遍性のある楽しさと可愛さに充ち満ちている。

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「甲越勇将伝、、、諸角豊後守昌清」
ウイリアム・ブレイクかと一瞬思うような斬新な絵である。
ドラゴンボールも真っ青。
この時空を超越したかの如くの作画であるが、彼には東京スカイツリーを描いたのではないかという疑惑を持たれている風景画さえあるのだから、さして突飛には思えない。
それはともかく、詩的でアーティスティックなカッコよさは、今でも充分通用する。
(フィギュアスケートなどでも、、、)。

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「西塔鬼若丸」
彼は武者絵が得意で、それをひとつの売り物としており、絶大な支持を得ていた。
特に弁慶は多い。
ここでは、何と巨大な鯉と取っ組み合いをしている。
ストーリー性にも富み、力が入る。
ここがヒットに繋がる。

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「禽獣図会 大鵬 海老」
極め付けである。
巨大海老と伝説の巨鳥の闘い。
アメリカ映画の鮫vs.鰐の類よりずっと面白い。
日本の怪獣映画がこの影響を受けていないはずはない!
(果たしてこれを凌ぐ怪獣対決ものがあるか、、、)。

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わたしが一番好きな国芳の絵である。
「宮本武蔵の鯨退治」である。
この大パノラマ感覚。
ワクワクする劇画感覚。
白い夥しい水玉模様が、泡なのか皮膚の模様なのか、、、デザイン的に素敵でたまらない。
女子なら、「かわいい~っ」と言ってみたいではないか、、、?


何であってもどれも面白くて愉しい。
この絵が版画であることが嬉しい。
一部の金持ちや権力者が独占するものではなく、誰もが手にして見ることが出来る版画~複製藝術であることで、民衆が元気になる。
これが一番大きい。


*他にも面白いものがわんさかあるので、近いうちに続編をやりたい気もする。



スノーデン

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Snowden
2016年
アメリカ

オリバー・ストーン監督
キーラン・フィッツジェラルド、オリバー・ストーン脚本
ルーク・ハーディング『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』、アナトリー・クチェレナ『Time of the Octopus』原作

ジョセフ・ゴードン=レヴィット、、、エドワード・スノーデン
シャイリーン・ウッドリー、、、リンゼイ・ミルズ(スノーデンの恋人、カメラマン)
メリッサ・レオ、、、ローラ・ポイトラス(ドキュメンタリー映画作家)
ザカリー・クイント、、、グレン・グリーンウォルド(ジャーナリスト)
トム・ウィルキンソン、、、イーウェン・マカスキル(『ガーディアン』のジャーナリスト)
ニコラス・ケイジ、、、ハンク・フォレスター(元米国諜報機関職員、スノーデンの理解者)
ベン・シュネッツァー、、、ガブリエル・ソル(NSAの同僚)
レイキース・リー・スタンフィールド、、、パトリック・ヘインズ(NSAの同僚)
リス・エヴァンス、、、コービン・オブライアン(CIA教官)


実話である。
「シチズンフォー  スノーデンの暴露」のドキュメンタリーフィルムが強烈であった。
自分は、テロから人々の命を守るという使命感で仕事をしていたが、自分が守っていたのは、政府の覇権だけだったことに気付いた男の行動を追ったもの。
彼はローラ・ポイトラスの力を借りて『ガーディアン』から世界に向けて告発を行う。

何より驚いたのが酒もドラッグもやらないコンピュータが心の友のスノーデン氏とジョセフ・ゴードン=レヴィットがそっくりなこと。
これもドキュメンタリー的臨場感のうちで観る事が出来た。
恋人と和む様子もかなりたっぷり描かれていたのが、先のドキュメンタリーとは、かなり異なるところ。
映画は回想が入るからこのシーンや実際にCIAやNSAで働いていた時の様子~体験も生々しく差し挟まれる。
それらの秘密に守られた機関の恐怖で支配しようとする内情も肌に伝わって来る。
権力欲に取り憑かれ他者を利用することしか考えていない人間(同僚)の多いこともグロテスクに窺える。
恋人リンゼイのリベラルな思想?に彼が傾いてゆくのも無理もない。
ストレスのせいもあり、彼は癲癇の発作にも悩まされるようになる。

電子レンジに携帯を入れて電波をカットするところはハッとした。それで電波を遮断するのだ。
毛布を被ってノートのパスワードを保護するところもそれらしく如何にもと思った。
ハンク・フォレスターの仕事場で彼と暗号機やコンピュータの話をするところはオタクぽく面白い。
セキュリティーの強さを掻い潜って、ルービックキューブにマイクロSDカードを潜めてデータを持ち出すところはドキドキした。
(ある意味、癲癇の持病が上手く隠れ蓑~病気で早帰り~データ持ち出しに加担した)。
しかし、データの盗み出し自体は、実際あんな素人臭いものではないはず。
あのような普通のコピーが効くとは思えない。(恐らく本当はどうやったかは、人には漏らせないはず)。

Snowden002.jpg

このスノーデンというひと、飛び抜けて出来る人であったことが分かる。
最初のCIAの適性試験で担当都市のインフラ稼働シュミレーションを5時間で仕上げるところをを38分でやってしまう。
当初から目をかけられていた優秀な存在だ。
ここはドキュメンタリーでは伝えられずに、映画で強調すべきところであったか。

当然、他の関係者たちの人物像もしっかり描かれる。
かつて優秀な頭脳を買われNSAで活躍していたハンク・フォレスターのアウトロー振りは面白く、恋人と同じくスノーデンに影響を与えてゆく。「情報は、軍需産業が潤う管理体制の為に使われ、業者に税金が流れるようにもっていかれる、、、」など、ここでそんなこと言っていいのか、みたいなことをスノーデンにどんどん漏らしてゆく。左遷された者の強みか。

裏も表も心得ている悪友ガブリエル・ソルの情報からもスノーデンは覚醒し始める。
ガブリエルがスノーデンを「白雪姫」と呼んでいたが、スノーデンは技術的には天才であったが、それ~自分の仕事や作成したプログラムが、何にどう使われているのかについては、驚くほど無知であった。ガブリエルから初めてプリズムのことも教えられる。
スノーデンという人は、恐らく誰よりもピュアな状態でCIAやNSAの内部・中枢で働き始めてしまった人なのかも知れない。

コービン・オブライアン教官の視点、気持ちも理解できる。「君を下らない石油戦争などに巻き込みたくはない。」
これから備えなければならないのは、ロシア、中国、イランのサイバー攻撃だ。君の優れた頭脳はそこで使う、と。
テロは短期的な脅威に過ぎないから、そんなところで使いたくないということだ。
(20年後にはイラクは見捨てられ誰も目を向けない、となる、、、)。
いろいろそちらの方でも興味深い含蓄のある話が出てきて考えさせられる。いちいち拾わないが、、、。


回想とホテルでの取材の情景がシャープにクロスして展開してゆく。
XKEYSCOREを開けるところなど、ちょっとドキドキしてしまう。
何でも検索出来てしまう検索インターフェイスだ。(プリズム収集データ)。
またそのインターフェイス操作がとても丁寧に映される。
まるでソフトの使用法ヴィデオみたいに得意になってガブリエルがスノーデンにやってみせる(笑。
こんなものを見ていたのか、と改めて愕然とする。
(Googleと違い、公開していない世界中の人の全ての情報の検索が出来てしまうのだ!)
そしてイギリス諜報局開発の、パソコンが電源オフであっても作動させ、Webカメラを通して映像を取り込むなど、一般人に対しそんなことが許されるのか、というレベルまで行き着いていることが分かる。

空恐ろしかったのは、彼が日本出張で(スノーデンは日本語にも明るい)日本の通信情報も全て検索可能なものにし(つまり通信システムを乗っ取り)、物的なインフラも全て(送電、病院、ダムなどを)コントロール下においてしまった。
日本が同盟国でなくなれば、ネットワーク~ライフラインが直ちに閉じられてしまうような工作には愕然とする。
それは、今でもそのままなのか?恐らくそうなのだろう。どうにかしてもらいたい。
(日本がアメリカに逆らえないのも分かる)。
それは他の国に対しても同様であるという。
そして要人の追跡調査と場合によっては失脚させるための情報操作など。
結局テロは口実で、経済的・社会的な支配が目的であった。

彼の告発は直接的には、アメリカ国民の電子情報を全て盗み見て管理していたNSAに対するものであったが、勿論それに留まらない普遍性を帯びる。
一言で謂えば、「個」に対する人権の問題である。

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香港のホテルの一室での取材フィルムを撮る4人の緊張状況については、「シチズンフォー  スノーデンの暴露」の方でもかなり味わったが、こちらはよりドラマ仕立てであり、ローラ・ポイトラスの人柄も伝わって来る。
スパイ活動法違反で告訴され、ウィキリークスの助けなどを借りて出国(香港からロシア)するところなど、やはり冷や冷やする。
ロシアに滞在できる期間をもう超えたはずだが、これから先彼はどうするのか。
恋人が現地で合流できたことは、ほっとするも、、、。


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萬鉄五郎

yorozu005.jpg『裸体美人』(萬) nobe kuroda『野辺』(黒田)
芸大入学時(主席入学)には、師である黒田 清輝の作風を強く意識した、フランス外光派(印象派の亜流)風の作品を描いていた萬であったが、卒業制作では師の「野辺」からは程遠い「裸体美人」にまで進展している。
彼のモットーは、「未だかつて出来なかったことを、なし遂げんとする」ことである。
この芸大卒業制作は、19人中16番であったそうだ。
萬は卒業式をボイコットする。

確かに野獣派的で挑発的な作品である。
(マチスっぽい)。
完全に、黒田的裸婦像の「美」の約束事の外にある「裸体」であろう。
その即物性は何と言うか、プリミティブで太々しい生命力を発散している。
ゴーギャンのタヒチでの現地の女性像に近い迫力を感じるものだ。
ありきたりな美はすでに捨て去っていることは、はっきり分かる。
ラファエル・コラン(黒田の師)の絵などをこんな時に見ると到底、萬が満足できるはずはないと思う。
萬の野心丸出しの絵という感じだ。
「雲のある自画像」

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彼は自分を見つめ常に自分の殻を破って創造を続けた芸術家であると考えられるが、自分を見つめるという意味でも、自画像が多い。レンブラントもその意味での自画像が多いが。
自分をモチーフにすれば、その作画の変遷も分かり易い。
そう、萬の場合は、自画像が実験結果という感じで、残って行く。
これと、赤と緑の補色関係の二つの雲が頭上に浮かぶ自画像が有名である。
この雲と彼との関係はとても緊迫した関係にあることは分かるが、恐らく内面を象徴する形態・色彩であろうが、何故かわたしには漫画チックに見えてしまった。
ギャグマンガに転用される危うさをも秘めている。

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「赤い目の自画像」
新しく「原始時代を始める」と宣言したころの絵である。
萬は故郷の土沢に戻り、ひたすら作画の実験に没頭していた。
純粋な自分だけの作画を「土沢」で極めようとしたのだ。
赤土と神楽の面に象徴される故郷の地で、それこそのたうち回って新しい絵を探っている。
(こののたうち回って新たな独自表現をものにしようという姿勢は小林秀雄の姿にも重なる)。

そうした結果、この自画像は、更に変容する。
顔は神楽の面にも通じる呪術的な形に変容し、敢えて共振する絵を探せばピカソのアビニョンの娘たちに見いだせる「顔」である。
彼はピカソは知っていても、その作品は知らない状況にあったという。
彼が試行錯誤の果てに、独りで独自に行き着いた表現法であった。
「それ」はもうヒトではなく鬼の頭部と見紛うほどの異様な形態を獲得している。

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「土沢風景」から「丘の道」に至っては、赤褐色に数種類の緑色以外にはほとんど色はなく、形はもう地形を感じさせないほどに抽象化されてゆく。
ダイナミックな色の動きによる構成に近い。
この赤は謂うまでもなく、故郷の土の「赤」~「丹の色」であり、一種の土着性(アニミズム)が彼独自の表現を強調している。

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「もたれて立つ人」
そして極め付けである。
キュービズムの見事な作品だ。
マルセル・デュシャンかと思うほどの絵であり、やはり彼も形体のとる運動(力学的な形態)に注目している。
同時性と謂ってよいか、彼が独自に創造した成果であろう。


晩年は、肺結核を患い、茅ケ崎に療養を兼ねて移り住む。
この時期から「南画」にも取り組み、墨で自分の境地を風景になぞる様に小気味よく描いている。
とても病人とは思えない、活き活きとした楽し気な筆である。
南画はリズムが肝要と言い、そこで試したリズムをまた油絵に活かしてゆく。
最後は、「宝珠をもつ人」を描き始めるが、未完のまま終わった。
16歳の娘の病の快癒を祈る絵であったと言われるが、甲斐なく娘は他界し、彼自身も翌年41歳で娘と同じ病で病死する。


ここのところ夭逝する天才画家を取り上げ過ぎた感がある。
画家は一方で、非常に長生きする人も少なくない。
そういうヒトも取り上げたいものだ。

プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
日々思うことを綴ってゆきます。
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ることもあります。
悪しからず。
コメント、メッセージ頂ければ嬉しいです。

*当サイトはリンクフリーです。

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