プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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911爆破の証拠―専門家は語る 前

911.jpg

9/11 Explosive Evidence - Experts Speak Out
2012年
アメリカ

リチャード・ゲイジ監督

わたしは陰謀説で楽しむ体質ではない~ちょうど子供がお化けに怖がる楽しみに似ている~が、この「アメリカ同時多発テロ事件」に関しては、公式報道は明らかにストーリーが杜撰すぎて、このまま閉じるようなものにはなるまいと考える。
目に見える事実(記録)と証拠が、このように暴かれてしまっては、テロはやはりアメリカの自作自演に思えてくる。
この考察・検証の映像は、あくまでも構造工学 高層建築 物理学 化学 消防 金属工学そして制御解体の分野の各専門家が科学的に矛盾点をあげて、旅客機が突っ込んだとしても、まずあのような災害は生まれないことをはっきり示している。それを裏付ける尋常ならざる出来事の間違いようのない証拠が提示されている。だがその暴挙を誰(何者)がどのような目的で行ったのか、その陰謀に関する(政治的・経済的)部分にまでは一切踏み込まない。彼らはジャーナリストでも政治家でもないため科学的に解明できる部分までしか述べない。
しかし彼らの検証から、周到に大きな組織によって遂行された結果であることだけは間違いないことが分かる。
彼らが訴える権力から独立した調査機関が早急に必要である。もうすでに随分の時が経ってしまっている。
遺族に対しても真実こそが本当の癒しとなるはずである。

わたしは実はこの事件にそれほどの注目をしていなかった。
何故だか分からない。当時の自分の状況が周囲に目を向ける余裕を作らせないものだったのだと思われる。
ただ、この物々しい事件についてTVニュースや写真で見たことは覚えている。
とても不思議な印象を抱いたものだ。
何故、このような派手でアクロバティックな(不確実で失敗の確率の高い)テロを決行したのだろうという感想であった。
演出効果でも狙ったのかとも感じたが。
爆弾を秘密裏に仕掛けて爆破した方がどう考えても確実に思えた。

しかし、今日このドキュメンタリー映画を見て分かったのは、このあまりに見事な素早い「制御解体」は、実際に事前に仕掛けられた爆発物と焼夷物質によって、映像に残るように、ほぼ自由落下状態で崩落したようだ。特に三つ目の飛行機が刺さらなかった第7ビルである。火災の飛び火でビルがあのような形で崩落することなどありえないことは素人にも分かる。
ツインタワーにしても、大型旅客機が追突したくらいで潰れるような強度ではないと建築家が口をそろえて言う。
更に使われている鉄骨があの程度のショックで全てが同時に折れるようなことはあり得ない。
熱も1500℃を越えなければ鉄は溶けださない。勿論、その温度に届かなくても強度は下がるが、コンクリートに包まれた鉄骨である。専門家にすれば最も熱くてせいぜい400℃くらいまでだそうだ。そして何日間も400℃くらいで燃え続けたビルも鉄骨だけはそのまま残る例が過去いくつもあったという。しかも、飛行機の燃料は着くまでにほとんど使いきっており、ビルは非常に酸素の少ない状況で黒煙が立ち上っていた。しかも壊れた窓から助けを求め手を振っている人たちも見えたではないか。熱自体それほどの高温ではなかったことが分かる。そして不可思議なのは、旅客機の突っ込んだ下の部分やその他のところから段階的に爆発が覗えるところである。これは救助に入った消防士も規則的に鳴る爆破音を聞いている。
そして地面には鉄が溶岩のようにドロドロに流れているのを多くの人が見ている。恐ろしい高熱が鉄を溶かしたことが分かる。その熱は旅客機の突っ込む前に発せられたものであることも検証されている。しかも数日間にわたりずっと瓦礫の奥かなり下の部分で強い火災が続いていた。これは酸素のないところでも激しい発熱をするある兵器しか考えられないものであった。

残った粉塵や赤と灰色の固まった鉄を調査した科学者は、そこにビルや旅客機の事故からは絶対に生まれることのない物質を発見していた。
ナノテルミットという最新の大規模な工場の(ナノ技術の完備された)製造工程を経なければ作れない焼夷物質である。
アメリカ軍が戦争で使用しているまさにそれであった。
これは到底、砂漠でゲリラ活動を訓練している人々に製造可能なものではない。
専門家はこのナノテルミットが旅客機追突のタイミングに同期して鉄骨を内部から融解していったものとみる。
単に上部の破壊が、床を潰しつつ下の階に段階的に降りてゆくような力学では全く説明のしようがないことを明らかにする。
しかも綺麗に対称性を保って恐ろしく短時間に沈むことなどまず起こりえない。
そして遺族のもとに帰らない~蒸発した遺体など、このような熱量を持たなければあり得ないと。
(しかしコンクリートがパウダー状に積もる様子を見た科学者は、それ以上の兵器も考えられる余地を挙げている)。

~明日に続く。




華氏119

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水曜日はどうにも忙しく、毎週水だけお休みにしようか、箇条書きだけでも載せようかと迷う、、、。
Fahrenheit 11/9
2018年
アメリカ

マイケル・ムーア監督

わたしは、基本的に政治に興味はない。政治について語る準備もない。
政治体制がどうなろうと実存の在り方が変わるものでもない。
だが、その体制~外圧にも限度がある。
不可避的に政治に関わざるを得ない危機的状況にすでに差し掛かっている部分はあるようだ。
(最近、全く別の件でそれをひしひしと感じたことがある。個人情報漏洩に関する重大な件だ。日本もいよいよおかしくなってきた感がある)。

「119」はメキシコ国境にせっせと壁を作っているトランプが勝利宣言をした日であるが、かつて1989年11月9日に「ベルリンの壁」が崩壊した。
こんな風な対比がブラックジョークになって笑えるところがあったりするが、全編極めてシリアスに迫っていた。
ちょいと映像に入れるムーアの一言(ツッコミ)がいちいちクスっと腑に落ちる。
音楽の演出も良いセンスで、映像の編集もサスペンスドラマ調であったりして綺麗であった。
何よりアメリカ愛が凄く、本気で自国を憂いていることが分かる映画である。その分何の遠慮もなく鋭い。
日本のメディアからは伝わってこない盛りだくさんで強烈な事柄、事件もかなりビビットに確認できた。
デモ隊が警察と対峙しこちらの武器は、という箇所で「マイケルムーアだ」というところは、ホント笑える。
華氏911」ではブッシュを叩くも、次の選挙に再選させてしまったが、、、今度はどうか?

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トランプをぎゃふんと言わせてほしいとは思ったが、噺はそんな現代版ヒトラーを生むに至った社会構造を暴いてみせるところに力点が置かれている。トランプの暴挙を挙げ連ね批評・断罪するというより、こういう人を国の代表に押し上げてしまう政党~政治家~資本家そして民衆とが作る利権構造に寧ろスポットを当てているのだ。そこに説得力があり、個人の悪事ではなく全体の病として分析した結果の危機的で恐ろしい事態を晒していた。

トランプ政権の誕生は日本のわれわれにとっても確かにショックであった。
未開票でありながら、ヒラリー陣営はシャンパンを抜いて祝賀を始めていたのだから、アメリカ本国においても青天の霹靂と受け取ったひとは多かったことであろう。
トランプが勝つことを予見していたのはマイケル・ムーアくらいではないのか。
他の政治家、評論家、芸能人、メディア、著名人は皆、ヒラリーが勝つと公言していた。
初の女性大統領の誕生だわと思い込み結果も見ずに感激して泣いている人さえいたものだ。

何故トランプが大統領に選ばれたのか、という前に、、、
本人は別になる気などなく、自己顕示欲を充たす~金になるために立候補してみせただけであった。
NBCが歌手のグウェン・ステファニーに払った出演ギャラが自分より高かったことに怒り?その対抗意識で自分の人気を確かめるために出馬してみたらしい。
別世界の生物のことなので、わたしには意味不明なのだが、演説会に集まった群衆の数やこれは儲かると飛びついてくるメディアに酔って、暴言を喚き散らしながらも、大統領も悪くないと思うようになったようだ。金持ちのビジネスマンの悪ふざけで始めたこととは言え、、、。
だから勝ってもスピーチの用意もなかった(爆。

119 004

だが、強大な権力が転がり込んできたものだから大変だ。
何とかに刃物である。
その後は、ただ只管「アメリカ・ファースト」と雄叫びをあげ訳の分からぬツイートをしながら邁進してゆく。
得体の知れないパワーだが。

民主党がどうしょもなく腐っていた。
「共和党と民主党は同じ穴のムジナ」とバーニー・サンダースの謂うように、本当に政治をやる気の若手民主党議員の足を引っ張りわざと負けさせ、大統領予備選では得票数の改竄により圧倒的に勝っていたバーニーを落とし、クリントンを勝たせた。
公立大学の無償化や金融業界の規制を掲げ多くの貧困層、労働者から慕われ支持を集めていたバーニーが実は優勢であったことを知っている党員たちの心が民主党から離れ、共和党のトランプが対抗馬であることからすっかり政治~選挙(政治への参加)から遠ざかってしまう。クリントンは金融業からの献金を受けているところからも党員からは拒否反応が出ていた。
こんな実情から、恐ろしく低い投票率のなかトランプ政権誕生への道筋を作ってしまう。


民主党がこんな党だとは知らなかった。
ハッキリ言ってこの二大政党では、アメリカは変わりようがない。
同じ大企業~資本家から献金を受けており、利権絡みで結果的に同じ行動しかとれないのだ。
これは、オバマも同様であった。
大統領の執事の涙」でオバマが当選して感極まって泣いていた主人公の父子がこれをどう感じるのか、、、。
(ある意味あの続編とも謂える)。
やはりみんな同じ穴のムジナだと呆れかえるだけだろう。
国民に目を向けている政治家が日本と同様に、いないことがまず基本的問題だ。

民衆を偽の安全の為に自由を手放す方向にもってゆき骨抜きにする。
謂い方を変えれば「安全」という幻想を担保に「自由」を奪う。
民衆が政治に失望し諦めた時にここぞとばかりに独裁政権が生まれてゆく。
ナチスドイツの例と重ねながら、この構造を映像編集でムーアが楽しく示している。

119 005

前後するが、リック・シュナイダー州知事のミシガン州フリントで起きた耳を疑う汚染水問題から彼は噺を始めた。
まだ、トランプが政権を握る以前の話だが、この事件がトランプのやり方の手本(縮図か)となっていると彼は睨む。
今一つ説明が曖昧でよく把握できなかったが、フリントに供給する水源をこれまでの綺麗なヒューロン湖から汚染されたフリント川にシュナイダー知事が独断で替えてしまう。これが最悪の事件(犯罪)の始まりであった。
何でもすでにある上水道とは別な(もっと効率的な?しかし無用な)パイプラインを設置することにしたのだ。オーナーは知事の大口献金者だそうで、その際に銀行も儲かる。要するに自分の懐が更に潤い、自分の権力行使が何より目的であったとは、ムーアの捉え方だが、その辺のやり方がトランプにも引き継がれているというものだ?

その長期の工事の間、水源はフリント川から供給された。
その水を知らずに飲んだ住人が鉛中毒になり深刻な健康被害を受ける(上水道管の問題か?)。子供たちへの影響が大きく、一生涯その病から癒えることはなくDNAを損傷し子孫にも受け継がれるということ。高齢者には死亡者もかなり出た。
しかし州はその汚水の水質検査データを隠蔽し、改竄した情報を流して、毒の水を人々にずっと飲ませ続ける。
それを後程知った他州からのミネラルウォーターのペットボトルが寄付によって無料配布されたというが、驚くべき実態だ。
漸く知事の責任を問う訴訟が始まったというが。今のアメリカでこれか、という一番のショックである。
トランプはこのリック・シュナイダー(の手法)を支持しており、今もとても仲が良いそうだ。

フリントの鉛混入の水道水汚染では、利権絡みで政治家はまるで話にならず、ついに非常事態宣言をしてオバマが動くことになったが、彼を民主党の良心のように期待した人々は、ただ落胆するだけであった。つまり何がどうなるでもなく、単なるパフォーマンスに終わってしまったのだ。これには誰よりマイケル・ムーアががっかりしていたのが分かった。

その後が酷い。フリントの市街地に事前の予告も何もなく軍事演習が突発的に行われたのだ。
空いた建造物が多いことから選ばれたというが、空き家が多いのは、経済的に逼迫し貧困の地となった結果であるからだが、その苦境に追い打ちをかけるような無神経極まりない突然の銃弾の雨霰である。住民は民主党に見切りをつける。
民主党の、労働者や貧困層に対する姿勢の一端が窺えた場面であった。

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この時点で労働者の救済を訴えたトランプに人が流れるのも必然であった。
ムーアに言わせればひとつの選挙戦のポーズに過ぎないのであるが。

もう大人に任せてはいられない。
フロリダの高校乱射事件では全米の高校生が立ち上がる。
犯人はKKKに所属する退学させられた高校生であった。
これに対し銃規制を訴える高校生の迅速な行動と集客力ではなく動員力は素晴らしい。
これは忽ち全国に波及して大きな運動となる。
SNSがこれにも大変寄与する。もっとも有効な使い方を彼らは知っている。
全米ライフル協会(NRA)の支持と献金を受けるトランプらに打撃を与える事が出来るか。
今後に注目したい。

明るい展望を印象付けてエンディングへ、、、。

マイケル・ムーアとしては、その方向に持って行きたいのはよく分かる。
ドキュメンタリー映画の力とはこの現実に働きかける力であろう。
人々に希望と行動力を促す。
わたしでさえ、影響を受けた(笑。
(全く慣れない政治ものであり、いつもと異なる類の話をしてとてもぎこちなかった(爆)。




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アンダー・ザ・シルバーレイク

UNDER THE SILVER LAKE004

UNDER THE SILVER LAKE
2018年
アメリカ

デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督・脚本


アンドリュー・ガーフィールド、、、サム
ライリー・キーオ、、、サラ
トファー・グレイス、、、サムの友達
ゾーシャ・マメット、、、トロイ
キャリー・ヘルナンデス、、、ミリセント・セヴェンス
パトリック・フィッシュラー、、、コミック・マン


登場人物が、皆これといって特徴がない。
個性がない。いや個別性というべきだろう。
最後まで観ていて目立つのは自己保存欲と性衝動くらいか。
本当にフラットな生活平面を生きており、、、
快楽原則に従い生きている感じだが、さしてギラついた(退廃を極めるとか享楽的な)ものでもなく、それに対応する現実原則もあってないようなものなので、ストレスも強烈なリビドーもほとんど窺えず、思慮もなく何か目先の刺激に釣られて動く生きたゾンビみたいなのがひたすら出てくる。

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であるから、ひとりも善人などおらず、悪人と謂うより皆が出鱈目でいい加減で滅茶苦茶な人格であり、誰がどうなろうとどうでも良い気分で観られるところは気楽でよい。
勿論、スーパーマン的な存在や哀愁を感じ同情するような駒の入る余地などない。
(善悪の彼岸におり勧善懲悪自体要請されない世界である)。
主人公など、タフさが取柄の妙なオタクであるが、所謂本能の赴くままに都会を漂っているだけのゴロツキである。
ギャングでもなければ、特にオタクを極めて何かを発信するというのでもない。
ただ、いつもオペラグラスで覗いていた向かいに住む美女が突然、消えてしまったから、訳のわからぬ謎解きをゲーム攻略に興じるような感覚でしてゆき、何故か彼女の居場所を突き止める。そうした行為~身振りが習性でもあるから必然的にか。
だが、彼女とはテレビ電話で話しただけで本当のところどうなのか分からぬものだが、、、。
真相に気づくとか近づくなんてこと自体ひとつの欺瞞であり自己満足に過ぎない。
そもそも、本当のところ自体が問題にされない。思い込みがあるだけ。そこがわれわれの世界そのものでもありとてもリアリティはある。
だがそれを確認したところでどうというものでもない。

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殺人事件も幾つか発生するが、本当にその被害者が死んだのかどうかは分からない。
メディア情報でしかそれを知ることはないのだし。
偽装して異なる生を生きようと~転生しようと金持ちが地下組織を作っていたりしていたが、それもどうなんだか、、、。
実にキッチュでいい加減な儀式をやっていてイカガワシイだけ、どういうつもりなのか。
地下世界というのは、人類普遍の異界へのロマンであるが、幻想にすぎない。
フラットな地平には実に安易に「超越した場所」が作られる傾向がある。
(これはわたしの強い実感からだが)。
暗号とか秘密のメッセージ、隠された巨大な陰謀とかに惹かれ足を掬われたりその探索に暇な時間をやたら費やして過ごす。
パソコンの前で。スマホを肌身離さず。
うちの娘も危ない。充分に予備軍に入隊しているぞ。
(その前にわたしもパソコンに取り囲まれて生活している)。

そう舞台がハリウッドのすぐ隣のシルバーレイクというのも象徴的だ。
とてもイカガワシイ。
みんながみんなで面白くもなんともないコメディーを惰性的に演じている印象である。
ハリウッド(ユートピア)まで到達していれば、何やら重厚なエンターテイメントを懸命に披露するのに、という感じか。
その距離感を感じるひとたちの現実とも謂えるか。



基本的にこういう映画はひとつ作れば充分だと思う。


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少女邂逅

Eda Yuka
2018年
枝 優花 監督・脚本
水本夏絵 音楽

保紫萌香、、、小原ミユリ
モトーラ世理奈、、、富田紬

監督が23歳の若さ。
道理で瑞々しく果敢なく屈折した、、、主人公と地続きの地平に,まだいる人に想える。
(対象化するだけの距離は持つが)。

虐めが原因なのか、場面緘黙症のミユリは森で同級生からいつものようにいじめを受けていて、リストカットしようとして出来なかった腕に何故だか蚕が登って来ていた。
彼女はその蚕に「つむぎ」という名を付けて密かに飼い始める。
だが後日、また帰りにいじめを受けた際、その「つむぎ」が見つかってしまい、いじめっ子に森に捨てられてしまう。
またリストカットしようとしていると、不思議なタイミングで夢のように少女が助けてくれる。
その少女が翌朝転校してきた「紬」であった。
勉強が出来る凛とした少女であるが、ミユリに親身に関わるところからも特別な何か(秘密)を抱えていることを感じさせる。

この辺の文脈は少女漫画かライトノベル調で如何にもと謂う感じであったが。

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紬とミユリは親しくなり、紬の影響でミユリは言葉を取り戻してゆく。
ふたりは暫く、密かに親密な時を過ごす。
神のように慕う紬からミユリは自分の一番の存在だと言われ、自己肯定感が抱けるようになる。
ミユリの表情は明るく穏やかになり、身なりや容姿も綺麗になって友達も自然に出来てくる。
思った通りの運びだが、紬のミステリアスな雰囲気に蚕~繭のイメージが絡み、理科の授業も丁度蚕の生態を扱っており、その教師と紬の関係も微妙に匂わせながら、流れ全体に独特の雰囲気が醸し出される。
極めて過酷な状況を脱したかに見えて、危うさと不安と焦燥は充満してゆき緊張感は高まってゆく。
蒼暗い光の色調がそれを演出し、紬=蚕~繭から想起される残酷なイメージが随時差し挟まれて展開する。

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ミユリは取り巻きの友達との関りが増え、以前のように紬とふたりで逢う時間が次第に少なくなってゆく。
しかしふたりの大切な約束は生きていた。
一緒に授業をサボって沖縄旅行に行くことである。
狭い場所から飛び出して、解放されることを共に強く願っていたのだ。
この片田舎から、今の自分から、自ずと敷かれてしまうレールから、、、。
この沖縄旅行はただの気晴らしではなく、それら自分を呪縛する全てからの解放を意味する象徴的な行動でもあった。
そのために紬は放課後に無謀な金策に走っていた。
ミユリの、死をイメージする白昼夢なども現れ、不吉な予兆も感じさせる。

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待ちに待った旅行をついに決行するが、それは女の子がふたりで楽しく燥いでゆく旅とは異質なものとなっていた。
とても寂し気な乗り継ぎ駅でベンチに待つときに紬は眠ってしまう。
ミユリはその時に、紬の太腿に幾つもの刃物で付けた傷跡を見出す。
そこから出ている絹糸は幾ら引っ張っても途切れることなく引き出せるのだ、、、。
ミユリは闇の深さを知り、引き裂かれたところでこの関係は終焉を迎えた。
深夜、紬は捜索願を受けた警察と父親に保護され強制的に連れ戻されていった。

終盤、国語の授業で、カフカの変身をミユリが読む最中、遅刻して席に着いた紬が倒れる。
丁度、グレゴールが父に非情にもただの虫けらとして追い立てられる描写に差し掛かった時であった。

後日、東京の大学に受かり、列車を待つ駅のホームで、かつての悪友の口から、紬の死とそこに至った実情を知らされる。
紬は誰にも洩らさなかったが劣悪な境遇のなかにいて、彼女こそ誰よりも超脱~変身と解放を企てていた当のひとであったのだ。
彼女はグレゴールさながら部屋の隅で独り餓死したのだという。

紬の本当の姿がフラッシュバックするなか、ミユリは列車のシートで、初めてリストカットする。


志乃ちゃんは自分の名前が言えない」もそうだが、この辺の少女アドレッセンス映画に秀作が窺えるようになってきた感がある。





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エンジェル 見えない恋人

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Mon ange
2016年
ベルギー

ハリー・クレフェン監督・脚本


フルール・ジフリエ、、、マドレーヌ
エリナ・レーベンソン、、、ルイーズ(エンジェルの母)
マヤ・ドリー、、、マドレーヌ(10代)
ハンナ・ブードロー、、、マドレーヌ(幼少期)


映画らしい映画を観た。
ハリウッドの金を使いたい放題使いまくった大袈裟な映画ばかり観ているとやはりおかしくなる。
こういうものを見ないと。

そもそも映画に飛んでもないお金をかける必要はないのだ。
CGは使っているが、ほとんど役者~マドレーヌの演技だけで成り立っている。
カメラワークも特異だが、この映画の文脈上不可避な肌の肌理まではっきりわかるほどのアップ~触覚的接写がとても多い。
感覚の研ぎ澄まされる森の中の湖畔の屋敷と精神病院。自然音や光が微分的に際立つ環境の設定。
カメラの視界の揺れ(またはぼやけ)ははっきりと見えない主体の視座に共感させる。
生活感が全くないアーティフィシャルな抽象性が際立つが、この物語にとって雑多なノイズは不要だ。
その省略が斬新でもある。お陰できっと制作費もかからなかったと想える。
コンセプトがしっかりしていれば、見事なものが出来上がるこれが良い例と謂えよう。

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エンジェルと謂う透明な存在とマドレーヌと謂う盲目の少女の稀有な邂逅が、日常の自明な関係性というものを改めて問い直させる新鮮さがある。(透明エンジェルという基本設定は、思い切ったものだが、一種のお伽噺において不自然さなど感じさせない)。
これを哲学書で読んだらつまらぬものになろうが、このような繊細で抒情的な映像で描かれると感情的なレベルからの実感及び反省的思考が生じてくる。

透明なエンジェル(少年の名前であり、その存在を象徴する名詞と謂える)は、嗅覚と聴覚の異常に鋭い盲目の少女の前では完全な形で存在することが出来る。
すぐに打ち解けて、仲良く遊ぶようになり、かくれんぼがお気に入りの遊びとなる。
視覚以外の感覚で気配を追う。近くに感じることの存在感~実在感。
そして触れ合う、確かで対等な関係性が結ばれてゆく。
(よく「触れ合い」と謂われるが、本当の触れ合いは視覚がかなりの邪魔をしていることに気づく)。

Mon ange002

だがエンジェルにとり、なくてはならぬ存在となったマドレーヌは目を治すための手術を受けることとなり、その地を去る。
エンジェルはひたすら独りで待つ。彼に友だちは出来ない。
数年後、彼女は戻って来る。
だが、もう目で世界を認識する身体性が基本と化しており、彼が傍にいても以前のように気づくことがない。
視覚の優位性が身についているのだ。

触覚を肝心な関係に置く母子間におけるような暖かな親和性から離れ、物事に距離をもち対象化~記号化して管理する視覚世界に身を置けば、見えないモノは遠ざかってしまうだろう。
相手に身を委ねる対等な関係から相手を離れて観念的に支配する暴力的関係への移行である。
そう、見るという行為はいたって暴力的である(見方の問題もあるが)。

彼女は改めて彼の姿を目で確認し激しい動揺をきたす。
手では触れたのに何にも見えないのだ。
子供の頃は、全く自然にお互いを認知し合っていたのに。
彼は彼女と別れる決心をする。

逃げる彼を追い求め、彼の住処の湖畔の小屋までやって来て、彼女は彼を見つける。
しかし彼は湖に飛び込んでしまう。
彼女も飛び込み、必死に彼を救い出して命を助ける。
ここで、彼らは結ばれる。

Mon ange004

つまり、そのままを受容する。
触れ合いそして見つめ合う。
「こころであなたの視線を感じる」。
極めて近距離で見つめ合う行為は、母に抱かれた赤子と同様の呼吸の律動に同期できる対等の視界である。
彼らの間に、透明でなく目も見える赤ん坊が生まれる。
親子の記念写真を3人で撮るが、若い母親と宙に浮かんだ赤ちゃんだけが映っている。
ハッピーエンド。幸せそうである。


フルール・ジフリエが独りで頑張った。
ハンナ・ブードローとマヤ・ドリーのふたりも歳相応の爽やかで凛とした演技で、とても自然にフルールに繋いでいた。

清涼飲料を飲んだ後の感覚でいる、、、。





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夜に生きる

LIVE BY NIGHT001

LIVE BY NIGHT
2016年
アメリカ

ベン・アフレック監督・脚本
デニス・ルヘイン原作

ベン・アフレック 、、、ジョー・コフリン
エル・ファニング 、、、ロレッタ・フィギス(フィギスの娘、宗教家)
ブレンダン・グリーソン ,、、トーマス・コフリン(父、警視正)
クリス・メッシーナ 、、、ディオン・バルトロ(ジョーの相棒)
シエナ・ミラー 、、、エマ・グールド(ホワイトの情婦、ジョーの愛人)
ゾーイ・サルダナ 、、、グラシエラ(ジョーの妻)
クリス・クーパー 、、、アーヴィング・フィギス (警察本部長)
ロバート・グレニスター、、、アルバート・ホワイト(アイリッシュ系ギャングのボス)
レモ・ジローネ、、、マソ・ペスカトーレ(イタリア系ギャングのボス)
ミゲル・J・ピメンテル、、、エステバン・スアレス(グラシエラの弟、ラム酒製造)


アルゴ」の監督である。かなり印象的な後に残る作品であった。

1917年、入隊しフランスでドイツと闘う。しかし戦場では善人が次々に死んでいった。
退役後に「従ったルールは嘘っぱち、作った連中は守りゃしない、二度と命令には従うまいと誓った」という主人公、夜に生きる決意をした。組織を嫌う一匹狼のアウトローだ(仕事のために組む仲間はいるが)。
今のフラットな社会では味わえない、一歩間違えば命がないスリリングな生き方ではある。
心身共にタフでないと到底長生きなど出来まい。
イントロで掴みはOKか。わたしも誰の指図も受けないと誓っている(爆。そこだけは、ほんとに。

強盗を続けて10年経ったところからドラマは始まる。

この主人公ジョーの父は法の番人、警視正ときた。
経験から得た渋い蘊蓄を披露してくれる頼れるオヤジさんだ。
「自分の行いは自分に返って来る。思いもよらぬ形でな。」
「無知から来る根拠のない自信はいつも輝いて見える。」
等々、なかなか(シニカルで)言えてる。

ジョーの経験から学んだ認識は、
「ルールーはぶち壊すだけではダメ、自分のルールを作る必要がある」と。
我が道を行く。
アウトローなら必然的な流れだ。これも正しい。こう生きたい。

LIVE BY NIGHT002

強盗を続けながら、ギャング勢力図をペスカトーレと二分するホワイトの情婦と堂々と逢瀬を重ねているのも確固たる信念を貫いている。自由奔放で何にも囚われない。
流石にこの代償は高くつき、ホワイトには酷い目に逢わされるが、ペスカトーレを後ろ盾として自分の野望を達成しようとする。
禁酒法を利用した酒の密造で財を成し、その先(酒が解禁となった後)を考え、カジノで安定した収入を得る計画を進めるのだ。

この映画に見られる対立の構図が、二派に分かれるギャングの抗争と謂った単純なものではなく、人種間抗争が根深く絡んでいて何処から銃弾が飛んでくるか分からぬところもよく描かれている。その辺の感覚は日本人には判り難い所でもある。
とは言え、その手の差別感覚はここ(日本)にも無自覚な意識層にはっきりと広がり潜在はしている。
ここでは、白人とは言えKKKからすれば、アイリッシュやイタリアンは明らかに下の階級であり、それよりさらにキューバ系となれば謂わずと知れたものとなる。ジョー自身、アイリッシュでイタリア系の相棒とつるみ、ラム酒の違法製造の仕事はキューバ人としている。恋人~妻もキューバ人だ。彼の独自性はよく分かるが、これはもう、WASPからすれば排斥の標的以外の何者でもない。
こんな構図であるから、余計に組織~ファミリーを否定するのも分かるというもの。

LIVE BY NIGHT005

しかし人間、何からも無関係でいられるものではない。
アウトローであればギャングやマフィアとの関りは避けがたい。
人種差別からも逃れられない。
それだけでなく、宗教的な道を究めんとする者との倫理的な軋轢も当然生まれる。
そして自分が守らなければならぬ家族。
幾つもの潮流にどうしても巻き込まれる。この関係性を巡っての闘いとなろう。

LIVE BY NIGHT003

夕暮れのイルカの泳ぐ河をボートで走る光景など美しい。
美しいと言えば、ロレッタ・フィギスである。
映画女優を目指すが、途中で蹂躙され麻薬を打たれ廃人となるところをジョーに助けられ帰郷後宗教に目覚め地域の人々を精神的に導く大きな存在となってゆく。
彼女の影響で、ジョーたちの最も大きな計画であるカジノの建設も頓挫してしまう。
ロレッタとジョーのカフェでの会話は、文脈を離れて充分魅惑的なシーンであった。
利己的な欲求や固着した信条や何からも解かれた人と人の対話に近づいている。
これは両者にとってとても貴重な場となったはずだ。
しかしロレッタには、もうこれ以上前に進めない自己解体を促したのか、、、。
果敢なげで美しい、ここだけ何度も観たくなるほどの場面。
ことばのやり取りの美しい映画である。
(それから水~河と空の美しい、、、旅でこんな情景が見れそうな気もする、そんな)。

LIVE BY NIGHT004

結局、この物語は、彼の父の言葉のように、自分の行いがあらぬ形で突然返って来て、ジョーは昼間の世界に着地することとなる。息子とふたりだけで。
(ロレッタの父であるフィギス本部長に彼女のもっとも悲惨な状況にある写真を見せたことから彼が受けた心的外傷がその狂気を帯びた暴挙に結び付いたのだ)。
確かにこういうブレた形の因果関係をわたしもよく体験してきている。
それが来る前に完膚なきまでに叩き潰すのが鉄則であろう。


ギャング映画という現在からある意味遊離したようなテーマを描きながら、とてもリアリティに充ちた世界を味わえた。
この監督の映画には注目したい。
それから、ファニング姉妹にも期待したい。







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大統領の執事の涙

Lee Daniels The Butler001

Lee Daniels' The Butler
2013年
アメリカ

リー・ダニエルズ監督
ダニー・ストロング脚本
ウィル・ハイグッド「A Butler Well Served by This Election」原作

フォレスト・ウィテカー 、、、セシル・ゲインズ
オプラ・ウィンフリー 、、、グロリア・ゲインズ
ジョン・キューザック 、、、リチャード・ニクソン
ジェーン・フォンダ ナンシー・レーガン
キューバ・グッディング・Jr 、、、カーター・ウィルソン
テレンス・ハワード 、、、ハワード
レニー・クラヴィッツ 、、、ジェームズ・ホロウェイ
ジェームズ・マースデン 、、、ジョン・F・ケネディ
デヴィッド・オイェロウォ 、、、ルイス・ゲインズ
ヴァネッサ・レッドグレーヴ 、、、アナベス・ウェストフォール
アラン・リックマン 、、、ロナルド・レーガン
リーヴ・シュレイバー 、、、リンドン・B・ジョンソン
ロビン・ウィリアムズ 、、、ドワイト・アイゼンハワー
クラレンス・ウィリアムズ三世 、、、メイナード
ヤヤ・アラフィア 、、、キャロル・ハミー
ミンカ・ケリー 、、、ジャッキー・ケネディ
ネルサン・エリス 、、、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
マライア・キャリー 、、、ハッティ・パール
アレックス・ペティファー 、、、トーマス・ウェストフォール

「リーダニエルズの執事」ってどういうこと?

フォレスト・ウィテカー繋がりで。やはり演技が際立つ。あのアミン大統領は圧巻だったが、どれも良い。彼ならでは。
昨日同様、法は黒人を守らず、白人が勝手に黒人を殺す蛮行に対し、裁かれることはない。法は逆に黒人に牙をむいた。
ガンジーの手法がここでも現れるが、相対化する黒人運動家も出てくる(マルコムXなど)。
ハウスニガーという屈辱的立場から大統領が信頼を寄せる執事へと、、、こんなこともあるのかと物語のなかの彼も観ているわたしも思い(訝り)つつその展開を追った。
物語は、ウィテカー演じるセシルの内なる声を彼自身がナレーションしながら進む。
とても分かりやすい流れを呼び、観ることにほとんど抵抗は感じない。

セシル・ゲインズは、白人の経営する農園に囲われた黒人一家の息子として幼少期を過ごすが、農園の主の白人に目の前で父親が射殺されてしまう。その後、農園のハウスニガーとして作法を教え込まれ過ごすこととなる。しかし命の危険を感じそこを出ることを決意し、都会に当てもなく単身で飛び込むが、何処にも自分を受け入れてくれる所はなく、寝る場所すらなかった。
ある晩、空腹に耐えかね店のショーケースを破りケーキに食らいついたところを使用人の長に見つかり、結局そこに職を得ることとなる。
何が幸いすることになるか分からぬものである。その時の黒人の使用人が人格者でなければ、彼の人生はそこで終了となっていたはず。

Lee Daniels The Butler004

その店で、所謂白人客用の顔と言葉遣いを持って洗練したサービスを提供する技術を徹底して習得する。
「相手の目を見ろ。」「相手が何を望んでいるか直ぐに察すること。」「会話は聴くな。何も反応するな。」「存在を消しその場の空気となれ。」「政治的関心を示すな。」等々、、、。しかし彼はしっかり客の会話は聞き取っていたが。
やがて、セシルは有能な執事を探していたホワイトハウスの事務長の目にとまり、所謂ヘッドハンティングされる。
ホワイトハウスでも卓越した給仕や接待の技術から頭角を現し、人気者となった。
結婚もして息子も二人いるしっかりした家庭を築くに至る。
息子二人を大学に出し、車も乗り回す独立した黒人として豊かな生活を営むことになった。
彼は何とホワイトハウスで7人の大統領に仕えることとなる。
(アイゼンハワーからオバマまで、である、、、)。

しかし安定したセシル一家に不安と心配事が侵食して来る。
如何にも利発そうな長男は、世の在り方に対し懐疑的で批判的な姿勢を見せていたが、豊富な知識を得、大学入学と共に黒人の人権を主張する政治的運動にのめり込んでゆく。(わざわざ遠い南部の大学を選んで入学したのだ。自覚犯である)。
これは命を危険に晒す行為に他ならない。
あのシドニー・ポアチエをくそみそに批判するのだ。一筋縄ではいかない息子に育っていた(笑。

Lee Daniels The Butler002

演出も父のホワイトハウスでの執事の仕事~要人のパーティの洗練されたテーブル準備と、長男の大学のゼミの実践でレストランの白人席を占拠し罵詈雑言を浴びながらそれに耐える政治活動の様子を交錯させ映してゆく。こうした対比の場面が幾つも交錯して見られ進んでゆく。
息子は父が執事であることを体制に迎合していると捉え恥じていたがそれに対して、彼の尊敬するキング牧師は、「彼ら執事は勤勉に働き、信頼を勝ち得て白人の黒人に対するイメージを変えて来た。高いモラルと威厳ある振る舞いで人種間の憎しみや軋轢を溶かしてきたのだ。従属的に見えて彼らもまた戦士なのだよ」とルイスに諭す。キング牧師もまた、優れたディベートの人なのだ。

とは言え、息子は繰り返し逮捕されながら、フリーダムライド運動などの更に激しい運動に身を投じてゆく。
キング牧師は、ベトナム出兵に反対の立場であったが、国の為に働きたいと自ら志願してベトナムに発ったゲインズ家の次男は戦死してしまう。
こうしたことから妻はアルコール依存症になり家庭状況は不安定さを増す。
そしてセシルと長男のルイスとの仲も次第に険悪となり、会えば必ず喧嘩となってしまい、ついに父は息子を勘当することになる。

ただ、息子の過激な公民権運動に反対する父も職場において、巧妙な説得術で黒人の給与の是正を図り、それに成功を収め、同僚から更なる信頼を得ていた。彼も息子とは違う形で黒人の人権向上には一役かっていたのだ。ただ仕事を忠実に丁寧に行うだけではなかった。
(反目しながらもやはり知らず影響は与えあうものである。息子もただ過激なブラックパンサーからは足を洗っている)。
しかし、その功績を大統領夫人に認められ、執事ではなく晩餐会の来賓としてホワイトハウスに夫婦で招待を受けてから、セシルは迷い葛藤し始める。自分が執事として働いていた時には全く感じなかった虚無感を味わったのだ。
そしてルイスの活動を評価する書籍を何冊も目にしそれを読むことで、息子の活動の意味と価値を認識する。

Lee Daniels The Butler003


彼は執事の仕事に集中できなくなり、レーガンに惜しまれつつ仕事を辞める。
セシルは息子の演説の場所に姿を現し、和解して共にデモに加わり一緒に逮捕される。
これで、家庭はまたひとつのまとまりを呈することとなった。
だが、最後にサプライズが訪れる。
ついに黒人大統領であるオバマ政権が誕生したのだ。
父子が感動して彼の演説に聞き入る。
そして、セシルは再びホワイトハウスに呼ばれてゆくのだった、、、。

相当詰め込み、荒唐無稽な面はあるにせよ、フォレスト・ウィテカーが感動の大作にしてしまった。
これは、ハリウッドお得意の、「父と息子」の映画である。
既視感はバリバリだが、それでも充分に説得力もある内容で、キャストのお陰もあり一息に観てしまった。







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グレート・ディベーター 栄光の教室

The Great Debaters001

The Great Debaters
2007年
アメリカ

デンゼル・ワシントン監督
ロバート・エイゼル原案・脚本
ピーター・ゴラブ 、ジェームズ・ニュートン・ハワード音楽

デンゼル・ワシントン、、、メルヴィン・トルソン(ワイリー大学教授)
フォレスト・ウィテカー 、、、ジェームズ・ファーマー・シニア(神学教授、7か国語に精通)
デンゼル・ウィッテカー 、、、ジェームズ・ファーマー・ジュニア(ディベート部員)
ネイト・パーカー 、、、ヘンリー・ロウ(ディベート部員)
ジャーニー・スモレット 、、、サマンサ・ブック(ディベート部員)
ジャーメイン・ウィリアムズ 、、、ハミルトン・バージェス(ディベート部員)
ジーナ・ラヴェラ 、、、ルース・トルソン(メルヴィンの妻)
ジョン・ハード、、、ドージャー保安官
キンバリー・エリス、、、 パール・ファーマー(ジェームズの妻)


”グレート・ディベーターズ”、、、アベンジャーズよりもかっこよい。
デンゼル・ワシントンとフォレスト・ウィテカー目当てに観たのだが、途中からフォレスト・ウィテカーの実子かと思ってしまうデンゼル・ウィッテカー(凄い名前?!の方に集中してしまった。14歳で大学に飛び級で入り、精鋭のディベートチームでも選抜されてしまうのだから優秀なのだ。いかにもおぼっちゃま風だがよいキャラである。

1935年、アメリカ合衆国テキサス州マーシャルから始まる。
当時のアメリカ南部は黒人にとってまだまだ厳しい状況が続く。
黒人でいること自体が、絶えず危険に晒され、緊張を強いられることが分かる。
そんな時代にディベートを武器に黒人の人権を勝ち取ろうというヴィジョンをもつチームが生まれた。

確かに「ことば」こそ唯一の武器であろう。

この映画は、黒人の大学、ワイリー大学教授のメルヴィン・トルソン率いるディベートチームの快進撃を軸に描く。
次々に対戦相手の大学を打ち破り、遂に白人の大学との対戦に漕ぎつける。
そして大学ディベートの王者、ハーバード大も彼らを認め、対戦を誘ってくるのだった。
これに勝つことが、彼らにとってどれほどの大きな意味を持つことか。

The Great Debaters003


「真実のことば」だけで闘う彼らには、感動した。
「敵はいない」何故なら「ことばが真実だから」

実話をもとに描いているという。
なるほど、、、。

チーム内のとても人間臭い思春期特有の性の葛藤や動揺も描かれている。
チャーミングで優秀なサマンサ・ブックを巡るヘンリー・ロウとファーマー・ジュニアの三角関係だ。
パパは早い時期からそれを警戒して釘を刺していたが、想定通りそのへんでひと拗れもする。
(サマンサがヘンリーを引っ叩いた瞬間に思わず嬉しそうに笑ったジュニアの顔が印象的だった)。
更に、リサーチを重ね原稿を作成する役目と表に出て注目を浴びる弁士との間の葛藤も見られた。
確かにそうだろうと想えるところである。

トルソン教授が労働者と秘密の集会を開き、組合組織を指導するもう一つの顔が問題となり、チームの一人が欠けたり、教授自身が逮捕されるなど、危うい緊迫感も続いてゆく。
ここではトルソンの思想は理解するが、やり方を疑問視し息子の身を案じていたファーマー・シニアが、まさに保安官相手のディベートでトルソンを救い出す。
(葛藤を抑えながらも揺れ動く感情の繊細な表現は、やはりフォレスト・ウィテカーならでは)。

The Great Debaters002


それまで表で闘ってきた実力者で恋敵のヘンリー・ロウから大舞台の弁士を任されたファーマー・ジュニアが快挙を成し遂げる。
最後のハーバード大相手に「正義を求める不服従は善き武器である」を見事論証するくだりはなかなかの感動ものであった。
実際に自らが体験したところから切り込んでいった流れは説得力を持ち人々を惹き込む。

デンゼル・ウィッテカー君のフォレスト・ウィテカーのお株を奪う熱演に知らぬうちに惹き込まれてしまった。
精悍で存在感抜群のデンゼル・ワシントンと繊細で重厚なフォレスト・ウィテカーに、ネイト・パーカーとジャーニー・スモレットも霞まずに好演していた。他のキャスト、特に黒人女性がとても綺麗でチャーミングであった。

一種の映画の快感を味わえたものだ。







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夜の雨

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夜の雨に身体が流されてゆく夢を見た覚えがある。

少し前に長女と一緒に買ってきた小型省スペースパソコンでこれを打っている。
先ほどこのマシンを使う前に、その小さな筐体のゴム足を取ってねじを開け、メモリーを外し、基盤も外し、邪魔なパーツを一通り外して一番底のHD増設ベイまで辿り、手持ちの昔のHDを小さなビスでとめて増設を済ませた。実際ビスが小さく何種類もあるのも面倒だが、半田付けしてあるケーブルを切らないように気を付けて作業することが一番厄介であった。ノートパソコンよりも内部アクセスはずっと面倒であった。
タワー型ならあっという間にできることも、小さいと厄介である。
これも長女がかなり手助けしてくれた。
小さなビスの扱いはわたしより上手い。
(最近、小さなものを扱うときは必ず頼んでいる)。

少し離れたところから次女の笑いが聞こえる。
特にやることがないと、ほとんどノートパソコンにはりついて東方ものや「ゆっくり」の動画を見て楽しんでいる。
クラスにも同じ趣味の子がいて、オタク噺に花を咲かせているらしい。
今度、それらの祭典が東京ビッグサイトで開かれるそうで、友達と行くことになっている。
彼女は東方もののキャラの絵を友達にせがまれ、それを団扇や扇子に描いてプレゼントしている。
コピックでイラストの量産がライフワーク化しそうだ。
良いものが出来てきており、そのうちわたしも一つ貰いたい。
勉強とピアノも何とかして欲しいが。


感情は雨に似ている。
無意識から蒸発し意識に降り注ぎ身体を満たして流れ落ちてまた無意識に染み込む。
水の循環みたいだ。
雨が感情に似ているのか、、、。
感情が雨なのだ。雨が感情なのだ。

めくるめく夜のしじまに降る雨に清められる。
浄化され。
機械の構造とそのディテールまで冷たく清まる。




イコライザー 2

The Equalizer 2 001

The Equalizer 2
2018年
アメリカ

アントワーン・フークア監督
リチャード・ウェンク脚本
マイケル・スローン、リチャード・リンドハイム原作『ザ・シークレット・ハンター』
ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ音楽

デンゼル・ワシントン、、、ロバート・マッコール (元CIAエージェント、現在タクシードライバー)
ペドロ・パスカル、、、デイブ・ヨーク(CIAエージェント、元ロバートの相棒)
アシュトン・サンダーズ、、、マイルズ・ウィテカー (アパートの隣人、絵描きの卵)
オーソン・ビーン、、、サム・ルビンスタイン(ロバートの顧客、戦争で引き裂かれた姉を探す老人)
ビル・プルマン、、、ブライアン・プラマー (スーザンの夫、作家)
メリッサ・レオ、、、スーザン・プラマー (CIAエージェント、ロバートの親友)
ジョナサン・スカーフ、、、レズニック (CIAエージェント)
サキナ・ジャフリー、、、ファーティマ (アパートの隣人、菜園家)
カジー・タウギナス、、、アリ (CIAエージェント)
ギャレット・A・ゴールデン、、、コバック(CIAエージェント)


ハードボイルドでクールであった。
とても良い。

どれもみな瞬殺である。滅法強い。読書家。
爽快!
密かに人助けをしながら、かつて妻を事件で失ったこころの穴を埋めている。
(妻を失ったことと、人助けがどう繋がるのかは、わたしには不明)。

音楽がこの寂し気でスタイリッシュな映画にとても合っていた。
暗鬱で荒れた雰囲気が主調となった映像も綺麗である。
しかしこんな風に、派手に殺していては、死体もゴロゴロでどう事後処理するのか(しないのか?)。
それが心配になった。CIAの蒔いた種は彼らが何とかするにせよ。

The Equalizer 2 002

局の指示通りに冷酷(機械的)に殺人を繰り返すかつての仲間のCIAエージェントには呆れる。
少なくとも人を始末する際には、何らかの意味付け~理由を確認し納得してからではないのか。
金のためにここまで単純な殺人鬼になれるニヒリズムが寒々とした光景にマッチする。
ブリュッセルでのある殺人事件の捜査から物語が劇的な展開となる。

ロバートがこころを許すスーザンがその事件に携わるが、彼女は事件の裏に気づいてしまう。
サム・ルビンスタインの姉探しもロバートから頼まれていたが、その有力情報も掴む。
とても出来る女性捜査官である。
事件の当事者はCIAの一員であったが、当局に邪魔者として自殺に見せかけて後始末されたのだった。
しかし、そのスーザンも同様に彼らの巧妙な罠に嵌り殺害されてしまう。

The Equalizer 2 003

ロバートは現場のヴィデオや携帯を調べることで、その暗号や巧妙な手口から事件に大きな組織が関わっていることを突き止め、遂にかつての相棒が中心となってやっていたことを知る。
最後の決着の場は、ロバートが妻と昔住んでいた海岸沿いの街ではじまる。
通行止めの暴風雨のなかで荒れる海の高波が岸に激しく打ち寄せる。
こんなところで繰り広げられる死闘である。
ロバートには地の利があるが、相手はプロの殺し屋(CIA)エージェント4人が相手であり、しかも壁塗りに雇った画学生マイルズを人質に取られているのだ。

それでもロバートが一枚上手であり、ひとりまたひとりと情け容赦なく倒してゆく。
なかなかの緊張感が保たれる。
クールなハードボイルド。
激しい嵐が全てを洗い流し清めてしまう象徴にも感じられる。

スーザンの仇はきっちりとるが、、、
CIAがこのまま黙っているか、どうなのか、、、。
役所からこれまで全く相手にされてこなかったサム・ルビンスタインが晴れて、念願の姉との再会を果たす。

The Equalizer 2 004

最初のイコライザーの方が面白かったが、これも決して悪くない。
デンゼル・ワシントン、いつまでも若い。よくあそこまで動ける。
そこは、見習わなければ(笑。

旅行先でこうした荒涼とした気候~事態となってしまったらホテルに缶詰めとなるのだろうな、、、。






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独り眠る

dream.jpg
今日は、家の誰もが出掛けていて、咳がなかなか治らないわたしは家で独り寝ていた。
横になっているのがもっとも自然に感じられる。
余程、疲れているらしい。
身体と折り合いのついていないことが多いわたし。
時折、眠っていたことに気づく。

そしてまた眠っていた。
夢の文脈を辿る。
夢か現か、、、。

picaso002.jpg

夢は縛られない。
重力に縛られない。
外からの光に暴かれない。

重力から自由で、独自の光をもつもの。
この世界にいるようでいて、実は異なる文脈をまたがりつつ生きる。
いや眠るのか。

どちらでもよい。
究極の自由はそんな場所にある。
いるような顔をして、そこにはいない。

そもそも本当の顔など見たこともない。
わたしは自分の名前が嫌いだ。
親の声が気持ちを苛立たせる。

目覚めと同時に警戒心が疼く。
社会に属してなど、いきれない。
息詰まる。

生きるための衝動と無意識を純化する。
自我の消滅に任せる。
影の世界に光が充ちる。

移動するために精々眠っておきたい。
しっかりトリップしてから新たに目覚めよう。
体ごとのトリップのため。

夢の中で絵を描いていた、、、。
何処の絵であるかは、今は忘れた。


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スピード・フラット SPEED FRAT 女子美で観る

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アリオに乃木坂の4期生が3人来たので娘二人と見に行った。
連絡が来たのが始まって少し経過してからであった為、我々が到着して会場に辿り着いた時には歌もトークも終わってCDの販売と握手会になったところであった。
もう人だかりで、娘たちには何にも見えない。これで帰るわけにもいかず、わたしが交互におんぶしてお目当てを見せた。
顔はしっかり生で見えたので、その点は取り敢えずは納得したとはいえ、ちゃんと始まる前に情報を入れなかったことで、母親にはふたりが携帯で噛みついていた。確かにもうちょっとしっかり姿を拝みたかったものだ。
ちなみに、来ていたのは、賀喜遥香、金川紗耶、筒井あやめ、、、の3人であった。
うちの娘は、いくちゃんを推している筒井あやめさんを贔屓にしている。
見れたので取り敢えずは、よし、、、とまでいかないので、帰りに何処かに連れてゆくことになった。


女子美のアートミュージアムに、そのままワープした(笑。
”SPEED FLAT”というのをやっていた。
スーパー・フラットと謂うのはよく聞いたものだが、スピード・フラットという流れもあったのか。
「~フラット」ということで、無関係な概念とも思えない。

「素早くものを創造すること」をさすひとつの取り組み~プロジェクトらしい。
素材は、布や紙やシートなど、、、をこれまでにない製法で作るもののようだ。
金沢美術工芸大学、首都大学東京、湘南工科大学、多摩美術大学、法政大学、武蔵野美術大学と女子美術大学の7つの大学がそれぞれのコンセプト~角度で「スピード・フラット」を実現していたような。

女子美の出品作は、「モバイル・オフィス」で、具体的にはスマホで作ったトートバッグが壁一面に展示されていた、、、。
スマホで撮った写真(画像)などを元に(スマホ上でレタッチを加えプリンタ印刷でもして?)作ったみたいである。
「モバイルオフィス」とは、通常、ネットワーク(インターネット)やモバイル機器を使い、自由に移動できる事務所に近い環境を適宜、構築したものを指すと思うが、そのオフィスの様々な形態や作業例等を見せるというより、それによって作った作品を陳列したということらしい、、、?
しかし、どうなんだろう。このようなものは、特に「モバイルオフィス」環境云々と謂うより、主婦が育児の傍らにちょっとした暇に作れるもので、どう「モバイルオフィス」ならではのものなのか、どのような「モバイルオフィス」でこれを作る必然性があるのか分からなかった。そもそもトートバッグは奥さんが隙間時間を利用して家で作り(奥様の手芸の会などで美味しいクッキーと紅茶でも頂き歓談しながら作ったりして)出来たものをそのままお買い物などに使うのが適当ではなかろうか。暇のない奥様方は店で気に入ったものを買う。ただそれだけ。テーマのスピード・フラットとどういう繋がり方があるのか、特に説明もなく意図がよく分からないままで終わった(個別に見て絵柄の面白い~魅力的なバッグもなかった。店に並んでいたらスルーである)。

或いは、同一形状のきれいに並んだバッグは、極めて日常的に(日常の尺で)使えるものを手軽に素早く量産できることを全体で象徴的に示したものなのか。しかし実際にモノはそうした方向で作られており、何ら新しいことではない。素材や作り方、こんなところで、このような場面でも作れるみたいな背景~説明がほしいものだった。敢えて何故モバイルオフィスなのか。何処でも全てがフラットにモバイルオフィス空間なのだということを主張したいのか。何かこじつけにしか思えないが。つまりわざわざそう名付ける必要もなかろうに、という意味で。また、無理やりモバイルで完結させるより、じっくり機材の充実したディスクトップ環境に移して行う方がストレスがない場合も多い(こちらの方が素早くインスピレーションを形に出来ることが少なくない)。

わたしが面白いと思ったコーナーは、首都大学東京の「ストリートファニチャー」であった。
思考のプロセスを示したとあったが、これは分かる気がした。
ファニチャーを風景に溶け込ませる。
確かにベンチを形成するドットが周りの景色の保護色になっていたものだ。
これをもってフラットな景色だと言って喜べるかどうかはともかく、面白く楽しいものではあった。
こんなベンチを実際に各場所に設置してみたら、皆が改めてその生活環境の色を微分して捉える事が出来、差異と価値に敏感になる装置となるのではないかと思える。

もう一つ挙げると法政大学の「拡張する照明」に興味を持った。
そこに来たものに対するセンサーもあるのか、光量が変化したりサイズや装置の動きが変わり見ていて楽しい。
また、その時に出る音が何とも言えないものであった。
今日の展示においてもっとも気になったのが、そこの動く照明器具から発せられる音と言ってもよい。
音は、色~光とともに外せない重要なファクターである。
音派の人間も多い。これを忘れてはなるまい。


ここまで娘たち(小5)を連れてくるのも、軽いおんぶと同等な仕草~支援である。
乃木坂を見に行く同じ姿勢で基本的に(飛躍も断絶もなく)連続してこれらを観れたのは、スピード・フラットであったからか。
乃木坂に盛り上がる(握手会)会場も実にフラットであった。あの場には確かに個別空間はなかった。
開け放たれた内面性を異様に感じたものだ。彼女らのコンサート空間もきっと、フラットでボーダーレスな場所なのだと想像できた。

時々面白いなと思って観ている「ガールズ・クラフト」というNHKの番組がある。
いつも極めて手際よく身近にある素材を使い、気の利いたアクセサリーを5分枠で綺麗に作っている。
これなど、ある面でかなりスピード・フラットを実行していないか。

それを言い出したなら、次々に出てきそう、、、。


そうだわたしが最近とみに意識している旅行もフラットであることを確認する運動なのか、それとも神韻縹渺たる多様性を感得しようというものなのか、、、。
わたしは後者であるつもりなのだが。
選択や創作を素早くやる必然性もわたしにはないし。



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