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アルフレッド・スティーグリッツ~ジョージア・オキーフ

Georgia OKeeffe01

自分が心底圧倒されるものを観たいと思い、写真集や画集をひっくり返して観ていった。
マレービッチやデュシャンを観たが、いきなりそこにチャンネルが合わせられず、落ち着こうと思ってスティーグリッツの写真を観た(笑。
わたしはスティーグリッツの静謐な芸術写真が好きである。
写真集を観ているのだが、絵画なのだ。
わたしは、めんどくさい為解説(英語だし)はほとんど目を通さないが、彼が大金持ちの息子で父親に溺愛され、やりたいこと全てに金を惜しみなく出してもらったことについては、ある程度知っている。
かなり贅沢三昧の生活を送りながら、写真の勉強に励んでいたそうだが、金の心配を一切せず十分な教育を受け、妥協することなく写真を芸術に高める仕事に邁進できたことは、素敵なことだと思う。
彼はしかも何を始めても、成功を収める。
展示会「フォト・セセッション展(写真分離派展)」をしても、先鋭的な写真誌「カメラワーク」「291」を創刊しても、写真グループにおいても、、、。
しかも彼の写真雑誌の特集に「ピカソ・マチス」を組むという、その後の芸術界全体に関わる仕事も推し進めた。
つまり、写真だろうと絵画だろうと、彼のメガネにかなう芸術家をどんどん掘り出し紹介し育成もした。
しかし一番の功績はギャラリー「291」であろう。
そこで、ジョージア・オキーフの展示会を無許可で行い、結果彼女の華々しいデビューの場となる。
マルセル・デュシャンの便器をひっくり返したレディ・メイド「泉」の写真を撮ったのも彼だ。
これらの功績は、大変大きいと言える。
スティーグリッツは写真家としても巨匠であるが、その見る目の凄さも尋常ではなかった。

彼の写真を捲っていくうちに、なんとも柔らかな優しい光に満ちた「収穫」やフェルメール調の「パウラ、日差しと影」などで充分に和んでしまった。
そう、いつも彼の写真を観ると、和んでしまうのだ。
精神安定剤になる。
特にこの残暑の時期「部屋の窓から」の雪の降る街を俯瞰して眺める光景には、うっとりして時間も凍結する。
その他、「野心の街、ニューヨーク」など、いまにもゴジラが登場しそうな不穏な空気感に満ち満ちた街のフラジャイルな姿にも興味は尽きない。
動きといえば、一連の「雲」であろう。たくさんある。
わたしも大学時代に影響を受け、雲ばかり自転車に乗りながら写真に撮っていたことがある。
確かに雲は、たくさんたまってしまう。
そして、思い出した。
何とも凛々しい「ジョージア・オキーフ」である。(彼の奥さんのポートレート)。

ここで、写真集は止め、オキーフの画集を観ることに切り替えた。
彼女の絵は、「花」であろう。
わたしは、花が苦手で、恐らく全てのモチーフの中で、一番手こずるものであった。
そんな中、オキーフの花を観て、はっきりと驚愕したものだ。
花は、こんなふうに描くものなのだと、分かった。
分かったが、それ以降、花は一度も描いていない。
わざわざ自分で描く必要もなくなった感じがした。

しかし、今夜更に驚くことがあった。
「山」と「ビル街」である。
実は、花以外、彼女の絵をそんなにこれまで見た覚えがないことに気づいた。
「花」が余りにも有名であったため、わたしも「花」を観ればよいという気がしていたのだ。
だが、「山」と「ビル」は、もっと(いや同様にか)圧倒的であった。
何と言ってよいのか、言葉が見つからないのだが、本日凄いものを観てみたいと思った願いは実現してしまった!
ビルについては、マレービッチにだぶるところがあった。
この簡潔さと抽象性のもつ強靭な説得力には恐れ入った。
(こういった絵を観ると、他の画家たちの絵が如何に無駄に饒舌か、うんざりしてくる)。
ビルから何故かくゆり立つ白んだ煙と絶妙なポジションを夜空に決める月がまた趣深いではないか、、、。
更に凄いのは、山である。
日本画家にも山の巨匠は何人もいる(水墨画から油彩まで)が、それらの画家を上回る自然界の核心をついたとしか言いようのない厳然たる「山」には、唖然とした。
このムーブマン及び色相の強調・単純化とマチエールの独特さは、セザンヌのそれとも異なる方法であり、飛び抜けて傑出したものだ。
しかも、ビルも山も、彼女の描く花に負けず、愛らしく綺麗でもある。


もう家中の誰もが寝静まっているこの時間に、もう少しジョージア・オキーフを眺めていたい、、、。
(もっと発見もあるはず、、、いや、これからである)。


Georgia OKeeffe02
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