PICKUP
ザ・ミスト
末期の目
美しき冒険旅行
レヴェナント: 蘇えりし者
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
シャイン
トイレのピエタ
カッシーニ グランドフィナーレ
ゴッド ファーザー
それでも恋するバルセロナ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
魔術師
ブラック・スワン Black Swan
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
LUCY ルーシー
ミツバチのささやき
娘ふたりと女子美へ☆彡
父 パードレ・パドローネ
写真についてーⅡ
去年マリエンバートで
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

弥栄グリーンフェスタを聴いた 高校生のコンサート

sakatano tane

いつも行く公園の”グリーンハウス”にて、弥栄高校のグリーンフェスタというコンサートが開かれた。
雨続きであったため、かなり久しぶりの公園である。
まず早めに着いたため空いてるところがまだ少なく、38Mの展望台から遥か彼方を望遠鏡で眺めることから始めた。
清々しく気持ちよかった、らしい。(わたしは見ていない)。
ふれあい動物公園が開いたため、娘たちとモルモットや獰猛なヤギに人参あげて遊ぶ。
ちょっと、ルー・リードの「パーフェクト・デイ」を思い浮かべるが、気にしない。
3人で自然な流れで、公園の噴水に向かって歩いていく。
いつものように。
夢遊病のように、何となく、、、。
すると突然、園内放送でコンサートの件が告知された。
それが開かれるグリーンハウスは目指す噴水のすぐそばである。

そのまま行ってみよ、ということになる。
来週の土曜日には自分たちが「ピアノ発表会」なのだ。
(長女にとっては二回目、次女は初めての)。
その気分に予め浸っておきたくもなる。(しかしそれはわたしだけだった事が後に分かるのだが)。
ホールには、すでに3人ほどの人が座っていた。
まだ開演30分前であった。

わたしの後ろに席を取った娘たちは、暇を持て余して手遊びや歌遊びをし始めた。
30分あると座ったままでも、結構遊べるものだ。
娘たちの幼い声がひそひそ暫く響いていたが、鳥のさえずりくらいのノイズに過ぎず、誰の気にもならないようだった。
やがて、始まりのアナウンスが聴こえ、まだ小さく続いていた彼女らの声に、上から忽然と若く清らかな声が被さってきた。
その瞬間、ひとつまたひとつと重なる合唱以外の音は一切、途絶えた。
突然始まり、その歌声の主たちは、2回の階段から降りて来る者、背後のホールからわれわれのすぐ横を通り抜けて行く者、すぐ目の前の椅子から立ち上がり正面に向かう者、それぞれがほぼ同じ時にステージへと歌声とともに集まった。
娘たちもこれには、息を飲んだようだ。

演劇ではこういった始まりは数多く体験しているが、コンサートではあまりない。
合唱を聴きに行くことは、これまで無かったことに気づく。
大概、オーケストラか少し小ぶりのアンサンブルか弦楽四重奏とかである。
それ以外はピアノ、フルート、バイオリンの単独演奏のもの、、、。
楽器を弾きながらどこからか現れるのは難しい。

合唱なら確かに、かなり凝った移動の演出が出来る。
そりゃ、ミュージカルもあるし、ワイヤーアクションで飛びながら歌えるんだから当たり前だが、、、
ただステージ上で高校生が唄う歌を聞くことしか頭になかったので、導入にはハッとした。
混声合唱であることも、何か新鮮な感じで、大いに好感を持った。
何せ、如何にも野球部風のお兄ちゃんや、ニキビたっぷりのゲーマー風の少年が懸命に口を開けて発声しているのだ。
それだけで応援したくなるというもの。
男女比も半々でバランスが取れていた。
そして何より若さだ。瑞々しさだ。
無我夢中で歌っている姿が何というか羨ましいではないか、、、。

後ろにいる彼女らの表情は見えないが、神妙に聴いていることは気配で分かる。
それを感じつつ、「さくら」(日本古謡)やモンテベルディの曲以外は知らぬ曲ばかり、8曲ほど聞いた。
「さくら」は編曲が素敵だった。
草野心平作詞の『「コズミックエレジー」より鬼女』というのは、雅楽っぽいおどろおどろしさもあり構成が凝っていて面白かった。
チャレンジ感があって良いのだが、舌足らずな感は否めなかった。
流石に聴くにつれて、どんどん声量、声の力(主に伸び)、言葉の明瞭さが、弱く危うさがめだってきた。
安定感もかなりキツイ。
最初から、非常に若い感じのアンサンブルであり、そこが微笑ましいところで、是非娘に聴かせたいものでもあったが、初々しさだけで引っ張るのも限界はあった。

案の定、後ろから「もう飽きた」、「眠い」という声が2つ聞こえてきた。
終わる2曲前からである。
どうもその前からそわそわしている気配は確かに背に感じながらわたしも聴いていた。
であるからわたしも落ち着いて聴けなかった。

きっと最後は面白いぞ、と言って半ば強引に聴かせた。
子供は一度飽きると、続行は難しい。
しかし後半は弦楽合奏である。
バイオリン、チェロ、ビオラ、コントラバス、、、などが出て来る。
これはまた違うよ、と期待を持たせる。

ドボルザークやチャイコフスキー、谷山浩子の「テルーの唄」まで出てきた。
弦は優しく深みがあり、柔らかく包み込んでくれる音である。
これに親しんでもらいたいのだが。
「もう寒い、冷え過ぎてる」等と言い始めた。確かに冷房は効いている、、、。
チャイコフスキーの「弦楽セレナード」やるなら穏やかな「第二楽章」も良いのだが、「第一楽章」やって貰う方が、受けは圧倒的に良いはずなのだが。
そうは、行かなかったか、、、。
ドボルザークの弦楽四重奏「アメリカ」第三楽章は、曲のよさを知り、少し得した気分になった。
「テルーの唄」は、編曲がなかなか良かった。
彼女らもかつて車のBGMで聴いていた曲であったため、おやっと思ったようだが、惹きつけるまでにはいかなかったか。
最後は、合唱部と弦楽部の合同でモーツァルトだ。
よかったね!とは言ってみたが、何とかもった。
”Ave verum corpus”「アヴェ・ヴェルム・コルプス」である。
フォーレのものも、とても良い。
聖体賛美歌である。小品であるが絶品である。転調がとくに良い。わたしはこういう曲が大好きである。
これを最後に聴けるのは、幸せなのだが、、、。
もういっぱいいっぱいな感じであった。(生徒さんもうちの娘たちも)

ご苦労様でした!


疲れてすぐ帰るかと思いきや、水遊びをしこたまして帰路に着いた。
寒かったんじゃなかったのかい?
(帰る途中でラーメン食べたが、美味しかった)。




家を出る前にジョイ・ディビジョン聴きまくってから出かけたため、ちょっと感覚機関が間延びした。

関連記事

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
日々思うことを綴ってゆきます。
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ることもあります。
悪しからず。
コメント、メッセージ頂ければ嬉しいです。

*当サイトはリンクフリーです。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QR
最新トラックバック