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陽は昇る

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LE JOUR SE LEVE
フランス
1939年

マルセル・カルネ監督
ジャック・プレヴェール台詞・脚色
モーリス・ジョーベール音楽

ジャン・ギャバン、、、フランソワ(塗装工)
ジャクリーヌ・ローラン、、、フランソワーズ(花屋)
アルレッティ、、、クララ(元バランタンの愛人)
ジュール・ベリ、、、バランタン(犬回し芸人)

「陽はまた昇る」というアメリカ映画と紛らわしい邦題で、こちらはどうも損をしてるように思われる。


フランス映画らしさに満ちた作品である。
ヒトを撃ち殺し部屋に立て籠る現在と、回想が3回に渡り挿入される構成で成り立つ。
またこの時期は、ジャン・ギャバンなのだろう。
もう少し新しくなれば、アラン・ドロンで、文字通りの二枚目となろうが。(だいぶ雰囲気は異なる)。

昨日の映画「霧の波止場」に比べると詩的な台詞はやや少なめに感じたが、絵と音楽にはただならぬ感動を得た。
ウジェーヌ・アジェの巴里が思い浮かぶ幽幻な街角と、グレツキを想わせるポーランド現代音楽調の音楽の神秘的な重厚さには驚いた。
勿論、台詞に印象的なものはある。
「あなたの目は、片方は嬉しそうだけど、もう片方の目は悲しそう。」
ジャクリーヌ・ローランのフランソワーズの台詞だが、まさに観る事に催眠をかける言葉だ。
案の定、ジャン・ギャバンのフランソワは鏡を見つめてつくづくそうなのか、という顔をしている。
こうやって、相手を恋の迷宮に引きずり込むのか、、、。
恐るべし、フランス娘!昨日に引き続き飛んでもない。
フランソワの単純さからいって、もうこの一発で完全におしまいであろう。
勿論、最初の出逢いから、所謂一目惚れ状態ではあったのだが、、、。
しかし、相手が反応なければそれまでである。
こんな言葉を返されてはたまったもんじゃない。

このへんは、フランス恋愛文化からすれば、ごく普通のやり取りのうちなのだろうか、、、。
「初めて君を見たとき幸せを感じた。」
「雨の日に停車場で市電を待っていたら、満員で乗れない。その次の電車も、またその次の電車も。ずっと雨の中で佇んでいる。自分の人生はそんなものだった。」
と、フランソワ。
これは渋い。素朴で実直な性格がよくわかる。
母性本能をくすぐる(そういうものがあるのなら)台詞でもあろうか。
とは言え、すぐに恋に落ちるのだが、結婚はなかなかしない。
だらだらと気を持たせる。
要するに、恋愛が好きなのか。
恋の状態を、こういう言葉のやり取りを続けたいのか。
勝手にしなさい、というところだが、、、。

それにしても、ヒーローとヒロインの名が紛らわしい。
フランソワ(男性形)に対するフランソワーズ(女性形)である。
2人とも施設にいた孤児であった、とは言え同じである必要はなかろう。
(それとも付けやすい名前なのか?タローとかジョンとかみたいに、、、とくにつけやすくないか)。
アッシジのフランチェスコに因みこの名が広まったとも云われている為、施設ではつき易い名前なのか、、、。
ともかくこれでは、感想がちょっと書きにくい。


ジャン・ギャバンのフランソワに撃ち殺されるバランタンの嫌味な性格ー演技は凄い。
フランソワーズの実の父だと、とうとうと嘘をつき、父の苦悩を訴えるところなど尋常ではない。
作り話であそこまで喋れれば大したものだ。
日常は、ひとつの引き金で劇的に異化する、その極端でもあり、いくらでもありうる例ードラマであろう。
突然の可憐な美女にときめくのも、非日常の時間だが、激情に任せて相手に銃を向けてしまうのも、一気にそれまでの日常を断絶し完全に回想の世界にしてしまう。
もしかしたらあの嫌味なバランタンは、わざとフランソワに自分を撃たせるために拳銃を持参し、彼の目前に置いたように思える。
それが、恋に破れたバランタンの最大の復讐にもなり、フランソワを破綻した自分の道連れにも出来る。
ずる賢くヒト(女)を騙してばかりいる男である。それくらいの計算をしてフランソワの部屋を訪れたはずだ。
それにしても、ホントに執着の激しい嫌味な性格を見事に演じきっていた。
ジュール・ベリ恐るべし。
実生活でこういうのに関わったらえらいことになる。

「天井桟敷の人々」のアルレッティが存在感を示していた。
このクララが比較的に極端(単純)な登場人物のなかで、幅のある良識を備えた、しかし女性の性に翻弄されもする厚みのある役を好演していた。


最後の自殺し倒れたフランソワを優しく包み込む朝日が、題名の由来であることが解る。
(わたしが彼の立場であれば、興奮が冷めたところで、白旗上げて投降するのだが、、、)。
それでも、いくらでも悲劇のドラマには成りうる。
しかし、このエンディングのシーンで決めたかったのだ。
ここのイメージが最初にあったのかも知れない。




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