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霧の波止場

LE QUAI DES BRUMES

LE QUAI DES BRUMES
1949年
フランス

マルセル・カルネ監督
ジャック・プレヴェール脚本

ジャン・ギャバン(脱走兵ジャン)
ミシェル・モルガン(ネリー、、、17歳とは思えない早熟娘)
ミシェル・シモン(ザベル、、、ネリーの名付け親)
ピエール・ブラッスール(ルシアン、、、ひ弱なチンピラ)
ロベール・ルヴィギャン(暗い画家、ミッシェル)


「日が昇るたびに何か新しいものを期待してしまう。」(ネリー)
ル・ア-ブルとは、こんなに霧の深い港街なのか?
あの怪しげな酒場”パナマズ”がぴったりな場所だ。
パナマにいたことを自慢する店主。
清潔な本物のベッドで寝ることが夢だという男。確かにしょっちゅう宿を借りて寝ていた。
後の「ア-ティスト」でもこんな犬がいたな、と思い出した。
突然、あんなところに、こんな人が、、、という感じでネリーが立っているのが凄かった。
かぐや姫に突然出会ったおじいさん状態だろう。ジャンは。(ジャンは、役柄でもジャン)。
わたしには、やけにプラスチックな美女に見えた。「メトロポリス」に出てきそうな。
「人は誰かを殺すんだ。」「それが他人だったり、自分だったり。それだけのことさ。」という画家ミッシェル。
彼はジャンに何気なく靴のサイズを聞いておく。
「泳いでくる。遠くまで行けそうな気がする。」と海に飛び込み自殺し、ジャンに普段着と靴と帽子を譲る。
気前が良い。
物事の暗い部分ばかりが目に付けば死にたくなるだろうか、、、わたしは一向にならない。
しかし何でザベルはあんなに顔を嫌われるのか。
音楽の趣味は良いのに。
ルシアンもゴキブリ並に嫌われていたが、、、これは仕方ない。
乗ってる車がカッコ良い。車好きでカートにも乗りまくる。(誰にも取り柄はある)。

ストーリーと言えば単純な男女の恋愛を描いたものであり、全くなんてことないものだ。
フランス人は、いきなり恋に陥り、恍惚の時を過ごしたかと思うと、さっと別れとなる。
もはや恋愛の様式美である。西部劇やチャンバラ劇にはとうていみられない風情である。
出て来る娘も凄い。ミシェル・モルガンは実年齢も18だったそうだが。
「理解なんて出来ない。でも愛することなら出来るわ。」とネリー。17歳の娘が喋る言葉か?
フランス娘は言うことがいちいちませている。(いくちゃんより3つも若いのに、、、どういう比較だ?)

ネリーの養父ザベルの店にジャンが訪れる偶然も、ジャンが画家になってしまう流れも面白かった。
全く新しいアイデンティティを得て、ベネズエラ行きの船に乗ることになるその日に、ジャンは公衆の面前で恥をかかされたルシアンの兇弾に倒れる。
泣き叫ぶネリー。最後にキスをしてくれ。時間がない、、、。
事切れるジャン、、、。
これを悲劇と呼ぶなら、そうかも知れぬが在り来りなものである。(片方が死んで終わりというパタン)。
ここまで含めての様式美である。
しかし台詞が如何にも、である。洒落ている。
それに被る音楽もまた良い。
ひたすら洒落ていて、いつしかこちらがうっとりしている、、、。

わたしがこの映画にしみじみと感じ入ったのは、その映像そのものである。
「映画」の文体の心地よさとは、これであるという実感である。
陶酔である、、、。



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