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黄金のアデーレ

Woman in Gold

Woman in Gold
2015年
アメリカ・イギリス

サイモン・カーティス監督

「黄金のアデーレ」悪くない邦題だ。確かにこの絵画はそのように呼ばれている。
「名画の帰還」まで説明を入れなくてもよいのに、とは思うが。

ナチスに略奪されたクリムトの名画のひとつ「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」の返還を巡るドラマである。
この絵は、クリムトの作品のなかでも際立って装飾性が高く、めくるめく美しさとふんだんに使われた金箔のただならぬ威圧感もあり、劇中にも出てきた宝石が豪奢に散りばめられた幅の広いネックレスも燦然と輝く。
(なお、クリムトは他に「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅱ」も描いている。この絵から見れば、大人しい)。
ブロッホ=バウアー夫妻がクリムトを会長とする当時の前衛芸術家集団「分離派」の支援者であったことからその妻の肖像を描いていた。

モデルとなったアデーレがベルヴェデーレ宮殿美術館 (ウイーン)に生前寄贈する謂の遺言を夫に託していたのだが、その絵の真の所有者は夫であり、彼はその絵を手放さず、姪甥に託す遺言を残していた。
しかしオーストリアは、アデーレの遺言を法的根拠としてその所有権を断固譲らなかった。
これは、それまでにはなかった画期的な裁判となり、後に大きな意義をもった。

アデーレの姪である82歳のマリア・アルトマンが駆け出しの弁護士ランドル・シェーンベルクと共に「黄金のアデーレ」を奪回のためにオーストリア政府に対し法廷闘争を繰り広げてゆく物語である。
(他にもクリムトの風景画3点もある)。
その絵画にはマリアのこよなく愛する故郷を追放された恨みと、両親を置いて亡命したことに対する罪悪感の綯交ぜになった感情が込められ、彼女のこころをずっと揺すぶり続けてきた。
奪回によって、その長年の想い(アイデンティティ)に正面から対峙する意味もあったのだ。
(わたしにとって、祖国を失うという想いが如何程のものなのか、実感不可能なものである)。

それにしてもまだ、取り返せる現物があってよかった。
ヘルマン・ゲーリングが個人的趣味から彼の別荘に持ち込んで飾っていたとか、、、。舛添氏みたいである。
そののちに美術館に移されたそうだ。
しかし絵によっては、いくら優れたものであっても、退廃芸術として処分されてしまったものも多い。
かのフランツ・マルクの絵画さえも退廃芸術の烙印を押された、、、余りに惜しい。
(これこそ人類の至宝に当たる)。
略奪は、そのモノにまつわる記憶ー想いや歴史をズタズタにする酷い行為であるが、破棄されたらもうそれっきりである。
(美術学校に落ちたヒトラーの腹いせか?)


ヘレン・ミレン、、、マリア・アルトマン
ライアン・レイノルズ、、、ランドル・シェーンベルク
ダニエル・ブリュール、、、フベルトゥス・チェルニン

ナチス侵攻時のオーストリアでの出来事(家族との想い出)が現在の裁判の流れの中に、頻繁に挿入されて重ねられてゆき、この絵画の奪回の意味が深まり濃くなってゆくのが分かる。
特にアメリカに旅だつ娘を病床から送り出す父親の最後の言葉の重みは計り知れないものであった。
また、夫とふたりで飛行場まで逃げる途上の緊迫感は並みのサスペンス劇を凌ぐ、かなりのものであった。
マリア・アルトマンとランドル・シェーンベルクのぶつかりながらも信頼を深め裁判を勝ち取ってゆく過程は実に見事に描かれていた。


ヘレン・ミレンの上品で凛とした演技とライアン・レイノルズの真面目な演技がすこぶるよい、この映画、ほんとうに見応え充分であった。

実話というが、この弁護士はシェーンベルクの孫とか、、、。
(お父さんは有名な判事)
シェーンベルクも音楽だけでなく、凄い絵を描いている。
ちょっとそのへんも何気なく出てきても面白かったか、、、。


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