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「新世会展」を観た

もう38回目の展示会だそうである。
北海道出身者の集まりであったが、長いあいだのメンバーの入れ替わりで、もう固有の地域性はなくなっているらしい。
アマチュアの絵画展というと、何かのついでに入ってみようかとフラッと入ってサッと通過して出てくることがほとんどだ。わざわざ招かれた知人の展示会でもそうだった。直ぐ後で口直しがしたくなることも、とても多い。
しかし、入ろうとする時点で、何かあるのでは、という期待はもっている。
今回もそうである。

入ってみて、感じた空気は思いの他良かった。
革新的な驚きや居心地の悪さ、不安さはないが、単なる自己満足なお絵かきでは全くない。
はっきりと人に見せるべき絵が並んでいた。
つまり再現性を追いかける途上で息絶えた感じの絵ではなく、再現の先にベクトルの向いた形象を探る表現になっている。
わたしは、こういう展示会は結構好きだ。
映画(勿論様々なものがあるが)を観る心境にも似ている。

言い方を変えると、(伝統)工芸品を見るような一定レベルの技術による安定した完成度と間をもった作品群であり、その空間を自分の生きられる時間として共有できるものであった。
実はこれがなかなか日常空間では不可能なのだ。
自然や日常的な事象を異化し、咀嚼しやすい形で提供する芸術の側面が機能している。


噴水の幾つもある公園の長い並木道を歩いてみても、それだけではたかが知れている。
もう一歩踏み込んだ加工ー芸術化が欲しいと思えることはある。
インスタレーションか、、、。
勿論、公園であってもディテールに踏み入れば、異化した時間性のなかに溢れ出る余地は開けてはいる。
不思議の国のアリスのように。
しかしどちらかといえば、ティム・バートンの映画でそれを体験した方がより刺激的である。(又は容易であるのか、、、恐らくそちらの方であろう)。
そのため、、、わたしはちょっと苦手な映画鑑賞を日々していると言えるか。


光の反射効果を禁欲的に活かした稠密な水面シリーズや単純化と省略の効いた装飾的平面画像や充分熟れた太くて短いタッチの重層により作り出される量感ある風景画、、、などは充分に心地よい。
それぞれの作品を個別に見ても、感じたのはまず作者止まりの満足ではなく、鑑賞者に差し向けられた距離であり、記憶を刺激する身体的な馴染みであり、触知的な心地よさであった。
また、グループで切磋琢磨して得られるものを感じたものである。

すぐ近くの小さなコーナーで村田英子展がまだ、開かれている。
こちらも一見の価値はあると思う。

(相模原市民ギャラリー 駅ビル セレオ相模原4F)

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