森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ

町田国際版画美術館
確かに「版画」は身近なものである。
毎日誰もが財布に入れて持ち運んでいる。
しかし、その割に身近には感じていない。
福沢諭吉をまじまじ眺めている人は多くはないはず。
それにしても圧倒的な展示会であった。
一回さらっと見たくらいで、概観は到底述べられない。
もう一度行ってみたい。
わたしはメゾチント以外の銅版画はやったことがない。
ここでは、ビュラン(彫刻刀のひとつ)を使った、エングレービング(直刻銅版画)と木口木版画の傑作の数々が展示されている。
1ミリの間に10本以上の正確無比な線を入れてゆく。
そこに何となく迷って引いてしまった線など一本たりともない。
計算し尽くされた超絶的な技巧で引かれた線だけによって造形される芸術なのである。
その線刻表現の多彩さとその錯綜する組み合わせに驚き、酔うしかない。
呆れ返ってしまう職人芸と芸術性の融合。
(イタリアのジャズとクラシックをロックに融合したグループの名”Arti & Mestieri”「芸術家と職人」まさにそのものだ)。
そして、とりあげられた作家が皆、横綱級である。(丁度いま、相撲がピークだが)。
かのデューラーの不滅の傑作「メランコリア」が作品のひとつとして飾られている。(特別扱いではない)。
尋常な展示会ではない感じがしたが、そうだった。
独りで冠展示会が十二分に可能な作家ばかりではないか!
アルブレヒト・デューラー、クロード・メラン、マックス・エルンスト、わたしの大好きなウィリアム・ブレイク、門坂流、長谷川潔、柄澤齊へと、、、他にもたくさんの作家の名品が並ぶ。
特に、長谷川潔のメゾチント以外の技法の版画を初めて見たが、大きな発見であった。
やはり、技法によって作品世界は大きく変わる。所謂、作風ではない。
平面的で簡潔で神々しい。こういう明澄な世界も作っていたのだと感慨にしばし耽る。
ウィリアム・ブレイクをつくづく観ると、SFアニメ作家にも多大な影響を与えていたであろうことを実感した。(諸星大二郎とか)。
門坂流の線の起こす運動の多様さ、「急流」には唖然とし、更に「満開の桜」の張り詰めた狂気には、愕然とした。
多彩な線を適所に精確に使い分け構成されるスタティックな作品は多いが、このように線そのものが力として世界を生成するものは、少なかった。
そして、柄澤齊である。
ある意味、彼の一連の木口木版画が一番面白かった。
肖像である。これはいつまで見ても見飽きない。
ただの表面をなぞった感じの肖像などではない、思い切った「表現」がなされている。
肖像の主の作品を充分咀嚼し消化して初めて創作出来るものだ。
アルチュール・ランボーの天上を睨みつけるかのような目から下が、海の寄せ来る波なのだ。
しかし、それが恐ろしい程のアルチュール・ランボーに見える。
ボードレールはガラスの破片飛び散るなかで、詩人の強烈な意志を示す。
グリューネヴァルトと泉鏡花はエイリアンの本質が惨たらしく掴み出されている。
オディロン・ルドンは、恍惚とした夢想のうちに凍結している。
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他にもたくさん観るべきものはあった。(あり過ぎた)。
ルーベンスを原画とした版画では、画家のタッチ(筆致)のエングレービングによる翻訳が鮮やかであり、新たな息吹を感じた。
明治天皇も、初めてじっくり観る事ができた。なる程と思った。
エルンストの「百頭女」「カルメル修道会に入ろうとした少女の夢」「慈善週間または七大元素」は持っており、昔はしばしば鑑賞していたものだが、展示会場こにおけるコンテクストでこのコラージュを見ると、また異なるものに見えて驚いた。
詩画集も豪華絢爛である。。
文字の方も実に興味深く読み耽ってしまった。
特に、木原康行の神経系を想わせる抽象的な曲線の束の「死と転生」にはワクワクしてしまった。
中村真一郎の詩がとても面白くて、、、この詩画集は欲しい。
何というかとても贅沢な時間であった。
更に、常設展でゴーギャン、フェリックス・ヴァロットン、何とフランツ・マルクの版画も観る事が出来た。
これは、おまけというには、お得すぎる。
しかし、余りに濃厚すぎた。
もう一回、観なければならない。
一緒に展示会を回った20年ぶりに会った旧友とジェラートを食べてひとまず帰った。
わたしにとって、ビュランの超絶技巧を目の当たりにすることは、狂気の白昼夢を体験するに等しかった。
あの、ランボーといい、ボードレールといい、、、。
「メランコリア」
それから、長谷川潔のたどり着いてしまった光景。
その先に佇む、ウイリアム・ブレイク。
わたしまで、縁にいる感覚である。
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