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病葉(わくらば)

Jakuchū001

数ヶ月の長い間、ベッドのある部屋の窓辺に並べて置いた植物たちを30鉢ばかり庭に出したのだが。
1ヶ月も経たないうちに、枯れたり萎んだり、葉色が酷く悪くなったりするものが幾つも出てきた。

青々と艷やかだった物が、病葉に変わっているとかなりがっかりする。
気持ちが落ちる。
葉っぱも落ちている。

今日は庭で虫籠を幾つも出して中を洗ったりしていたため、外に出していた鉢物をよく見る機会があったのだ。
雨に当たりすぎておかしくなったのもあるようだ。
もう流石に寒さや、寒暖差でやられるものはないとおもうが、、、。
後考えられるのは、強い光と風か。

反面、適当に作った(急拵えの)畑のほうれん草はしっかり収穫できた。
随分、わたしや娘の栄養源にはなったと思う。

さっぱり世話をしていなかった裏庭(実に狭い)の葉っぱは逆にとても活きが良い。
ずっと外に放りぱなしの半野生化したものだ。
無言の生命力を見事に感じる。
生の素晴らしい緑だ。
西側にいるのに。
表の東の大量の鉢群は今ひとつだ。
大切に外に置いたり、中に入れたりしながら育てたものなのに。
肥料も水も考えて与えてはいたが、天候との関係がうまくいかなかったか、、、。

鳥が種を落としたおかげで毎年一際綺麗な花を咲かせる幾つかの植物も、今年は調子が今ひとつであった。
もうすでにうちのメインの植物にもなっていたのだが。
クレマチスとクリスマスローズや菊の類はいつも通りである。
しかし毎年、コンスタントにというのは難しいらしい。
数年経つと、生命力が鈍ってくるようなのだ。

何においても生命力が基本だ。
更新され反復する生命力である。
やはりこれ以外にない。


それを最近、強く感じたのは、伊藤若冲の絵である。
まだ、美術展には行っておらず、TVで見た範囲であるが、凄いものだということだけは、ひしひしと分かる。
そのあるようでない命の描写に。
日本画であっても流派における研磨ではなく、自然観察の極みから生まれる線と色彩が違う。
時間の畳まれた精緻なディテールには、多様な命のエネルギーが宿る。
あるようでない、匂い立つ命。
微細すぎて混沌とした盲目な芽吹き。
これは、希望か、、、。
今、若冲がこれ程望まれている理由は。
(サイケデリックですらある細部のデジタルな処理と情報量のすっきりした莫大さ加減も今にピッタリだ)。

彼は、、、
文字を残さなかった。
ことばを残さなかった。
「千載具眼の徒を俟つ。」という言葉だけは残したらしいが。
(どういう形で残っていたのか、、、)。

そのため、これからもずっと、神秘な生命力が残り続ける。
下手に饒舌なことばをつらつら残さない方が鮮度が保てる気がする。
勿論、前提として例外的な仕事を果たした上でのことだが。
他の絵師は、残し過ぎたケースが多い。(弟子を取るのもそうだ)。



水と肥料のやりすぎに気を付け、また室内にいくつか引っ込めよう。


小松菜奈がNHKの番組で伊藤若冲のナレーションをしていた。
これまでにない、語り口で非常に新鮮であった。

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