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プリンスを聴きながら、徒歩で娘と公園へ

chinode.jpg

今日は、娘ふたりを連れていつも車で行く公園に徒歩で行った。
(わたしは運動のため、すでに二日ばかり徒歩で通っている)。
かなりの時間を要することは見えていたため「プリンス」の曲をiPhoneに入れて聴きながら出かけた。
次女は初めての徒歩による遠出である。長女は一度経験しているためしんどさは知っている。
どれだけ歩く事になるか、次女は想像もせずににこにこついてくる。
だが、徒歩の言いだしっぺは、次女なので、仕方ない。
長女は覚悟を決めた表情で歩いている。
どうなることかと思いつつ、明日は日曜日だし、とりあえず試してみようと思った。

わたしはプリンスの曲では、モロにロックという感じの曲が好きだ。
彼のギタープレイの冴え渡るロックがとくに良い。
マイケルジャクソンは優れたパフォーマーでダンサーであったが、プリンスは優れたコンポーザーであって、プレイヤーであった。
しかしソレにとどまらず、黒人でありながら完全な白人ロックをコンポーズするその特異なアイデンティティが光っていた。
しかも、コピーや亜流ではなく独創を感じる刺激的な白人ロックを生産していた唯一無二の存在である。
所謂、ファンキーなブラックミュージック的なものもよかったが、イギリスのロックミュージシャンがやっていてもおかしくないようなやつが特に好きであった。
しかし、はっきり言ってそれほど熱心なリスナーではなかった。
マイケルジャクソンと同じくらいは聴いていたというところか、、、。
ファンからは、随分遠いところにいる。

さて、公園徒歩二日目に車で駐車場に行く遥か手前のショートカット、いきなり木漏れ日の道に入る口を探しておいたため、そこから入ることに決めていた。
だが案の定、次女が後どれくらい?もう半分来た?としきりに聞いてくる。
疲れたの?と聞くと「うん」と答える。
公園に着いたらゆっくり休ませてあげる、と応えそのまま歩き続けた。

すると右側の歩道をゆくわれわれの背後からおばさんの自転車がどけどけという感じの声を上げつつ突進してくるではないか。
すぐに子供は脇に避難させたが、何でも「前が見えなくて止まらない」みたいなことを叫んでいた。
子供を前の荷台に座らせた母親の乗る自転車であった。まあなんと血迷ったものか、、、。

プリンス聴いてる場合ではないのでイヤフォンを外し、交通安全体制のレヴェルをアップした。
ふたりを前に歩かせ、後ろから監視して歩く。
長女・次女・わたし。
そうこうしているうちに、ショートカット入口に到着する。

ここだけ車の激しい横断歩道のない大通りを横切るため、両手でふたりと手を繋ぎ横切る。
キャーッと言いながら横切る。
するともう木漏れ日の道の一番の端にいるのだ。
いつもは、そこまでは歩かない端っこなのだが、すぐに本流に繋がるところである。
車の駐車場からは、遥かに手前である。
不安になりかけた次女もウキウキして満足気であり、長女も「もう着いたの?」拍子抜けの感じであった。
長女は以前より確実に体力は増していた。この時期の1歳は大きい。

変化に対する対応は常に怠れない。
外部からの来襲も含め。
事故にしてもインフルエンザにしても、、、。
気は抜けない。
しかし、一番大切なのは、成長(成熟度)に見合った見守り方と環境・情報刺激の与え方であると思う。
これは完全にルールのない個々に対応した個別指導のレヴェルのものだ。
長女は絶えず、手をわたしと繋いで歩く次女とは異なる、距離をもった歩き方で、自分で歩いてきた。
着々と自意識を更新している(内的言語の増えている)のも分かる。


公園で充分遊んだ帰りに、お喋り次女が道端のラーメン屋さんに入ろうと言い出した。
以前、夕暮れどきに散歩に出かけたときは、焼き鳥屋に入ろうとせがまれ入って食べている。
まるで、おやじである。
将来、酒飲みになりそうな気配が漂うが(そういう雰囲気が充分あるが)、それはいま心配しても仕方ない。
ベーシックなラーメンを注文して食べた。
かなり美味しかった。
また来ようね、と言って店を出たら間もなく長女が上着を忘れた!という。
(学校でもしょっちゅう忘れ物をしているのだ)。
ああまたやった、と呆れたら何と隣の座敷にいた同年齢の男の子が、「ハイッ」とピンクの上着を外に走って届けてくれたではないか!
呆気に捉えられながらも長女は嬉しそうにそれを受け取り、共に礼を述べたのだが、今日一番想定外の出来事であった。

長女が気づくより早くその子が事態を認識し、素早い対応をしてくれた。
世界は刺激と変化に富んでいる。
深く有意味な対応―認識を大切にしたい。






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