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入浴夢

pakira.jpg

最近、入浴時間がやたらと長くなった。
つい先日は、2時間ほど入っていたのだが、意識があったのは初めの20分くらいである。
つまり、1時間半以上眠っていたらしい。
夢も確かに見ていたのだが、残念なことに服を着ている最中に忘れてしまっていた。
ただし、かなり面白い夢であったことだけは、分かっている。
直後にすごい夢だと感じたことだけは覚えている。
返す返すも残念なことだ。

やはりアルタード・ステイツのマシンもそうだが、ちょうど良い(抵抗のない)水温の水槽に入ってゆっくり休むことは何かを解放することは確かだ。
この時、光を一切入れなかったり、極度の調整をするようだが、わたしにとっては普通の風呂場で、窓際にパキラ(観葉植物)の微妙な形が柔らかな夕日に照らされているくらいがちょうど良いように思われる。
パキラは見るほどに味わいがあり、見ていて飽きがこないのだ。
しかし考えてみると、植物を見ていて、飽きるという感情が芽生えた試しがない。
これは不思議といえば不思議なことだ。
特にわたしは人一倍飽きっぽい。
気持ちが散り散りにならず、リラックスして適度な集中を得るには、適当な植物が視界にあるくらいで良いのではなかろうか。

そもそも、家で完全に光を締め出すのは無理であるし、風呂場でそこまでの実験をするつもりはない。
日常生活の一コマで過剰な事はできない。
それに何かあったら大変ではないか、、、。
別に自分が類人猿に変身する恐れは感じはしないが。
物々しすぎるのは、特に意識を緊張させ萎縮させなくとも、構えてはしまうだろう。
何らかの効果を結果を出さなければと思ってしまうのではないか、、、。

気楽にならなければ本末転倒なのだ。
わたしは、やはり睡眠、、、夢の状態は植物の状態ではないか、と感じている。
それは大分以前から感じている事だ。

親戚でもう7年間意識なく眠っている人がいるのだが、調度そんな心象のなかを生きているのではないかと想う。
外部との疎通を絶っているので、内的生活がどのようなモノなのか全く計り知れないが。
潜在する生の神秘は窺わせる。
病院施設のベッドに行くと、胃瘻のカテーテルを入れて、多くは口を開けて眠っている。
反射と思しき動作は見られるが、深いところの状況は掴みようがない。
だが、厳然と生きていることは感じる。

話が逸れているのか関連するところがあるのかも定かではない、、、。
ただ、入浴ほど(風呂に入るほど)気持ちの良いものは、いまのところ他にない。
そのことを言いたいために書いているのか、、、。

その抵抗や痛みや痺れの無い、いやあらゆる重々しく苦い記憶の薄れた心的環境に訪れるものは、われわれの生にとってとても貴重なものだと想える。
そこで見られる夢は、重力の影響を最小限に抑えられた場所のものである。
改めて夢を観たい。


そう入浴剤も様々なものを使ってみたい。
GAIAのアロマもいろいろ試しているところだ。
この実験は、今後も進めてゆくつもりである。

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