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児玉 沙矢華展を観る

gallery00.jpg
post cardに使われていた「空を仰ぐ嘘」

児玉 沙矢華という画家を初めて知った。
経歴を見ると、わたしの高校の後輩であった。
全くどうでもよいことである(笑。


さて、絵であるが、題名がどうしても琴線に触れる。
と言うより郷愁を呼ぶというべきか、、、。
テーマに対する郷愁でもある。(わたしの年代ともなると、、、)

展示されている作品は、次のもの。
最近見た絵の中では、とても瑞々しく共振できるものであった。
素晴らしいというより、好きなタイプの絵である。
少女(少年)期を図象にしていることは、ある意味紋切り型に絡め取られる危険性をかなり内包している。
作者はそれを前提に、違う路を切り開こうとしているはずだ。

「等閑の境界、多重するズレ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「青空の空隙」
「共鳴する空想」
「空事の巣」
「空事の狭間」
「架空の地図」
「空を泳ぐ嘘」
「架空の街へ」
「架空の経路」
「空想の影境界を辿る」
「影絵遊び」

の11枚であった。
絵と画題との対応関係は、もうはっきりしない(謝。
(じっくり観ることが時間的に許されなかった事情から)
ただ、印象に残る絵ばかりであった。
また、時間をかけて観てみたいと思わせる絵ばかりである。
画集が出たら、間違いなく購入したい。
以前、よく絵(版画が多かったが)を買っていた頃であれば、値がついていたら買ってしまいそうである。
だが、今現在のわたしの状況では、買えない(笑。

10点の絵が同じテーマに収束されていることが分かる。
空事、嘘、狭間、巣、架空、空想、影、影絵、空隙、泳ぐ、、、

1点、「等閑の境界、多重するズレ」の作風(形式)が他と異なり、他の作品から大きく踏み出している。
それは題からまず窺えるが、絵そのものが明らかである。
鏡・ガラスがない。ドアをはっきり開けている。幼いながらも立っており、盲目の生きる意志をもっている。頭部は見えるが表情ははっきりしない。
これがまた、印象的である。
彩度を抑えた全体の色調がテーマに強度を与えている。
鋭いまたは煌びやかな輝きを排除し、光を抑え込む。
この絵はこの色調以外に成立しないことが分かる。
少し河原温の初期の絵を思わせる。
この絵の場面が風呂場であったら、凄い既視感を持ってしまうかも知れない。
場面は台所であるが、ものの構図が加速・圧縮されており、その時間性はキリコをも思わせる。
そのまま観たなら、等閑視された子供のある日(いつも)の光景―場所を象徴する高密度で無機的な絵と取れる。
しかしこれに「多重するズレ」と続く。
そう、ズレなのだ。尽く事象はズレて生成する。時間性―速度が加わる。
この絵は、一枚のあるときの図象に見えて、無数にだぶる反復を表している感がある。
ズレとはその時に生じる「差異」である。
生々しい生の現場である。
テーマの飛躍か、、、


同テーマと思われる作品群では「青空の空隙」に特に目がいった。
鏡にできた漆黒の穴を2人の少女が上から覗き込んでいる、その表情が他の作品にない強い意思を感じさせるものであった。
穴と書いたが、穴に見えて漆黒の異物であるのかも知れない。
漆黒それは、光を受け付けない。光―空事・架空のすべてを撥ね付ける。
そこに苛立ち、拘わり苦々しく凝視する。
その漆黒とは何か?空隙とは何か?
そこがいまひとつ、わたしにとっても彼女たちにとってもはっきりしない。

他の作品も意思と感覚を素直に発露させて染み込んでゆく、シーツの皺からガラスの割れ目に構造化してゆく自我の痛みを、その息苦しさを、焦慮の念を、軽い目眩を、充分に肌に感じさせるものではあるが、、、。
微睡みの安らかな表情の内に自閉・内向し、非現実の世界にイメージを遊ばせていることから、異質なカナリゼーションを起こし、内側・内宇宙から他者に向けて立ち上がり、ガラス張りの自己しか写さぬシーツから目を離し、他者―漆黒との関係を新たに切り結ぼうとしているように見受けられる。「青空の空隙。」
ほかの絵が言葉を外に放たないものであるのに比べ、これは自らのことばを明らかに漆黒―他者に向け吐こうとしている。
その意志の強度の内に恐れと闘志の綯交ぜになった感情が垣間見える気がした。
「空隙」という言葉は何というか単なる隙間より異様で異界的な異物感がある。


音で言えば、”Lily Chou Chou”の音楽に重なるものをいくつか感じた。例の「呼吸」


ここまで随分、表情と書いてしまったが、表情―象形になってしまうことで、もはや紋切り型から逃れられなくなる。
この表情から逃れ、これをどうしてゆくか、これは全て(純粋抽象以外)の画家の創作テーマでもあろう。
ここを切り抜けた画家はごく少ない。(フランシス・ベーコンなど数える程)。
これからの動きが気になる。

「等閑の境界、多重するズレ」の可能性を感じる。


続編は、「児玉 沙矢華 展を観る Ⅱ」まで。

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