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袋小路

Cul-de-sac001.jpg

Cul-de-sac
1966年イギリス
ロマン・ポランスキー監督

モノクロのメリットが効き、抽象性が担保され古さを感じなかった。
もしカラーであったなら、時代感を印象づけられていたかも知れない。

ドナルド・プレザンス
フランソワーズ・ドルレアック
ライオネル・スタンダー

この3人とても良い味を出していた。

海辺に聳える古城というのは、どうもロマンティックというより、住み難そうという感じが拭えない。
特にわたしはアウトドアが苦手で、水洗トイレのないようなところではまず暮らせない。
あのご立派な由緒ある古城は、わたしにとってはテント暮らしと同等の感触しか受けない。

かつて11世紀の作家の古城で、彼の日記や草稿などプレミアものが残されているというが、現在の所有者にもその付加価値以外にさしたる魅力はないように映る。亭主も冬はひどく寒いと不平を漏らしている。
ただひとつ夫婦にとり実質的なメリットととして、かなり隔絶された環境であること。
それによりこの夫婦、何となくやり過ごして行けそうなのだ。
潮が満ちれば、孤島と化す。さすればやはりここは滅法ロマンチックではないか、、、。
(ホントにそれだけの機能であるが)。

若妻は気だるそうに何時も同じLPをかけているし、若い男とカニだったかエビだったかを獲りに行く名目で浮気中のようだし。(その意識かそもそもあるのかどうかもはっきりしないのだが)。何らかの決断を下すほどハリのある生活を送っていないためか、なし崩し的である。(セリーヌ的まではいかないか)。


しかし、現在の城主は彼女の絵を沢山描いている。旦那の彼女への自己妄想的な閉じた入れ込みようは痛々しいほど伝わる。絵そのものは、本人の言うとおり、日曜素人画家であることはお愛嬌として。それを彼女との堅固な対幻想に構築する意志はない。
そのような歪な関係のもと、お互いに暇を持て余しているところに、招かざる客がやってきた。
彼女はハダカで泳いだり、奔放で率直で向こう見ずに見えるが、思いのほか保身に拘り、嘘をついて男を誑かす。女性性ととるべきか、業というべきか。いや幼いのか?しっかりしているように見え、何考えてるのか今ひとつ分からない。兎も角もはや、ご主人に惹かれてないのは確かだ。何で結婚して一緒にいるのか分からない位の関係だがまだうやむやで継続する。早かれ遅かれはっきりしてくるのだろうが、ギャング-他者との関わりにおいて、露呈は加速されたと言えよう。

そのアクの強い粗暴だがどことなく憎めないギャング(2人いたが、個性がさらに強い方?はすぐに死ぬ)とのいつまで続くか分からない共同生活がどうにもカフカ的なのである。
別に「城」から連想して無理やり言っている訳ではない。
ギャングはヘマをやらかし、傷を負って城にたどり着いた。
そこから身動き出来ずボスに助けを請うが、いつ来るかわからない。
なるべくギャングを刺激せず、お迎えが来て去ってゆくまでやり過ごす基本スタンスで夫婦は行く事にする。
そんなところに夫の友人ファミリーが訪ねてきて、ギャングは庭師と紹介されて給仕の仕事までやらされることになる。
態度はデカイが妙に板についているところが下手なコメディよりずっと面白い。
全く可愛げのないそこの子供が悪戯をしまくる。子供は端から皆の幻想から外れた所にいる。
子供の度を越した悪ふざけから、夫と友人ファミリーは決別する。(表向きは)。
友人はすでに若夫婦の状況を見破っており、相談はいつでも受けるなどとしきりに言うことが、現状をあやふやにしておきたい夫を殊の他刺激したのだ。ここで更に事態は加速する。
ギャングは声は暴力的だが適度に紳士的でもあり妻が尻尾を振ってきても取り合わない、夫はギャングの言いなりで過ごす。妻はギャングの言いなりである夫の批判をヒステリックに繰り返す。
そうこうしながらお互いに絶えつつも協力して待つのだが、先方はいつまで待っても来ない。
それぞれの関係の解体が徹底し、白日の下というより満天の星の下はっきり露呈する。
ただ、待つことが3人を1つの共同体にしていた。
誰にとってもそのお迎え―救いの主の登場で全てが解決するという幻想のもとやってきたのだが、、、。

結局、ボスが迎えをよこさない、完全にギャングが見放されたと了解したところで、話は予想外の急展開となる。
ギャングは彼ら(夫)の車でそこを去ろうとする。お迎えを待つゲームからそのゲームの主が抜けようとする。
ギャングはこんなタイミングで射殺され、急に突っ張りだした夫は捨てられ、若妻はまた例によって他の男と逃げてしまう。
最後の最後に夫婦の2人がギャングの銃を避けようと相手を互いに盾にし合うのは、ウケる。
しかし実はこの関係、端からそうだった。
ギャングという触媒により活性しグロテスク化して見えたに過ぎない。
そして、触媒が消えたところで、もう解体し尽くしていた、というよりすでに触媒が有効な環境でなくなっていた。
エントロピー最大となって終わり。


これは、まさにカフカ的なお笑いコメディと言える。

Cul-de-sac002.jpg


フランソワーズ・ドルレアックはこの翌年、1967年25歳の若さで自動車事故で帰らぬ人となる。
Cul-de-sac003.jpg
映画界で最も美しい姉妹(勿論妹はカトリーヌ・ドヌーブ)と讃えられたが、その称号は未だに彼女らのものだろう。



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