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肉体の悪魔

DIAVOLO IN CORPO

DIAVOLO IN CORPO
レイモン・ラディゲの処女小説を元にした映画。
たびたび映画化されているようだ。1947年度版が有名なようだが、内容はこれとはかなり違う。
この作品は1986年イタリア、フランス制作のマルーシュカ・デートメルス 主演のもの。
その存在感から、「カルメンという名の女」(ゴダール)も観たくなってしまった。(まだ観てないのだ)


マルコ・ベロッキオ監督
過激思想犯や爆弾テロやその裁判が要素として扱われるが、作品自体にそういった思想的な意味はのせない。
主義主張がどうのなどという水準の作品では勿論ない。
「肉体の悪魔」の様態をマルーシュカ・デートメルスを介して弾けさせる感じだ。
つまりは、システムにおける最も根源的で危険な生=性の多様な力の奔流を描くものか。
ベルナルド・ベルトルッチ監督に感覚的に重なる面は感じられる。
このような映画に接すると、未だ観ていないパゾリーニ監督のものも観てみたくなるものだ。
(似た匂いを感じる)。


さて、この映画、、、
何よりマルーシュカ・デートメルスの表情の長時間アップが多い。
彼女の様々な表情の変化、、、それも狂気に微動する、、、をじっと捉え続けるショットが印象的である。
その長さが異様さを雄弁に演出していた。
実にこの映画で彼女は多くの表情を魅せている。
そのほとんどは、危うくも過剰かつ静謐な表情であった。
これはマルーシュカ・デートメルスの顔を観る映画であることを知る。
その端麗な顔がどんな表情を突如生成するかに惹きつけられるばかりだ。
勿論、肉体もそのまま端正で量感たっぷりの芸術作品と言えるが、題から連想するほど露出時間は多くはない。
である為、パゾリーニはどうなんだろうという興味は沸く。
恐らくそこは、比べて大分過激なものなのだろうと思われる。
何れにせよ、マルーシュカ・デートメルスの存在感とオーラで、この作品が色褪せることはないであろう。

ジュリア(マルーシュカ・デートメルス)の感応力の一面が官能力としても迸っているが、最初の自殺を試みる女性と目が合った(顔を見合った)瞬間、共鳴してしまい、ふたりの瞳からは涙が溢れ出ていた。これがすべてに現れている。
ジュリアとは、事程左様に共振力を持った女性なのだ。
カトリック(法―システム)の饒舌な言葉で通じなくとも、相手は彼女の波動に深く打たれてしまう。
そして官能的な恋愛ほどその共振力を必要とする。
そういう女性を演じるに当たり、マルーシュカ・デートメルスはまさに適任だ。
病的な神経質さと本源的バイタリティから発動するエロスとフラジャイルな行為に、こちらも最後まで乗せられていってしまった。
(終わりの方でうっかり寝てしまったのだが)。

ただ、最後の学生の彼氏の口述試験を見守る彼女は何なのか、いまひとつよく分からなかった。
この前あたり10分間程度、眠っていたのがまずかったか、、、。
古い彼氏(婚約者)の裁判を傍聴していたのが、これに取って代わった、ということか。
完全に彼氏が交代したという象徴的なシーン?

兎も角、「普通」の素晴らしさを標榜する元思想犯の彼氏より、新しいやんちゃで奔放な彼氏に寝返ったのだ。
これは、彼女の場合、自然だ。彼女自身の性向からも病状からも属性から言っても。
そもそも最初の彼氏を好きになったのは、過激思想に惹かれた部分もあったのでは?
それが、刑務所を出て結婚する段になって、平凡や普通の良さを吐かれて、普通に暮らそうとしきりに言われても、もう既にある意味刺激の強い生活に歓びを見出してしまっているのだから、どうにもならない。話が違う。
しかし、刺激とスリルに富んだ生活を更新・反復してゆくのもまた、過酷であろう。
当然、安定からは程遠い、高価な皿が割れまくる生活が待っているのだろう、、、。

いや、刺激とスリルなどという皮相的(結果的)な見方では彼女は掴めない。
本源的な女性性を病的にまで死守して、生を抑圧するシステムからズレようとして藻掻く姿がそう映るのだ。
そう最後の彼氏を見詰める彼女の表情に、何やら決意を感じた。
この精神科医(ジュリアがかつて患者であった)の息子も権威に対する反抗心はしっかりあるが、捕まるようなヘマはしないセンスの良さが感じ取れる。厚かましいが結構利口もので頼りがいのある男だ。

まあ、それはこの先の噺だ。


明日は、ゴダールが観たい。
散歩がてら買ってこよう。


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