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水の声を聞く

mizu.jpg

2014年
山本政志監督・脚本

このような経験は幾度もある。
既視感に満ちている。

新新興宗教団体のスタッフの背の高い、大学で宗教を学んでいたという男はよく認識していたようだが、カリスマ性というのは面白い。

主人公の在日の女性が、アルバイト感覚で教祖をしているときは、スタッフやプロジューサー、信者たちの求める適度に神聖で理想的な雰囲気を持った教団として順調に成長していた。
その中の背の高いスタッフの分析する通り、教理など初めからあって無いが如くであり、教祖に至っては祖母が巫女をしていたとは言え、宗教には何の知識も教養もない極普通の感覚の若い女の子であるに過ぎない。
話すことは、プロジューサーの作った作文の暗唱である。
オウムに毛が生えたくらいのものか。
話に中身など全く何もない、あらかじめ用意しておける、どうとでもとれる抽象的なものだ。
しかも、無内容の話を神聖化するかのように韓国語で静かに抑えた調子で応えさせる。
更に何やら水の満ちた水槽や蒼い民族衣装や韓国の歴史を感じさせる儀式(踊り)などの演出と相まって、相談者や信者の感じるありがたさを増幅させるのだ。
この効果により清廉な彼女の身体を通して発せられる情報の全てが、悩める者たちに「実質的効能」を生じさせてしまう。
これが教団という場所における、化学反応による彼女のカリスマ性である。
彼はその潜在する構造に瞠目し、その教団に在籍を決め、彼女を支え続ける決意を抱いていた。

同感だ。
そういうものだと思う。
しかし、教団が膨れ上がってゆき、それなりに時間を積み上げてゆくと、その重さ(責任)に彼女の個人的バイト意識が耐えられなくなる。
それは必然的なものだ。ある意味、プロ意識が徹底していないのだ。
講話が終わったところで、スマフォでちゃらちゃらギャル語を喋っている場合ではなくなってくる。
状況に対し自覚が生じ、この娘の場合祖母の生き様を訪ねて探り、自らのルーツと信仰について真面目に考察してしまう。
それにより、成り行きでなってしまった受動的立場を、自ら意識的に選択し直すというカント的な転向に出た。
だが、それは内実を伴わぬ姿勢に過ぎない。
存在を救う為の悟り(認識)などが、お手軽に短時間で得られるはずもない。
気持ちだけ、しかも薄っぺらな意志だけもって突っ走ることになる。
これほど、傍迷惑な話はない。
ここにヤクザやそれに追われる迷惑者の父親も絡む。
スタッフは、カリスマ性だけ妙に高め、経営を破綻に追い込む教祖が邪魔になる。
そうなると組織の崩壊は速い。


自分の言葉で喋り出し行動を始めたことにより、全てに厳かさを欠き安定性もない紋切り型が目立ち出し、それを打ち消すように強引に突っ走るようになる。これはあたかもどこかの国のようだ。
独りよがりな浅薄さが浮き出て瀬戸際的な叫び(説得力のなさをカバーする為の)になる。
もう、お告げレベルの語りはない。それに従いカリスマ性も失墜してゆく。
抽象的で秘密めいて個別的な韓国語メッセージから、大上段から人類を救うのですといった、あられもない日本語へのシフトにはついて行けなくなるはず。
当然、彼女という存在自体に辟易するヒトが出てくる。
そこに、不満(恨み)を持つスタッフが、ヤクザを仕掛けてくる。
オシマイ。

水の音を聞いているうちがよかった。
その水面の微かな揺らぎに、中立した純粋なメッセージ、相談者本人が見出すべき意味が秘められていた。
自我の声に従ったら、ロクなことはない。
他者に対してそれを押し付け、支配する働きにしか及ばないではないか。
多様な生を抑圧するのみである。
教祖など、所詮どれほどのものでもない。
無内容で優しい響きを渡していさえすれば、誰もが自分でそこに意味を投与するのだ。
そうすれば、全てが丸く収まる。


実際、あっちこっちに転がっていそうな普遍的な話だ。

その分、新鮮さとか驚きを感じる部分は無かった。
しょうもない奸計を巡らす中学生にも別に、特別な感情がもてなかった。
ありふれた光景の1つである。



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