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サンタサングレ 聖なる血

Santa Sangre

”Santa Sangre”
1989年イタリア映画
アレハンドロ・ホドロフスキー監督・脚本
(スペイン語の題であるが、やはりこの監督はチリ出身だそうだ)。

個性は強烈に出ている。(隠しようもないレベルである)。
「ホーリー・マウンテン」の監督であれば、頷ける。
「エル・トポ」もそうなんだ。これもまた見直そう。

息子フェニックス  (アダン・ホドロフスキー)
母コンチャ  (ブランカ・グエッラ)
父サーカスの団長オルゴ  (ガイ・ストックウェル)
聾唖の少女アルマ  (サブリナ・デニスン)
刺青の女
小人の団員

サーカス団と新(・新)興宗教
かなりお似合いで良い設定だ。
それに関わらない人たち、世間一般からは見捨てられている場所だ。


この映像世界には、生命の多様な流れが見られる。
みんなそれぞれが苦しみながらも活きている。

特徴的なものたち、、、
パントマイム
ニワトリ

ナイフ

屍体
魔法-刺青
精神病院
人形(両腕の無い)
その他普遍的で説得力があり、毒々しくも逞しいモノたち、、、が相変わらずしこたま出てくる。

フェニックスは腕を失った母の腕となって生きる。
母の命令通りに背後からピッタリと芸をし、食事をさせ、ピアノを弾き、母にとって邪魔者を殺してゆく。
しかしこれは何も特異な例ではない。
極普通の母子関係に過ぎないし、敢えて説明するまでもないことだ。

ここでは母は、夫が刺青の女との浮氣現場に逆上し、彼の下半身に硫酸をかけるが、夫の報復で両腕を切り落とされる。
その直後、彼は自ら首を切って果てる。
フェニックスは、その事件を目の当りにしたショックから精神病院に入院する。
そこでダウン症の仲間たちと適当に暮らしてゆく。
ロビンソンクルーソーと同じかどうかはともかく、見捨てられた者同士として。

しかしある日、腕のない母が病院の窓下に彼を迎えに来る。
彼はあっさり、ロープを使って脱走し母との奇妙な暮らしに入ってゆく。
母は死後もフェニックスの内に生き残っていたのだ。
「わたしがいなければ、お前もいない!」
彼女は魔物となり(人形として)彼を呪縛し腕として操る。
「魔法の手」としてショーが成り立つほど。
空恐ろしい物凄い二人羽織だ。
(こんな光景は慣れてはいるが、気色悪いことこの上ない)。

彼は必死に透明人間となる実験を繰り返す。
だが、失敗を繰り返すのだ。
(身体的な同一性はあるレベルで消せない)。
彼にとって母は不死であり、彼女の命令は身体に取り込まれており、絶対であった。
彼は刺青の女を殺し、その後も彼に近づく女をことごとく殺してゆく。
あまりに強すぎる少年期初期のトラウマによる、乖離性同一性障害といえよう。
彼は、透明人間になろうと藻掻くときは彼であっても、女性が近づくなど母にとって都合の悪い事態となれば、アイデンティティは崩壊する。
実は、母の他にも密かに色々な存在が彼に棲みこんでいた。


刺繍の女に連れ去られていたアルマがある日戻ってきて、彼を呪縛から解放するまでその状況は続く。
(アルマこそが、恐らく彼が唯一愛した少女であっただろう。何故ならそれは他者であったからだ)。
アルマという存在そのものに癒され、彼はついに内なる母の声に打ち克つ。
母をナイフで突き刺したかと思うと、母は恫喝しながらも消え去る。
サーカスの仲間も、優しい小人の友人さえも消えてゆく。
彼はどこまで追い詰められた精神状態であったのか?
彼のもとに残ったのは、いまやアルマ独りであった。
と言うより、彼の外部に存在していたのは、途中から現れたアルマだけだったのか、、、。

自分の手だ!
わたしの手を取り返した!
警官の「手を上げろ」に自分の意思で手をあげられたことに、彼は感極まる。
こちらもそのまま共振する。
そこまでの(いや、全体の流れの中の)音楽がとてもよくマッチしていた。

「ホーリー・マウンテン」からは、考えられない感動の幕引きである。
この監督、こんな映画も撮るのだ。
感覚的には、このヒトならではの色調・要素であるが、実に切々と訴えてくる物語は、一体どういうつもりなのか?
この作品は、とても気に入ってしまった。
よく言われるカルト映画ではない。
何というか、、、この監督のものとは分かるのだが、そう想えない普通の良い映画であった。




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