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クイック&デッド

The Quick and the Dead05

”The Quick and the Dead”
1995年度アメリカ・日本映画
サム・ライミ監督

TV録画物で観る。

基本的にわたしは、西部劇そのものを意識的に見たことがない。
幼少時代に何となく見てしまったレベルでこれまで来ている。
であるから、サム・ペキンパー監督物を見たことがない、と言う映画ファンの風上にも置けないヒトなのである、、、。
これは大変だと狼狽える気は別にないが、機会があればそのうち見てみたいとは思う。
西部劇の要素(形式も)が色々な映画の様々なシーンに深く浸透していることは、察しはついてはいるが、もう形式的にも内容的にも透明化している、何というか原質化してしまっているのではないか。
この部分は西部劇だ、などと解説しながら見ている映画ファンもあまりいないと思う。
ひとこと言えるのは、西部劇というものは、かなり劇画タッチであること、それに気づいた。

シャロン・ストーン 、、、エレン
ジーン・ハックマン 、、、ジョン・ヘロッド
ラッセル・クロウ 、、、コート牧師
レオナルド・ディカプリオ 、、、フィー・へロッド“ザ・キッド”
ゲイリー・シニーズ 、、、連邦保安官(エレンの父)

とまあ、凄いキャストを揃えたもんだ。
中でもへロッドさんは、プリキュア(ハピネスチャージ、、、)で言えばサイアークのおやぶんである。
他のチョイアーク(手下の戦闘員)など、虫けらのように殺してしまう。
腕も立つし大変な悪さ加減である。
これ程の無法者の強者はいまい。
途轍もなく憎々しい(特に笑い顔が)ワルおやじのジーン・ハックマンで、大変お似合いであった。
日本の時代劇なら間違いなく悪代官というか、どこぞの悪い殿様であろう。
The Quick and the Dead07

それに立ち向かう美貌の女ウエスタン、エレン。
よくいるスーパーウーマンの典型であり特に驚いたり魅了されたりする程の存在でもないのだが、勇敢なだけではなく、神経質で脆弱な面や葛藤する姿も表現し、ヒロインの精神の時間的変化を丁寧に描いていた。
The Quick and the Dead04

コート牧師は、ラッセル・クロウのカッコよさが滲み出る、ちょっと控えめだが頼りになる美味しい役である。とても渋いがまあ、こういう感じかという必ず出てくるひとつのタイプである。まだ若いね。(今の姿を見るに付け)。圧倒的な存在感を誇る「グラディエーター」がこの後に控えるが。
The Quick and the Dead03

ザ・キッドは、ちょっと笑える優秀だが空っぽな、やんちゃなボンボンであり、ディカプリオのクールな演技が光っていた。
The Quick and the Dead02

エレンの父親役で、ゲイリー・シニーズがちょいと出ていた。この人は役がハマると物凄く良いが、今回は無難に熟していた。
盲目の道具売の少年がスパイシーな雰囲気を醸していた。演出上なくてはならぬ要所を決める端役である。


それにしても、何でこともあろうに、日本との合作なのだ?(バカボンのパパ風の質問である。答えは特に気にしない)。
マカロニ・ウエスタンだって、何でだ?と思うわたしである。
西部劇に触れるにあたって、全く映画通でないことが、忽ち露呈する。
他国が西部劇を作ることに関して、何故なのか全然知らないのだ。(正確には特に知る気にもなれないのだが)。
イタリア製西部劇がスパゲッティ・ウエスタンと呼ばれることを不服として、彼の淀川先生がマカロニとしなさいと仰ったとか、、、。
The Quick and the Dead06
それくらいしか実は知らない。(合ってるかどうかも)。
そもそもそれぞれの国に時代劇はウンザリする程あるはずだし、なんでわざわざこういうのを作らなければならないのか。
アメリカ国内だけで良いではないか、、、。
日本にも、時代物を作る題材など5万とあるではないか。
この映画のどの部分にどう日本が関わっているのか?わたしの見た目では分からない。
それはともかく、、、。

確かに西部劇自体は作り易い。
無法者に対して正義の保安官(又は流れ者)が立ち上がるというパタンであれば、どんなんだって作れるというもの。
TVドラマ「水戸黄門」など、無限に作成可能だし、そのような「定番」「定形」は確かにあろう。
イタリアはそういうのが特に好きなのか?
ミケランジェロ・アントニオーニ、ベルナルド・ベルトルッチ、ルキノ・ヴィスコンティ、フェデリコ・フェリーニ、、、これくらいしかそもそも出てこないが、これらの監督が西部劇を作ることはまずなかろう。
西部劇はどんな監督が作るのか?
ともかく製作陣にとっても面白く、需要もかなりあるのだろう。そうでなければ作るはずもない。
侍物における剣捌きに当たる銃の捌き様に。その形式や様式美の表現は極めようとすればキリがなくなるかも知れない。
やはり極める余地が、まだ充分に残っているものなのか?
孤高の主人公とそれを取り巻くドラマも何度も再現が要請されるのだろう。
外国がやらなくても、、、という心情はもってしまうが、普遍性は確かに感じさせる。
もっと西部劇を見れば、もう少しはわかってくるのかも知れない。
外国なんだけど、是非ああいうの作ってみたい、という気持ちに納得するのかも、、、。

別に勉強で映画鑑賞する訳ではないので、飽くまでも機会があれば、ということで観たい。
実際、今回のサム・ライミ監督の”The Quick and the Dead”は充分面白かった。
エンターテイメントとして、緩急起伏があり流れも良く、隙のないスリリングな作品に仕上がっている。
コミカルでトリッキーな面も忘れてはいない。(ホントに漫画的なのだ)。
手馴れた絶妙の運びであり、それに乗ればそのまま最後まで楽しめる。
何しろ話が「早撃ち大会」なのである(笑!
生死を掛けてはいるが、遊びに他ならない。
最高に贅沢なエンターテイメントではないか!
(ロジェ・カイヨワ流に見れば、遊びに必要な要素が全て詰まっている。)

早撃ちは、日本で言えば「抜刀術」か?
日本はどう考えても、こちらの映画を作ったほうが良い。
まさか、外国からは、「マカロニ抜刀術」みたいなものは出てはこまい。
勿論、「七人の侍」がジョン・フォードの西部劇に影響を受けており、黒澤のその映画のハリウッドリメイク版が、あの「荒野の七人」であることくらいは、映画に疎いわたしでも実際に見て知っている事柄だ。
相互浸透は充分になされてきたことは、分かる。
が、「マカロニ、、、」のようにそのまま作るというということを、当のアメリカ人はどう思うのだろう、、、。


この映画が日米合作だということを知り、そっちにばかり気が向いてしまった。
西部劇のテンポはとても小気味良く、体調が優れず何も手につかない状況でも、それを忘れて見入ってしまえるものだ。
今のわたしには、もってこいのメディアによる、マッサージなのかも知れない。
少なくとも、実際のマッサージに行くより、こっちの方が効く。







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