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フェーム

fame.jpg
Fame
1980年アメリカ映画
アラン・パーカー監督


録画されている映画を観た。
異様につまらない映画であった。
取り敢えず、どんな映画であろうと、最後まで観きるようにはしてきたが、これはどうにも持ちこたえられず、早送りでオシマイとした。
時間を無駄にした無念の気持ちはある。
ま、途中から手を伸ばして出来る範囲の掃除もしていた為、失くなって困っていた娘のキャラクタ消しゴムも見つかり怪我の功名である?と諦めたが。

思えば確かにこれまでも、映画を見ながらあっちこっちの掃除も兼ねていたことがある。
見始めてしまったので仕方ない、といったレベルで見ている時である。
映画館では流石にそんなことは出来ないが、代わりに眠っていたはず。
眠っているべき時に掃除をしていたのだから、なかなか生産的ではないか。
勿論、映画館に脚を運ぶ際は、しっかりタイトルを選んで観に行く。(当たり前だが)。


この「フェーム」という作品だが、最後まで距離をもって眺める以外になかった。
こころに触れない映画というものが、確実にあることを知らされたものである。
芸術学校の生徒たちが街頭に溢れ出しタクシーの上などにも乗って踊りまくるシーンがあるが、その「フェーム」というヒット曲にもノリそのダンスシーンを楽しめるかどうかが作品の受け容れを決めるように思う。
この曲に乗った場面が残念ながら、コンテクストも含めすんなりと入ってこない。
所謂、名作にある普遍性を感じない。

それにこの曲は、音楽科のシンセサイザー地下多重録音マニアの芸術家肌の生徒が作ったことになっている。
(彼はただひとり、わたしがこの映画で好感を抱いたキャラクターであった)。
タクシードライバーの親父さんがわざわざ息子の宣伝の為、スピーカーで流して回っている。
しかしこれは明らかに、違うと思う。
彼のあの演奏スタイルと音楽趣向から、こんなベタなポップチューンが出てくるのはそもそも不自然だ。
寧ろ、マイク・オールドフィールドの「チュブラー・ベルズ」であろう。
もしそれが流れようものなら、さらにピッタリな前衛モダンダンスが溢れ出していれば、わたしは間違いなくこころを奪われていただろう。それ以外のシーンがどれだけ興ざめな紋切り型であろうと。
そうだ、トマス・ドルビーでも充分によい。

この場面よりは、ランチの時間に自然に始まり厚みを増してゆくフリーライブというか、あの演奏の方が格段に良い。
曲自体が良いうえに、それぞれの生徒の動きもフリーキーだ。
とは言え、このシーンだけで、この映画に入り込むには、まだいささか弱い。
でも、授業の演奏や歌やダンスがあまり面白くなく、自由時間に自然発生的に生まれる演奏がやたらカッコ良いとかいう構成の作品などであれば、結構面白くなるのではないか!
あのランチタイムライブがキング・クリムゾンの”Fracture”のレベルまで極まって行ったりしたら、もう至高の映画になってしまうかも。もう他のシーンなど問題外、意識の外である。
何というか、そこまでやってほしい。

だが、根本的に本質的に、ないものねだりである。
あざとく、外連味タップリな「セッション」は、ジャズを題材にかなりのレベルまで音にともなう表出を極めてゆく映画であった。
あの緊張感、強度を感じるところがなかった。
音楽・バレーなどによる表現映画としての手応えが弱すぎた。


結局、部屋掃除に走ってしまった映画であった。



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