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十番街の殺人

10 RILLINGTON PLACE

10 RILLINGTON PLACE
1971年
イギリス
リチャード・フライシャー監督

リチャード・アッテンボロー
ジョン・ハート


これは、よくあるこれみよがしのサスペンスホラーではない。
虚仮威しが一切ない。
何らかのテーマを寄せ付けない、隙のない作品である。
それは、演出にもはっきり現れている。
徹底して即物的な淡々とした描写がとても気持ち悪い。
そう、居心地悪く、不安なのだ。
先の読めない不安や宙吊り感ではない。
隠された真相や謎解きなど全くないし。
時間的に遡る人物像の心理学的な内面分析など全く締め出されている。
猟奇犯の過去の罪歴が明かされるが、それはあくまでも単なる罪名であるに過ぎない。

見え見えの伏線絡むドラマ性や偶然の恩恵や不意の事故などの振幅や飛躍もなく、ブラックな雰囲気作りやハードボイルドを狙ったお噺の類ではない。
ただ、虚無が切り取られているだけだ。

ヒロインかと思われた若妻が前半早々に、いとも容易く猟奇犯に殺される。
逃げられる状況的要素は少なくとも3つあったが、どれにも接続されない。
このあっけなさ、寄る辺なさは、しかしわれわれの淡白な現実を思わせる。
われわれは、ドラマ(物語)に馴染みすぎてきたことを知らされる。

ハリウッド映画ならまずそこがフルに活かされ、サービス満点のマニュアル通りのエンターテイメントが展開してゆく。
フランス映画であっても、そのへんを上手くオシャレでスタイリッシュな流れに乗せてゆくだろう。
その他、ベルイマンとかタルコフスキーであれば、神の不在を問い詰めるような、透き通り張り詰めた超越的な光景に広げてゆくか。
その点、この作品には、何もない。
その場をやり過ごす言葉しか持てない若い亭主と、病の囚人という他に言いようのない猟奇犯が機械的に自らの運命を辿ってゆく。

この映画には空間的にも時間的にも超越的な視座がない。
神の目がない。

観る方としては、何にも寄っかかれない姿勢で、猟奇犯や若い軽佻浮薄な亭主と暫しともにいるだけだ。
少なくともこっち側で、ポップコーンを食べてる場所はない。
この先どうなるかを見守るのではなく、その場面に寄り添うだけというあまりしたことない経験であった。


それにしても、あの亭主の悲哀たっぷりなあっけなさ。
どうして彼を真犯人だとするのかね?の問に対し「やまかん」と応えて、絞首刑。
法がもっともあっけらかんとしていた。
猟奇犯の病の底知れぬ根深さは、もう業の成せるものとしか言えまい。
あの無能な亭主に罪を被せて自らの潔白が証明されてしまった時の号泣は、まさにこころの底から突き上げてきたものだろう。

リチャード・アッテンボロー
ジョン・ハート
この2人の主演。演技には見えないホントにその人に思えた。
身も蓋もない名演であった。


こういう話は、どこかで読んだことがあると引っかかっていのだが、何だカフカによくある話じゃないか、と今気づいた。


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