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これでいいのだ

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赤塚不二夫氏の自伝映画みたいなのだ。

赤塚不二夫氏は、何をやろうと(映画では、劇画タッチを強調しすぎて空滑りしている感じもあるが)、常に人のこころを引き寄せ愛されてきた。

その理由は、はっきりわかった。

この映画で、改めて強く実感したことは、少年期(初期)における、母親との関係の取り結び方である。
恐らくその後の「世界という関係性」の基調は、ここが決定する、と言っても過言ではない。

如何に安らかで、絶対的な支えとなる親和的な関係性が母子間に築かれたか。
と言う水準ですらなく、何か根源(原初)的な信仰の強度を持つ異様な愛の拡張をここに見る。
(何というか、人類以前の種のコードを強く感じる。つまり家-共同体以前の)。
ここは、思った以上に根深く大きい上に、決定的な何かである。

バカボンのパパ、いや赤塚不二夫役は浅野忠信である。(最初は、受け入れ難かったが、次第にしっくりしてくるのであった)。
赤塚氏専任の編集者に堀北真希である。(浅野同様、芸の幅を広げるべく健気な奮闘が見られた)。


奥さんが堀北編集員に真剣な面持ちで、そっと告げる。
「わたしは2番目なんです。」
明らかに、普通ではない。
しかし勿論、これは良いとか悪いの課題ではない。
もっと本質に降りてしまった実状報告に過ぎない。

通常多くは(わたしの家などまさに)母子間は支配・被支配の暴力関係に全てが流れ込み(カナリゼーション)、文化的に食うか食われるかの構造が強固に形作られていく。
全ての機微が、微細な感情の細い支流の全てが、その構造へと流れ込み、もう後戻りは出来ない。
エピジェネティック・ランドスケープ(後生的光景)である。
吉本隆明も親子とは、どちらかが相手を殺す関係にしかならない、と分析・達観していた。

赤塚家では、息子が母から暫く離れて暮らさざる負えなかった寂しさを埋めるために、必死に無心に描いた漫画を後に母親が自ら集め綺麗に綴じ、それを彼とともに出版社に売り込みに行くのだ。
これだけで、彼と母の関係は絶対になってしまった。
変性とは、そんなほんのひとつの行為やことばで生じるものだ、恐らく。
そして、多分そちらの方が、愛らしい上に素敵だ。
見守る者も戸惑い、絶句するが、何故か涙が溢れてくるではないか、、、


彼にとって母親は、すでに神であった。

この喪失感から転じたこの上なく暖かい充足の場所に対する絶対的な敬愛の情こそが、彼の世界観の枠となった。
だから安心して逸脱できる。
どこでどうしても、良いのだ。
なんでも作れる。
どうにかなる。
必ず、かーちゃんは認めてくれるし、全力で後押ししてくれるし、愛してくれる。
何があっても必ず、「かーちゃんが助けてくれる。」
そしてかーちゃんが世界と自然に重なっていた。
最終的に救われるのだ。

そりゃ、新しい連載始める時など、アイデア出しに苦労はするけど、周りのみんながみんな、絶妙のタイミングで笑顔で手を貸してくれる。
疑う余地なく、世界は自分のものなのだ。
例え、自分のお金を着服して逃げた社員がいても、「としとったかーちゃんが、そいつにもいるんだよ。」
全ての宇宙が「かーちゃん」で繋がるのだ。
訴える必要などどこにある。


「これでいいのだ。」

きっと神とは、本来こういう姿をしているのだ。

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堀北真希の戸惑いが伝わってきた。
赤塚さん専任の編集者、これは難しい役だ。
実際にも余程の何かがなければ務まるものではなかろう。


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観察熱心な集中力の凄いプロである。
彼にとっては自然体の側面の一つであるが。


少年期は誰だって孤独だ。
しかし、その時期に過剰な単独状態を強いられた魂は、極度な集中力を恐るべき強度で発揮する。
この作品でもそんな風景は見られた。


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彼の作品の影響はいろんな人たちが受けたはずだが、同業者だってかなり感化されたと思う。
藤子不二雄の漫画に出てくるいつもラーメン食べてる小池さん(後にソロデビューもしたが)は、相当、赤塚キャラに被ってくる。
わたしが1番好きなのは、「バカボンのパパ」なのであるが、いつも掃除している「レレレのおじさん」も結構好きである。
このいつも同じ何かを反復する極端なキャラというのは面白い。
学生時代に彼そっくりの男子に「レレレのおじさん」(まんまである)とあだ名(呼び名)をつけた。
特に掃除も同じこともしないが何とも言えぬ、全身から発せられるオーラが激似であった。
彼本人はそのあだ名をそれほど気に入っていなかったようにも思うが、呼ぶといつも普通に返事を返してきた。
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そうそう、ケムンパスとデカパンもお気に入りだ。
娘たちに昨日それらをマンガ本から見せたてみたが、さほどの反応はなかった。
しかし、プリキュアに出てくる連中の平板性と紋切り型には流石に小1の彼女らも辟易してきたらしい。
(わたしは少し安心する)。
最近は、ブースカとグデタマが可愛いそうだ。
(確かにこの脱力系2者は近い。)
わたしもかなり逸脱したか、、、。


この映画が、映画作品としてしっかり出来ていたかというと、(?)もあるが、わたしにとって肝心なところは、受け取った。
浅野忠信、この二枚目俳優がバカボンのパパにしか見えなくなっていた。
堀北真希は、、、爽やかで可愛かった。

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