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小さな悪の華

akunohana.png

Mais ne nous délivrez pas du mal
フランス
1970年制作
ジョエル・セリア監督

確かに、内容的には製作当時上映禁止になる理由は取り敢えず分かる。
しかし、日本とアメリカだけは、上映したというのだから、フロンティア精神旺盛というかチャレンジャーである?
別に、上映したからって、どうというものでもないと思うが。
一緒に、「闇のバイブル」(聖少女の詩)という作品も観てみた。
(ちょっとパッケージ的に似た印象をもったため)。

この「小さな悪の華」の方が話としてはずっと面白かった。
しかし、主演女優は「闇のバイブル」の方が良い。
こちらは、女優であったが、本作は普通のそこらのねーちゃんである。
一番、この作品(「小さな、、、」である)の残念なところは、女優であると感じてしまった。
「闇の、、、」の方の女優ならしっくりしたが、こっちは、ちょっと普通すぎる。
女優をしっかり選んでリメイクしてもらっても良い、と思うが無理にリメイクしてほしいほどのものでもない。

日本でもしリメイクするなら、例えば小松奈々ほどの美女では、相手の男が逆に改心して教会に懺悔の告白に行ってしまいそうなので、少なくとも本作よりは綺麗で、小松奈々より庶民的な娘が設定上、ピタリとはまるだろう。
ともかく、予算の関係なのか、余程オーディションに人が集まらなかったのか、見切り発車で作ってしまった感が強いふたりの主演映画である。
そのふたりが、どうよっ!というドヤ顔で誘惑してきても、基本「何やってんの?」レベルなのだが、、、。
しかし、物語上、相手役は欲情して追い掛け回す訳ではある。
終始、こちらとしてはその流れに同調できず、距離感を持って眺めることとなった。

やはり、こういう物語は、その主演女優がまず肝心となり、その魅力が前提となって物語が進展してゆく。
ロートレアモンの「マルドロールのうた」に興じたり、その影響をくらったこれみよがしなお話を書いてみたり、男をたぶらかして歓び、その男の大切に飼っている小鳥を殺してみたり、牛飼いの牛をみな逃がしてしまったり、放火をしたり、魔女儀式をしたり、誘惑した結果襲いかかってきた男を殺害して水に沈めてみたり、、、ひと通りのことをふたりで夏のバカンスに楽しむ。
間違いなくこれらをただ、ふたりで一緒の時間を過ごすためだけにやっている。
一緒の時間を少しでも濃密にしたい、それだけの気持ちなのだ。
何をやるかは、問題ではない。
しかし、悪いことの方がスリルと興奮と共有する秘密も持てて楽しめるではないか。
それが際どいほど、えげつないほど、密接する-ひとつになる、歓びが高まってゆく。
無意識的に宗教的な、法悦に近いものをふたりは目指したのか、、、。


とは言え、、、
「闇の、、、」の方は、女優は良いのだが、物語の方が訳の分からぬ煙にまいたファンタジーで、見終わって一体何を見たのかが、さっぱりであった。実際、これほどの思わせぶりだけで漂いまくる映画も珍しい。
こちらは、思春期特有の自己中のウザイ娘の物語で、内容的によく分かるものであるが、どうもその悪ガキ自体にオーラがないのだ。
微塵も無い。
そこが、問題なのだ。
スタッフはもう少しキャスティングに時間と金をかけるべきであったのでは。
そっちの方で、もっとしまっていたなら、文字通り、上映禁止の「背徳的インパクト」も鮮やかであったろうに。
実際、日本とアメリカで上映されても何ともなかったのでは。
ヨーロッパ杞憂である。

最後に、舞台でふたりが詩を朗読して、焼身自殺するが、ただ、観客はホントに燃えてる!と狼狽えるばかりであった。
こちらもあれまっ、という感じで驚いたが、彼女らに対する共感やら同情などは、まったく覚えない。
やはり観客同様(その中には彼女らの親もいるが)、なにあれ!?である。
唖然とする、なにあれ、、、UFOよりずっと思いがけない何か。
しかし、その実だれもの識閾にひっかかりていて、なかったものにしておきたい、無意識に隠してしまっているようなそれをあからさまに眼前にしてしまったのである。
唐突に晒け出された自らの「それ」に怯えているのだ。

自らの身体の内に抱え持っている異様な異物が、今燃えているそれなのである。
思春期の観念的に肥大した名状しがたい怪物の出現!


そうなのだ、製作者たちは、その感覚を強く訴えるためにあのキャストを選んだのだ。
最後に彼女らに同情を感じてしまうようでは、物語の肝心の締めくくりで純度が保てないではないか!
そういうことだったのか!?
きっとそうなのだ!(バカボンのパパか?)

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絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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