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ゼロの定理

zero.jpg

The Zero Theorem
2013年
イギリス・ルーマニア・フランス・アメリカ制作
テリー・ギリアム監督

テリー・ギリアムは好きな監督ではない。
これまでの作品も面白くなかった。
だが、本作に限って、良かった。
触発度と絵のクオリティが、高いからだ。


主人公がミッシェル・フーコー似の、コーエン:クリストフ・ワルツ。
余りに哲学そのものの風貌でプログラムを仕事にしている。
常にわたしは、とは言わず我らは、を主格とする。
フーコーと違い大変硬直したペーソスたっぷりのキャラを味わい深く演じている。
禁欲者であり、ホモではない。

展開に連れ、エンティティがデータベースにおける対象物ー実態であるに留まらず、アクチャル・エンティティ化(アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの言う)してゆく。
それは、あたかもサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」の再演さながらに。
(ここでまた、何故ベケットは第二外国語でそれを書いたのか?)
主人公はエンティティを睨んでプログラムを組みつつ、アクチャル・エンティティからかかってくる電話をひたすら待ちわびる。
来る日も来る日も、しかも電話は自宅でとらなければならない。

かつて一度はかかってきたのだ。
その時、あまりの歓びのため、誤って受話器を落としてしまった。
それ以来、今現在の生活が反復される。
あの言葉の続きを、電話にかかってくることを、ひたすら待ち続ける日々である。


その間、謎の美女ヘインズ:メラニー・ティエリーに電脳空間で出逢い、しだいに惹かれてゆく。
電脳空間のそのあざといこと。
そこでもコーエンは、安看板そのもののマリンビーチで深い海に突如溺れる。
その次の電脳デート時には、ブラックホールに、ヘインズもろとも落下する。
「あなたって想像の中でもいつも無を抱えてるのね!」
コーエンにとって、生の全ては、電話待ちなのだ。
生きる目的を知りたい。

マネージメント:マット・デイモンの息子ボブ:ルーカス・ヘッジズとも親交を持つ。
名前を覚えるのが面倒なため、彼は従業員からボブと呼ばれる。
凄く面白い掴みどころのない天才プログラマー少年だ。
すべてのキャラは、マネージメントの差金でコーエンのもとへのこのこやって来る。
しかし、ヘインズとボブだけはコーエンにとって特別な意味を持つ。

彼の部屋は会社のカメラ(キリストの磔刑画に備えられた監視レンズ)で常に監視されている。
しかし、コーエンは、超越しており気にしない。単にそんなことどうでも良いだけなのだ。
彼にとっての関心事は、かかってくる電話だけなのだ。
その為か、「存在意義研究科」に所属してもいる。
また、強く自宅勤務を切望している。
電話は決して、転送でも留守番でもダメなのだ。


終盤、かつてのあの電話はあなたの妄想だと言われ混乱を極めるコーエンの「生きている意味とはいったいなんですか!」
という悲痛な叫びに対し、
「君は聞く相手を間違えている。」

軽くあしらうマネージメントは、づづけて言う。
「わたしは神でも何でもない。ただ真理を追求する者だ。」
「実業家だ。」
「カオスを整序すれば、その分が富となる。」

これは、良いアドバイスだ。
この監督を見直した。

「真理を待ち続けることで、人生を無駄としてしまった君にはもう用がない。」
マット・デイモンやたらと決める。
これまでの彼の映画で恐らくもっともカッコ良い。


この映画を観ていて連想した文がある。
随分前読んだ、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの次のもの。
「すべての哲学は順番に退位されるだろう。そしてアクチャル・エンティティだけが残るだろう。その時、機械と存在との戦いがはじまる。」
今でも覚えていた。
強烈だったからだ。
ジル・ドゥルーズとミッシェル・フーコー、ロラン・バルトを読んでいた頃、なかでも非常に残った一節。
特に、ジル・ドゥルーズとアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは、ごく普通のことばとして読んでいるそれが尋常でない意味で使われていることに気づく。
確かにジル・ドゥルーズは、哲学とは、概念の発明である、とはっきり述べていた。
ロラン・バルトは、わたしが文章を読んでいてもっとも触発されるのは、その文の内容とか文体とかよりも、そこで使われることばー単語である、といったことを語っていた。その単語を咀嚼するときに浮かび上がる豊かなイメージから受ける思想の大きさについてである。(わたしの解釈で語っており、原文からは程遠いのだが)。
そして、あまりに美しい、ミッシェル・フーコーの実践的詩情。
厳密な哲学思想ばかり語られているが、彼の詩情は、時にたまらない。

そして何より、「アクチャル・エンティティ」=「具体者」である!


彼は、ただひとり、ヘインズだけのいない夕日の沈みかけたマリンビーチにいる。
ヘインズがいないのであるから、人類などすでにだれも残ってはいない。
キラキラする砂浜にフーコーそっくりのコーエンが佇む。

ビーチから海に入ると、彼は夕日を手に掴んでもみもみしてニッコリする。
彼は何者なのか?

とてもジンとくる静かなエンディングである。



また、お気に入り映画がひとつ増えた。








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