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イメージの追いつかないことば

kinkannissyoku.jpg

"月"にちなんだ詩をご紹介してきましたが、「詩」といえば、岩成達也の詩をどうしても入れたい。

今回は岩成達也の初期の詩を少しだけご紹介します。

レオナルドの船に関する断片補足

海の想い出

1 マリア手を焚くこと
あたしはそのとき浄められる必要があると思った  それであたしはいつものようにあたしが安息所と呼んでいる穴のなかへ入っていった  それからそこであたしは役にたたなくなったいろんなものから長い間かかって火をつくった  そしてその火が相当の高さにまで達したときあたしは面から布をはずしてあたしの手をその高みのなかにさしいれた  するとたちまちあたしの手はぼきぼきと音をたてみるみるうちにそれはもえている桑の木のように節くれだった  それからその節々は固く醜くなり一方あたしの手はそのときそれらのなかでおそろしく繊細なものに細まっていた  それからまもなくそれは膝だけになった。



最も初期の作品から、氏の個性(構造感覚)は固まり、次のような「半開復々環構造」の詩が生成されてゆきます。

続海の想い出

樽切れの想い出
それは大部分が平っべたく灰質状でざらざらしていた。そしてどの部分もみな同じようにかたくわずかに反りそして継ぎ目のところがきまって幾分かづつ部厚かった。それからそれは外側にいくにしたがって少しづつ狭く上向きになり、その上向きになってくる狭い部分は一番外側のところで二重のくびれた環のようなものに連なって了っていた。そのためにそれはあたしにとってみるたびにいつもあの外側にあるなにか一種の平たい背骨のような気持がした。ただこの場合その背骨の丁度中央に当る部分、そこだけはこころもちこみいっていた。そしてそのこみいったところにはいくつかのすりへった穴状のものがあらわれていて、その穴状のものは内側で更にいくつかの痩せた棚状の拡がりに分岐れていた。それからその痩せた棚状の仕切りのなかにはところどころばらばらになった細部の破片のようなものが付着していて、それらのものはそこでひからびたすきまの多い繊維質のものに変わっていた。だからそんなとき、その平たいざらざらしたものはあたしにとって背骨というよりはむしろあるはずれた関節に、あるいは関節のなかに埋まっているくぼみや高まりに、はるかに似ているような気持ちがした。そして関節や関節のなかのくぼみはかつてはその周囲にびっしりとまきついていた軟らかい体からはおそろしくはみだしていて、そしてそのはみだしている先の方はおおきな折れた粗布の想い出のようなものによって優しく酷く包まれていたにちがいなかった。


私の持っている氏の詩集(エッセイ)は、[徐々に外へ ほか]、[擬場とその周辺]、[岩成達也詩集]、[マイクロ・コズモグラフィのための13の小実験]、[中型製氷器についての連続するメモ]までです。これ以降、かなりの詩集、エッセイが出版されていますが、日常生活に埋もれてさらに加速する「半開復々環構造」を追えなくなりました。ファンの風上にも置けません。でも氏の詩が時折、どうしても気になり、読みたくなる。読むことが自動的に存在の基盤(空)に触れる作業となる。また本を買いにゆきます。氏は「萩原朔太郎賞」他多くの賞を受賞しています。同時代の人々に評価されている詩人です。この複雑極まりない構造で、です。今の時代は本当に良いものは評価されますね。わたしたちの無意識(幼児期の記憶)を構造的に静かにかき乱す言葉の運動。視線では追えないディテールの渦に巻き込まれるうちに何故か強烈な郷愁と焦慮の念が込み上げてきます。この詩を読むのはマンデルブロートの無限に細部に降りてゆく形態否、むしろ曼荼羅を観るような感覚になります。
最後に、氏が極めて高く評価する、昭和10年に7つの作品を発表し夭逝した詩人千田光の「足」をご紹介。

私の両肩には不可解な水死人の柩が、大磐石とのしかかっている。柩から滴る水は私の全身で汗にかはり、汗は全身をきりきり締め付ける。火のないランプのやうな町のはづれだ。水死人の柩には私の他に、数人の亡者のやうな男が、取巻き或いは担ぎ又は足を搦めてぶらさがり、何かボソボソ呟き合っては嬉しげにからから笑いを散らした。それから祭のような騒ぎがその間に勃った。柩の重量が急激に私の一端にかかって来た。私は危うく身を建て直すと力いっぱいに足を張った。その時図らずも私は私の足が空間に浮きあがるのを覚えた。それと同時に私の水理のやうな秩序は失はれた。私は確に前進している。しかるに私の足は後退しているのだ。後退しているにも拘わらず私の位置は矢張り前進しているのだ。私はこの奇怪な行動をいかに撃破すればいいか、私が突然水死人の柩を投げ出すと、堕力が死のやうな苦悩と共に私を転倒せしめた。起きあがると私は一散に逃げはじめた。その時頭上で燃えあがる雲が再び私を転倒せしめた。


氏によると現代詩人の多くが、言葉:抽象的 文体:非日常的 図柄:非日常における日常性 発想:はめこみへ 帰結:完結・遠隔 であるのに対し、千田氏の作品は、言葉:具体的 文体:日常的 図柄:日常における非日常 発想:はみだしへ 帰結:断片・近接であると。まさに岩成氏の詩の側のヒトであることは間違いありません。

ではまた。




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