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巴里のアメリカ人

american.jpg

An American in Paris

ジョージ・ガーシュウィンの「巴里のアメリカ人」の世界か。
1951年
アメリカ映画

テクニカラーである。
主演は「雨に唄えば」のジーン・ケリーとレスリー・キャロン(恐らく初めての映画か、非常に若い)。

ヴィンセント・ミネリ監督
オスカー・レヴァントのピアニストも呆気にとられるほど素晴らしい
(三枚目振りも含め)。


ブルーレイとはいえ、これ程映像が美しいとは思わなかった。
1951年制作映画にはとうてい思えないものだ。
絵だけでなく、カメラワーク、演出そして何よりダンスと音楽が圧巻である。
そしてシンプルなお伽噺調のラブストーリー。
軽やかでカラフルな起伏のある流れが、心地よい。
これぞエンターテイメントというものを魅せてもらった。

わたしは、どちらかというとミュージカル映画はその他の映画とは異なる表現として身構えて観ているところがあった。
しかしここには日常の光景に、何故唐突にこんな歌と踊りが入るんだという違和感は一切ない。
ミュージカルを意識せずに自然な感じでただ楽しんで鑑賞できる。
歌と踊りは極めて効果的に作品世界を眩く煌めかせるもの以外の何ものでもない。

それにしても、ピアニストの妄想の中での、彼のひとりオーケストラの演奏は素晴らしかった。
(この時期にこれ程の特撮が出来ていた事にも驚きであった)。
おとぼけシーンも達者振りを遺憾無く発揮していたが、見応え十分である。
オスカー・レヴァントの存在がこの映画を大変上質なものにしていたことは確かだ。
言うまでもないことだが、ジーン・ケリーとレスリー・キャロンの踊りには、見入ってしまう。
特にジーン・ケリーのタップダンスはもう「芸」の域だ。
オスカー・レヴァントの妄想(よく妄想に浸る)に次々に現れるレスリー・キャロンのそれぞれの踊りもとてもキュートであった。
オードリー・ヘップバーンのダンスにはとても及ばないにしても、初々しさに輝いていた。

巴里とは、アメリカ人にとっては、やはり憧れの文化の地なのだろう、ということもよく分かる映画であった。
オードリー・ヘップバーンの映画でもタップリと味わってきたことであるが。
最後の悲嘆に暮れるジーン・ケリー長い妄想(また出た)シーンでも、ロートレックの絵を背景にして踊るなど、芸術的な演出が際立っていた。また、ロートレックが似合う。
役柄でもジーン・ケリーは画家であり、オスカー・レヴァントはピアニスト(ホントのピアニストだが)である。
そこからも、歌と踊りとしていつの間にか情感が溢れ出てゆく流れが準備されていたように想う。



劇中の全ての曲がジョージ・ガーシュウィン作曲で役者陣も実力派のベテラン、フレッシュな女優など絶妙な揃え方で、完璧を狙った作品だと思われる。


ミュージカル映画というより、映画の基本が何であるかを感じた。




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