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チャッピー

chappie.jpg

Chappie
不滅の名作「第9地区」のニール・ブロムカンプ脚本・監督。
2015年アメリカ作品。
「第9地区」でも主役をはったシャールト・コプリーがモーションキャプチャーで主役チャッピーをやっている。
多彩なヒトで、プロデューサーで監督でもある。
ニール・ブロムカンプとのタッグは3回目。
よほど気が合うのか。
素晴らしいコンビだ。
ティム・バートンとジョニー・ディップコンビに勝るとも劣らない。


わたしは、AIと聞くと良い気持ちがしない。
観る前から少し不安はあった。

成長するAIは驚く所ではない。
意識を持つ、というところがどうにも危ういところなのだ。
何とも悩ましい。こう来るか?と身構えてしまった。
扱う場合、誰もが相当慎重になるはずだ。
つまりここでは基本的に、自然に突然、意識が生じてしまった、という前提で話が進展してゆく。

チャッピーをソフトレベルで作ってしまった博士は、意識を持つまでになった彼に驚き戸惑う。
チャッピーは自分が死期(消耗期限)が近いことを悟り、自分=意識を他のロボットに移して生き存えたいと訴える。
死を気にするのは、明らかに心についての心を獲得しており、意識を有する実存に他ならない。
現存在ー世界内存在である。
しかしチャッピーの創造主の博士は、意識は対象化し得ないため転送自体が原理的に不可能だと説く。

そして死を巡る戦いが巻き起こる。
ギャングの上下関係や兵器産業内での覇権争い。
そのさなかチャッピーの死を回避するための戦いも目まぐるしく続く。
彼は驚異の速度で、膨大な知を吸収してしまう。
(やはり戦いなどの負荷刺激-外圧は情報獲得や変化を加速する)。

ついに忽然と生じた意識と同様に、それが転送出来てしまうに至る!
それは一体何であるのか?
「意識」とは。
いや、単に意識というより、、、

自分を似せて創ろうという行為は、それが精巧であるほど、自分を逆照射してくる。
結局、死にたくないという意識をもつ、生命としての純粋な欲動。
「魂」と言った方が良いかも知れない。
チャッピーのママが大事なのよ、それをわたしは愛しているのよ、と言っていたまさに「それ」である。

つまり、USBストレージに「魂」入れて持ち運べて、ハードさえ整えば、それを転送出来るのだ。
不死のヒトが生まれた。
良いのか悪いのか。
幸せなことか不幸なのか。
その前に、それは同じ存在なのか。
最も重要な点はそこである。
身体が異なっても同じ存在であることは可能か。

ここでいう魂~意識は完全に身体という入れ物に注入されるもの-データとしてある。
非常に単純な二元論が現実となっている。
博士が理論的に述べていた事は、少なくともそうではなかった。
諸表象がそれとして立ち現れる地平である意識の裏側に回り込んでそれを対象化する、ということ自体が原理的に矛盾している。
そもそも、まず生きようという根源的な生への衝動が、身体という知覚受容体を活性し、結果として世界が身を結ぶ。
前提として身体込みの有り様が意識であろう。
世界内存在とは、身体そのもののはずである。
何らかの指向性をもつ生命力(リビドー)が抽出されたとしても、それによって初めて作動する身体こそが意識となる。
DNAによって発現された情報-記憶を元に生き始める。
また前身の記憶は大脳旧皮質-海馬に蓄えられる記憶以外はリセットされるはずだ。
後天的な経験による記憶こそ外延的で身体という場に植え付けられるものであろうから。
ここではこれについては立ち入らないことにする。


「第9地区」では、「ブレード・ランナー」レベルのリアリティとドラマをたっぷり堪能できたのだが。
ファンタジー映画として意識などは特に取り合わずに、お伽噺として観れば魅力的なキャラクターの素敵な作品である。
流石に監督がリード3Dアニメーター出であるため、映像は非の打ち所がない。
何よりチャッピーというキャラクターが愛らしく、可愛げがあった。
ロボットキャラでは、1番好きになったし、アイアンマンより造形も気に入った。
脚本に関しては、「第9地区」は全く破れ目がない、優れた感動作であったのだが、本作は絵としての完成度に比べると意識の転送などにやはり説得力が欲しかった。
脚本は「第9地区」のように奥さん(脚本家)とタッグを組んだ方が良いのではなかろうか。


「エイリアン5」を楽しみに待ちたい。
「エイリアン」もリドリー・スコットの絶対的傑作である。







ここで、チャッピーが同じタイプの個体に意識を転送したケースは、それ自体に無理は感じられないのだが、問題は博士とママである。
ここが観る上で、ネックになる。
みんな助かった気がして、ちょっと救われた気もするのだが。

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