アンノウン

”Unknown”
2011年度アメリカ映画。
ジャウム・コレット=セラ監督。「エスター」の監督である。
とてもよく練られた脚本であった。
何よりストーリーに引き込まれる作品である。
事故による記憶喪失で自分が何者であるかに苦悩し、外国で言葉も不自由で頼る人もいない。
この寄る辺なさと、彼を消そうと襲いかかってくる男たちにより、窮地に立たされるマーティン博士。
彼の命を助けたのが、これまた危うい立場のジーナという不正移民のボスニアの女性である。
彼は彼女の多大なる援助により、この後を乗り切ってゆく。
最愛の妻はマーティンにすっかり入れ替わった男と夫婦として過ごしている。
次々に自分の存在を否定する事実を突きつけられ、ますます混乱と焦燥を極める。
妻と信じて疑わなかった女性がただ妻を装う役の組織のメンバーであったことに愕然とする。
そして本当の自分を取り戻したと確信した矢先に、それが暗殺組織が計画を実行するための仮のIDに過ぎなかったことを知らされる。博士にしてはドライビングテクニックがあまりに上手いなどの伏線が幾つもはられてゆくが。
驚愕の自分の正体。
しかし、それも今や過去の自分であった。
ジーナのおかげで、彼は新たなアイデンティティを自分の意志で獲得する。
彼女と一緒に新しいパスポートを持って旅立つ2人、、、。
ベルリンの硬質な雰囲気がこの映画にしっくりしていた。
バイオテクノロジーの研究者であるマーティン博士と不法滞在のタクシー運転手ジーナの関係が自然な展開で説得力があった。
マーティン博士(リーアム・ニーソン)とジーナ(ダイアン・クルーガー)に加え、ブルーノ・ガンツ、フランク・ランジェラの脇固めが作品をとても重厚にしている。
国際学会参加のためベルリンを妻と訪れたマーティン博士。
彼がトランクを空港でタクシーに積み忘れなければ、途中で事故に遭わなければ、全ては計画通りに実行されたのか。
何の問題も起きなければ、食糧難を救う革命的なバイオ技術を発明した博士のデータを奪い、彼をそのパトロンでありパテントフリーでそれを世界に公開しようとするアラブの王子の暗殺と見せかけ、殺害することに成功したであろう。
しかしマーティンが事故に巻き込まれ、彼の替え玉が素早く起動していた。
邪魔になったマーティンには刺客が向けられた。
彼は記憶喪失時でも、妻との思い出の断片だけは何度も鮮明に想い浮かべていたが、暗殺者としての記憶は全く浮かんでこなかったのは何故か?
そちらの方が情報量からすれば圧倒的に多いはずである。
恐らく、役割としてではなく本当に妻役の女性を愛していたのだ。
それが彼にとって何よりも心を占める思いとなっていた。
そこで記憶を1度失った時点で、夫婦を偽装した時以前の暗殺者としての記憶を無意識のうちに全て葬ってしまったのだろう。
精神面では、愛する妻をもつ植物博士としてのアイデンティティに落ち着いてしまった。
その後写真展で出会った時、その女性が彼を無碍に拒絶しなかったのは、彼女も彼に対する好意はあったことが分かる。
彼とジーナの2人は、議場の爆破を阻止するため果敢に戦う。
博士と王子は、無事会場から避難でき、犯行は阻止されてしまったのだが、何故爆破を放って置かなかったのか?
妻役をしていた女性は何故、危険も顧みず爆薬の時限装置を切りに戻ったのか。
彼女の額面通りの説明では腑に落ちない。
久々にサスペンスの傑作に唸った。
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