ターミナル

「ヤギの薬」には、驚いた。
優れた通訳はそういう訳をすると、野球関係でも聞いたことがある。
(「父親に送る薬」では、没収で強制送還なのだ)。
機転がモノを言う。
しかし物語はひたすら待つ話だ。
実際に空港に住んでいたヒトもいたそうで、ターミナルに非常事態で一晩明かすことは有りうる。
しかし主人公は9ヶ月ターミナル内に足止めを食らう。
祖国がクーデターでもはや国として機能を失ったからだ。
ニューヨークまで飛んで来たのに、アメリカに入国できない。
空港の外に出られる目処がいつまでも立たない。
そんな停滞する状況でどう生きるのか、である。
生易しいものではない。
この不条理さは、かなりのものだ。
しかしそれを大変コミカルにペーソスたっぷりに描いてゆくのがこの映画の肝だ。
Tom Hanksの円熟した演技力に負うところがなによりも大きい。
国を失った異邦人として、つまりIDの消失した人間として放り出されてしまう。
言葉も分からず、コミュニケーションもまともに取れない。
お金も自国のものは使えない。
祖国への不安。先の見通しが持てない。
現状に混乱し周囲には不審がられる。
ここですぐに機能するのは管理側の押しつぶさんばかりの圧力である。
彼らの意識もそうだが、具体的に立ちはだかるのは、手続き・書類・規則である。
それを盾に居場所を奪おうとする。
厄介払いである。
何処に行けというのか?
保護は愚か、収容所すら何処にもないのだ。
不便な暮らしを強いられる。
無理解と疎外に耐える。
しかしこんなことは、この映画の特殊な状況下においてのことか?
ほぼ日常的なことだ、という人もいるに違いない。
そういう人は増えていると思う。
この作品では、ひょんなタイミングから冒頭の名翻訳により、同じような外国人を救ったことから、一躍ターミナル内の人気者になれたため、人々が彼に親和的に接するようになる。
流れが一気に変わり、彼をみんなが後押しするようになるのだ。
おかげで彼はニューヨークにやってきた目的を無事果たす。
こんなチャンス通常あるだろうか。
知恵や機転を利かすにも、日常はあまりに無味乾燥で分厚く平坦ではないか?
どうだろう。
主人公は手に職を持っており、一途でバイタリティがあった。
そのへんがひとつの鍵だと思う。
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