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GOMA28

Author:GOMA28
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時をかける少女 アニメ

tokikake anime
2006年

細田守 監督
奥寺佐渡子 脚本
筒井康隆 原作

仲里依紗 、、、紺野真琴
石田卓也 、、、間宮千昭
板倉光隆 、、、津田功介
原沙知絵 、、、芳山和子
谷村美月 、、、藤谷果穂
垣内彩未 、、、早川友梨
関戸優希 、、、紺野美雪

バタフライエフェクトでは、終始憤りを感じながら観ていたが、時をかける少女はそんな抵抗感なく、スッキリ観ることができた。
後味もよかった。
声優と体の動きに不自然な点があったのは惜しいが。ゴルトベルク変奏曲が使われていたことで、帳消しにしたい(笑)。
バタフライ~の方の流れが単に主人公の利己的な意思で過去を次々に書き換えていくことに嫌悪感が深まっていったのであるが、こちらも内容的には似たようなものである。粗忽者の女子高生が浅知恵でタイムリープを徒らに繰り返す。
しかし、後者に嫌悪を感じないのは何故か?
叔母の修復している絵を千秋の住む未来まで消失から守ることを約束するが、これはもののはずみのようなものである。
前者の主人公がその行為をあたかも愛のためとか美化し、自分の行為にナルシスティックに酔っている間抜けさに呆れて見ているのがバカバカしくなったのだが、時をかける少女・真琴にはそのようなヒロイン的奢りはなく、自分の愚かさをその度に反省しながら直向きに生きている。そこははっきり異なる、清々しさを感じる。
そこに描かれている恋愛の鮮度と質が違う。
自己愛とエゴでドロドロして気持ち悪いバタフライと、真琴の無垢で一途(がむしゃら)な姿勢。
これは年齢の差や男女差との関係ではない。
さらに男子2人と女子ひとりの3人での放課後の野球(キャッチボールか?)という、青春のほんの短期間の危うい時間というのも瑞々しい魅力を醸している。


つい出だしで、思い浮かべたバタフライと比べてしまったが、不毛なので止める。
(バタフライは様々に変化する未来のパタンが詳細に描かれていたところなど、見どころもあった)。

ひとつ物語から少し突出していて面白かったのは、調理実習で真琴からいきなり命令されて班(役割)を替えさせられる男子の件である。これは通常、紋切型に描かれた模範的主人公がやることではない。だが、どんな共同体でも実際日常的にみられる階級格差のなせる業であり、その辺に無意識な女子なら何気なくやってしまう暴力だ。男子の怒りは度は越してはいるが、恐らくしょっちゅう不当な差別を受けているための過剰反応と受け取れる。こんなところでも真琴のどこにでもいる普通さが描かれている。(がさつさかも知れないが)。

それから、根本的な疑問であるが、未来人である千秋が何故、真琴に付き合わない?などの告白をするのか?これこそあってはならないことであろう?彼はすぐにこの時代から消えなければならない存在なのに。
すべて一連のタイムリープ騒ぎが繰り込み済みの展開か?
実際、そのことを記憶しているのは真琴だけであるし。問題ないか?
彼が観たがっていた絵を残すことにおいては有効に働いたことは確かであるが。
やはり、何にしても原田知世実写版の深町君の姿勢が正しいはずだ。
実写版の良さもこれを見て分かってきた。特に学園の素朴な生徒の様子。

それにしても、2つの映画で似ているところは、発端となる理科室の怪しさくらいか?
ほとんど、別作品だ。
特にタイムリープであんなに駆けて飛んで、凄まじい着地をするというのも、、、時代の差だけではないな。
時を巡る意味での駆けるではないところが両者の差をよく表しているかも。

このアニメは真琴がタイムリープしながら最初の頃と比べ、かなりの成長をしているところも魅力と言えそう。
最期の夕陽の土手では、真琴が千秋にもう一度改めて告白させたいがために、女の子らしい嘘をつく。
これは、随分変わったものだ。
「未来で待っている。」
と最期に言われ、すぐ行くみたいなことを言っていたが、そこら辺は変わっていない。
しかし、どういう風に未来で逢おう、という事なのか?

ちょっと、思いつかない。記憶は消さないみたいだから、また少し先で現れる気か?


千秋がタイムリープが悪用されたら怖いと思い、夜も眠れなかったが、馬鹿が拾って助かった、というようなことを言っていたが、今回のケースでもかなり危ない要素を含んでいる。拾った者が幼すぎても問題である。いや、ガジェットを理科室で落っことすこと自体があまりに不用意ではないか。絵を観にこの時代に来たのなら、理科室やそもそも学校に潜入しなくともよいではないか。(ラベンダーからエキスの抽出なら納得するが)やはり千秋は未来人にしては?少し変である。


「時は過ぎ去るものではなく、やって来るものである。」
実写版深町君の言葉。


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