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”M” ~ピーターローレ

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メトロポリスの監督、フリッツラングによる初の1931年度トーキー作品。
85年前、とは一体何をか意味するものか?
今年作成されたフィルムとしても斬新さに圧倒されるであろう。
フィルム・ノワール ”film noir”の先駆けとされる映画。
確かに退廃的で虚無的な緊張に満ちている。
グリーグ作曲の劇音楽『ペール・ギュント』第一組曲の一節「山の魔王の宮殿にて」が初っ端にかかり、犯人”M”の口笛でも作中何度も聞かされる。
コントラストの効いたモノトーンの映像とともに異様に物語の抽象性と異常性も高めていく。

少女の持っていたボールが音もなくころがり、空に人型の風船がゆらゆらぎこちなく登る張り詰めた恐怖。
少女殺害をこの光景に凝縮するフリッツラングのセンスには脱帽する。
彼の映画芸術に対する姿勢をこの一端にも感じる。
このような視座-手法はフェリックス・ヴァロットン(緊迫した神秘的な場所で少女がボールを追いかける絵画)など無意識的にせよインスパイアーされた芸術は少なくないと思われる。
また、ラングに対するオマージュもそうだ。
シュルレアリスムの作家には思い当たる作品が幾つもある。

「Mörder」の頭文字”M”を背中に白チョークで付けられた犯人。
被害者少女が自分の店で風船を買ってもらったとき、犯人であろう男が吹いていた口笛に気づいた盲目の老人が機転を利かせて仲間に頼んだことだ。
それを境に犯人は人々に追い詰められてゆく。
”M”というのも象徴的だ。
彼もまたmassの一人でもあり、MADの一人でもある。
また誰もが”M"である。
様々な意味で。

それまであらゆる手を講じても、少女惨殺を繰り返す犯人が警察には割り出せなかった。
人々は互いに疑心暗鬼となり、街は異常な閉塞感に包まれていた。
BGMがないことがその効果を高めている。
(時折流れるのが犯人の口笛だ)。
犯人をある事務所ビルに追い詰めたのは、街のギャングたちであった。
彼らも警察の取り締まり強化により、仕事に大きな支障が出ていたのだ。

面白い構成は、警察署内の会議とギャングの会議がパラレルに行われていく光景だ。
ともに内容は犯人をどうやってつかまえるか、である。
コメディが散りばめられているのも、作品を過剰に重苦しくさせない仕上げを生んでいる。
そして隙がない。

街中の人間に追い詰められ、事務所の入ったビルに小動物のように逃げ込む犯人。
ついにギャングに捉えられたピーターローレの迫真の怪演が素晴らしい。
舞台の古典劇さながらのギャングによる地下裁判劇。
そこで自身を率直に精確に内省して訴えるピーターローレ。
勿論、救いようのない言説である。
その業の深さと危うさから、ある意味悲劇の主人公にも見えてくる。
また、弁護人のギャングもしっかり役を果たし、盛り上がる。
罪とは人間とは罰とは、、、その問い自体が、いやが上にも浮き彫りになる。
最後に裁判長から死刑が宣告されるが。


ピーターローレの出る作品をまた観たくなる映画でもあった。


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