コンタクト

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1997年
アメリカ
ロバート・ゼメキス監督
マイケル・ゴールデンバーグ脚本
カール・セーガン原作
ジョディ・フォスター 、、、エリー・アロウェイ
マシュー・マコノヒー 、、、パーマー・ジョス
ジョン・ハート 、、、ハデン
ジェームズ・ウッズ 、、、マイケル・キッツ
トム・スケリット 、、、デヴィッド・ドラムリン
デヴィッド・モース 、、、テッド・アロウェイ
ウィリアム・フィクトナー 、、ケント
ロブ・ロウ 、、、リチャード・ランク
アンジェラ・バセット 、、、レイチェル・コンスタンティン
ジェイク・ビューシイ 、、、ジョセフ
ジェナ・マローン 、、、エリー(少女時代)
ジェフリー・ブレイク 、、、、、、フィッシャー
ついに「コンタクト」について一言書きます。
原作者のカール・セイガンのコスモス、懐かしいです。
SETIにはわたしもまことに微力ながら、協力させてもらっていました、、、。
妙にグラフィカルなインターフェイスにもワクワクしたものです。
所謂、グリッド・コンピューティングの走りですね。
当時はなんて言ってましたっけ。
作品としても「2001、、、」を超えた作品だと思います。
まだ「インタステラー」は観ていないのですが、父と娘との愛情とあらゆる視点から存在の孤独を描いた、孤高のSF映画であることに間違いありません。これがハリウッド映画なのか?カメラワークも絵も文句なく素晴らしい。ハリウッドの懐の深さを思い知る。
この作品。
カール・セイガンの意図をジュディ・フォスターが完璧に理解して演じているのが分かります。
その熱演は凄まじいものです。到底彼女以外にこの役をこなせるヒトはいません。
生まれて間もなく母を亡くし父も幼くして喪い、その喪失の意味、それをみたしてくれる何者かをひたすら求めて宇宙からのメッセージに耳を澄ませていた少女が、やがて優秀な科学者となり、長年追い求めてきた遠方からの信号を遂に捉えることに成功する。
その明らかに数学的な(意味のある)通信は琴座のヴェガからでした。
その解析過程の緻密な描写は非常に説得力のあるスリリングなものです。
またそれに対して政府の保守的な姿勢、マスコミ、一般民衆、カルト集団などの過剰反応や興味本位の空騒ぎなどが想定通り巻き起こります。
少なからぬ妨害や予算の削減や無理解に耐え、彼女は孤独の中で高度な知的生命体からのメッセージを解くために奮闘します。
そのかいあって、解読に見事成功。その設計図を元に紆余曲折を経てヴェガへ向かう一人乗りポッドが製造されます。
しかし神学者たちから信仰に関して問い詰められ、彼女が実証主義者であるという理由から、政治的に上手く立ち振る舞う功名心の強い政府科学顧問にコンタクトの貴重な機会を奪われてしまいます。
しかし、その輸送船はテスト中に、テロにより爆破されてしまうのです。
一旦は水泡に帰したかに見えた計画でしたが、天才的なエンジニアであり財閥でもあるハデン氏と、日本の技術力の助けを得て彼女の夢がようやく達せられることとなります。
北海道にもう一つ建造されていたポッドに乗りこみ、彼女はワームホールを幾つも抜け、ついに18時間に及ぶ地球外生命体とのコンタクトを果たすのです。
「2001、、、」より遥かに説得力のある美しい光景。
それは自分が大いなる愛の一部であることを知る体験でした。
周りは地球の優しい海辺の光景。
そこに蜃気楼のように立ち昇る影が、、、それが父親の姿となり彼女のもとに静かにやってきます。
(彼は彼女の記憶から父の姿を借りた高度な知的生命体です。)
「会いたかったよ。」ここからのシーンはわたしには、もう感極まってしまい、、、。
涙なくして観れません。
「ごめんよ。そばにいていられなくて。」(勿論、彼女には彼が誰か分かっています)
「何故、コンタクトして来たの。」
「いや、われわれは聞いていただけだ。君たちが発信してきたのだ。」
「母親と同じ手だ。」
「君たちは美しい夢を見る力をもつが、恐ろしい悪夢も見る。そして途方に暮れ孤独に苛まれる。」
「われわれは何十億年も待った。」
「孤独や虚しさを埋めてくれるのはお互いの存在なのだ。」
「これからどうなるの。」
「家に帰りなさい。」
そして幼い頃、「CQCQこちらW9 GFO」と宇宙に送信し続けている彼女に父親がかけた言葉。
「焦らないで、気長にやりなさい。」
全く同じことばが、再び父の姿をした彼からも発せられる。
その感動に満ちた認識だけ受け取って、彼女は帰還する。
その間、地球時間では1秒に満たない。
しかし何の物証もない、ヴィデオにもノイズしか記録されていない、見かけ上ポッドは1秒足らずの間に垂直に落下しただけであったことから、彼女は政府関係者全員から厳しい詰問を受けることになります。
彼女は大いなる存在とのコンタクトをほとんど誰にも信じてもらえないが、彼女の内面の孤独は癒されているのです。
彼女はもはや寄る辺なきものではない。
もう孤独では、ない。
広大な宇宙に向け続けていた眼差しが優しく自らのこころ(幼い頃の彼女)に向けられた。
認識とは、そういうものなのだ。
確信として揺るがないもの。
叡智とも言えようか。
間違っても知識ではない。
ヴィデオのノイズは18時間続いて撮られていたのだ。

「われわれは何処から来たのか。われわれとは何か。われわれは何処へゆくのか。」
ここに、地球史上初めて科学と信仰が折り合う地平が開ける。

500番目の記事です。
それが「コンタクト」でよかったです。
しかし、節目ですね。500回というのは。
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