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告白

kokuhaku.jpg

たまたま2本続けて日本映画を見てみたら、何故か同じ監督の作品だった。

「告白」という形式(キリスト教の制度)で物語るというのは、のっけから宗教性を感じました。
「乾き」よりこちらのほうが厳粛で重い。
非常に落ち着いた淡々とした進行で、主要人物の主体-視点をずらしたシーンを観せ、最後にまとめる構成はよく練り上げられていて、ムダもなかったです。

また、登場人物がそれぞれ際立っており、好演が印象的です。
途中の曲-歌は可もなく不可もなく、特に効果もなくあまり意味もなく。
最後のヘンデルはピッタリでした。

「4月物語」の松さんがこういう演技をするとは、、、昔が懐かしいです、、、。
しかし、鬼気迫る名演です。

劇中、何度か「命はかるいとかおもい」とか問われているが、結局命は自分にとって大切か他人事かのどちらかなんです。
恐らくこの作品の示しているところはそこです。
良いとか悪いではなく、どのような身体性をもってしても、個体としてしか存在できないのです。ヒトは。
もう少し言えば、ヒトは自分自身の命にはさほど頓着しない。
自分にとってかけがえのない大切な命に対しては、途轍もなく拘る。
私自身がそうですから。
「それ」に対しては自分がどうであれ、無限大の力を発揮します。
これはだけは、はっきりと断言できる!
そういうものです。

さて、「な~んてね」が、何度か出ていたと思いますが、ここで唯一効いているのが松さんの最後のそれ。
この「な~んてね」がどこにかかるのか、で話はそれぞれに帰結します。
そのパタンを解説してみようなどというアホな真似は勿論しませんが、この最後の「な~んてね」はやりましたね。
(さすがに研究室の爆破までは考えられませんが、本人にはしこたま応えたようで、爽快です。いい気味だ。)
しっかり作られているからできることです。
ディテールまで綿密に作られた良い作品は大概、何通りかに読み分けできます。
それが例え作者の意図を越えていたとしても。

最近とみにワイドショーを賑わしている、「ヒトを殺してみたかった」系のひとつの典型もしっかり描写されていますが、、本当に不気味で、現代の様相を的確に写しているのは、何も虐待・スポイル・過保護などの過剰な環境から起きがちな諸問題と言うより、ごくごく普通のヒト(生徒たち)のここに見られる共通意識でありましょう。

クラス内で殺人(相手は事故死と認定されている)を犯した生徒を虐めることでポイントを競い合うなどという、ゲームアプリをみんなで楽しんでしまうような感覚。そして雰囲気。体温。こういうところに落ち着き、息づくどうにもならないヒトの集合無意識-身体性が一番恐ろしく一番身近な環境を生成しているということです。これを足元にして、隣人愛とか地球の裏側の恵まれない子供たちに、などと呑気なことを語っている場合ではありません(もっとも今時そんなことを言う輩は、ネット上で詐欺商材を売りつけるゴロツキぐらいですが)。

その前に常につきつけられている、この鬼畜にも劣る普通の実態がまず先に厳然とあります。
虐めによる自殺など、何も突出した凶悪な個人が犯人というより、このような普通の感覚の集合体が無意識に実行させているのが現状です。

ふつふつと煮えたぎる悪夢の磁場からは何でも発生してきます。
ほとんどエントロピーの矢の行き着いた果て。
「ゆめにはルールがないの。じゆうだから。」この監督の次回作(「乾き」)です。

それからこれにはもう一つ、大きな特徴があります。
飽きっぽさ、です。
継続して熱心に虐め続けるのもかったるい、という。(別に信念をもってやってるわけではありませんから)。
「自殺でもするかと思っていたら、案外みな優しいのね、、、」(皮肉)
の分けです。

それにもう一つ。
呆れるほどの、自己顕示欲。
自分の犯行の一部始終をHPにつらつら綴る。(メールで知らせる。SNSに投稿するなど。)
尾行も監視も必要なし。
全部事細かく記述されているのを見れば良い。(しかし動機がさっぱり分からん。やってることがお粗末。虚栄心からくる嘘もある。)
自分を大きく見せたいがために、手段として殺人をいとも簡単に行ったりもする。

かつての哲学者にとっても想定外のクリーチャーの発生です。
完全に人間の埒外です!

結局、松さん(なんという先生だったか忘れたので、松さんでいきます)の思惑はほとんどすっきり達せられたということでしょう。しかし、それには後任のクラス担任があの人であることが不可欠です。それも松さんの計略によるものだったのでしょうか?
彼を上手くコントロールすれば、あのように運ぶことは充分可能だと思います。

まともな感覚の娘がまともにあの少年に向き合ったために殺されてしまうのは、本当に皮肉ですが。
あそこで、もししっかりと人間関係を取り結ぶことができれば、新しい場所が発生する可能性はあったはずですが、、、。

「、、、本当の地獄。あなたの更生の第一歩です。な~んてね(笑。」
完全な諦観。
死んでも治らぬ病に、これにはもう、笑うしかない。




この悪夢から生還するのは、ウミガメの卵が大人の亀となるくらいの確率でしょうか?


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COMMENT

No title

思い出すだけで
しんどくなる
そして
松たか子さんの演技力に
脱帽な作品でした。

GOMAさまのおっしゃられること
遠い私でも
わかるような気も致します。

特に
>自分にとってかけがえのない大切な命に対しては、途轍もなく拘る。

親は、子供が自立した処で
自分の命からも
半ば解放された気持ちになるものでしょうか。


>「命はかるいとかおもい」とか問われているが、結局命は自分にとって大切か他人事かのどちらかなんです。
>これを足元にして、隣人愛とか地球の裏側の恵まれない子供たちに、などと呑気なことを語っている場合ではありません

こちらは私たちの環世界が大きく違っている所以かなと思いました。


人間のダークサイドから目を反らして生きることを是とはしませんが
スタイリッシュな描かれ方が生理的に・・
社会派とかでなくホラーとしてなら
受け入れられるようには思います。



Re: No title

映画の刺激は、ある種、意識の振幅を際立たせますね。
舞台劇でもオーケストラの演奏でも、いえ、CDを聴く場合でもそうですが。
元々持っているものを、はっきり自覚させます。

自分の中にその要素のないものは、引っかかる針がないので、素通りです。

少し前に、自分には観れない映画があることを書きましたが、、、
職場の同僚に誘われ、わざわざ封切りに観に行ったのは「オースチンパワーズデラックス」です。
エルビスコステロとバートバカラック、スザンヌフォフスが出た時だけはトキメキましたが、どうにも観ていられず、その後あの日にもう一回観始めましたが、途中で止めました。
同じく同僚と観に行ったのが、「アダムスファミリー2」でした。それはクリスティーナリッチの演技の面白さにひかれて観れました。が、特に2度見たいとは思いません。

はっきり言って「乾き」も「告白」も上記2作より、わたしには引っかかるところがしっかりあったのですが、2度は観ませんね。ただしわたしは、あの中-ホラー的な世界にかなり食い込んでいる部分はあります。
勿論、精神的にですが、無縁ではありません。

SAKI様は、場所が明らかに違うはずです。よくわかります。
しかしヒトそれぞれが異なる場所に存在しているのは前提ですから、それは自明のこととして、感性の重なる・または触れ合う場をこそ大切にしていきたいと思っております。

わたしがSAKI様のブログに感動を覚えるところは、バッハを聴くときと同様な場としてあるのですが、同時にわたしはロックも聴きます。そのへんでしょうか。
ロックの音楽的要素は破壊衝動に根ざしており、クラシックの天上に向けた構築美とはまず形式が異なります。しかし、ロックも実は、その衝動は垂直に螺旋を描いてつきあげてゆきます。それはひたすら清められることを求めて。但し天上へ昇りつめるというより個の場にあくまでも拘わります。ヘーゲルとキルケゴールみたいな感覚でしょうか。わたしの感性はどちらにも深い感動を覚えて同調してしまいます。
こればかりは、どうしょもないことですね。
どちらも大好きなのです。一言で言えば。

No title

私も結構
バッハだけでもなく
それは
音楽に限らず
結構何でも齧りたがりで(笑
ここに書かせて戴くには
少し長くなりそうですので
今日のBLOGに綴りますね♪

     *

キルケゴールも好きです
けれど
ヘーゲルもわかるような気がする・・・

気がするだけかもしれませんけれど(笑

Re: No title

> 私も結構
> バッハだけでもなく
> それは
> 音楽に限らず
> 結構何でも齧りたがりで(笑

SAKI様のブログに、ロックの記事が載るなんて、夢にも思いませんでした。
しかも相当にご存知で、ビックリしました。
しかもとても興味深い内容です。詩への言及はさすがです。
”Regret”はいかにも、という彼らの中期の曲です。一番特徴が出ていますね。
わたしは其の辺から、アルバム”クリスタル”までが、彼らだと思っています。
NewOredrは、ムラがないですね。どれもみんな同品質です(笑 ナチからとっているのは事実です。

”Perfect Day”これはもう大好きな曲です。
しかしあまりに淋しい、どうにもならない悲しい曲です。これほど切ない詩があっただろうか。
乾いています。涙が枯れた後に自然に出てきたようなフレーズです。
声はもう彼以外の誰のものでもない、ですね。
オペラとは形式的に対極にありますが。むしろ詩の朗読が似合うヒトです。

クラシック派でジャズも聴くよ、というタイプの友人たちは、単に作曲・アレンジ・演奏力などの観点でしか作品を捉えないので、ほとんど話にならないのです。
最初から聴く必然性をもたないし。

こんなこと書くと怒られるかも知れませんが、実はルーリードのベルリンの導入部(ハピバースデイ~)からレディ・デイに入る部分は、わたしにとって、ゴルドベルグのアリアから第一変奏にかかる部分に似た感動を覚えたものです。何かバッハのそれをニューヨークのスラム街に変奏したような曲なのかな、と思っています。


基本、ロックは何でもアリの世界なので、ジャンルに収まりきれないところもあります。(ほぼ現代音楽だったり、ソロではクラシックのアルバムを出していたり。でも現代音楽の作曲家がロックを編曲したりすると、面白みがないですね。ELPのように現代音楽を凶暴なアレンジで聴かせるバンドはかなり面白いです。1970年代ロックですが。)

この共感、堪りません☆

>涙が枯れた後に自然に出てきたようなフレーズ

共感します・・。

>実はルーリードのベルリンの導入部(ハピバースデイ~)からレディ・デイに入る部分は、わたしにとって、ゴルドベルグのアリアから第一変奏にかかる部分に似た感動を覚えたものです

ココまったく同感です!

私的には
この後
イントロから
彼の歌声が入ってくるあの瞬間
幾度聴いても
鳥肌がたつほどぐっと来てます。

>ニューヨークのスラム街に変奏
したとしても
その精神性に優劣は全くありませんね。

ジャンルに捉われないクロスオーバーな感じ
と申しますか
クラシックのアレンジ曲を聴くのは
相当好きです。

Re: この共感、堪りません☆


> イントロから
> 彼の歌声が入ってくるあの瞬間
> 幾度聴いても
> 鳥肌がたつほどぐっと来てます。

よかったです。
叱られなくて(笑
あれは、ちょっと凄いですね。
音楽的センス。
わたしの友人のクラシック-現代音楽専門家もベルリンのLPを貸しましたら、まさにそこの部分にビビっていました。


> クラシックのアレンジ曲を聴くのは
> 相当好きです。

実はスーザン・ボイルのカヴァーは発表当時は、「何だそれ」と思って聴く気など全くなかったのですが、ブログに貼り付けてから聴いてみると、もう何度自分のブログ上で聴いたものか(笑
凄い魅力です。

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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
コメント、メッセージ頂ければ嬉しいです。

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