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フランケンシュタインの逆襲 1957

franken.jpg

ホラーがダメなわたしでも、イギリス・ハマーフィルムのホラー作品は面白いということは以前から聞き及んでいた。
出来もすこぶる良いという噂である。
実は「フランケン・シュタインシュタインの逆襲」がいつの間にかわたしのDVDの棚にも隅っこに入っていた。
邦題やジャケットのキッチュさからして、先日観た「女子ーズ」的なコミカルさを感じていたので、怖いではなく面白味を期待して持っていたのだ(恐らく)。

シリアスな大作ながら、「第七の封印」はユーモアにも溢れていた(特に死神や役者に)。
こっちの面白怖いであろう作品はどのような仕上がりか。
名作「フランケンシュタイン」が時を経てどのように描かれているのか、時間がどうにか取れたので寝る前に観ておくことにした。


夢には出てほしくはないな、と思いつつのっけから時代を感じさせるオープニング映像と音響である。
出たーという感じであったのだが、物語に入り込むにつれ、かなり緻密で至極真面目な流れである。
少なくとも笑える場所など見つけようもない。

話はどうやら博士と共同研究者とのシリアスな愛憎劇が主軸となって展開し、怪物は出るには出るが印象に薄い。
勿論、怪物あってのふたりの葛藤・困惑・対立なのであるが。
登場人物の心理ドラマがよく描かれていて、怪物は禁欲的に要所要所で出番を待っている。
彼が自由気ままに暴走してそれに引っ張られて物語が膨らんでゆく、勢いに任せた話ではない。
想定内のお出かけはするが、枠がしっかりしている。

こんな真面目な映画を観るつもりはなかった。
しかも文学的な香りはなく、単なる怪奇・恐怖劇でもない。
怪物も腕力はあるが危なっかしく意外に脆いし。
ジェイソンが顔を出したら立場はない。
科学的探求からいつしか怪物を自分の手で作るんだという悪趣味な拘りで暴走してゆく博士と倫理観あるこの映画唯一の良心とも言える協力者との葛藤は、確かに迫真の演技で見応え十分だが、そこだけではキツイ。
なのに最後まで目を離せない映画なのだ。


テクニカラーによるキッチュな総天然色画面は、この映画独特の魅力である。
このアーティフィシャルな色彩はクラシックな実験室に禍々しさと郷愁満ちる絵を与えている。
効果音はさすがにその頃を偲ばせるものであるが、この映画の演出には、ピッタリであった。
死者から体のパーツを切り取ってきては、繋げてゆくというMADサイエンティストにはこれしかない気が次第にしてくる。
映画の絵としての魅力、雰囲気がまずは要であることをここでも確認する。

そしてこれが元型としてその後のハマーフィルムの隆盛につながってゆくのか?
テレンス・フィッシャー監督、ピーター・カッシング、そしてクリストファー・りーのトリオのスタートでもある。
ひとつの形式を作ることはなかなか出来るものではない(日本では寅さんシリーズか?)。
さらにそれを商業的成功に結びつけることは容易いものではないはず。


怪物も見終わってみると、実に味がある。
単純なクリーチャーではない。
存在の仄暗い厚みが感じられる。
他の人々が明瞭な設定で描かれていて、彼だけが曖昧で危うい場所を揺れ動いてゆく。
行動範囲も限られており、茂みを分けてそっと俔う表情など可愛げしかない。
足場の悪い屋上でついに彼は滅びてしまう。ペーソスあふれる場面である。
この落下シーンこそ映画の極みかと思うと、幾つもの名場面が思い起こされてくる。
知らずに名作を観ていたのか、、、と最後に味わう映画であった。

わたしとしたら、「闇のあとの光」よりこっちのほうがよい。
しかも向こうのほうがずっとどぎついドッキリホラーだった。


マンガの「怪物くん」のヒトのよいフランケンはここから生まれてきたと思う。
おまけにフィギュアでも人気がある。
家を掃除していると、どこからか一体くらい出てくるものである。
ウチでもゼンマイじかけが発掘された。
(女の子の家では無理だろうが、、、)







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絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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