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AQUA

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程よい大きさの瑪瑙の団塊を手で持ち上げてみると、時に異常に軽く思われることがある。それで、その内部が中空になっていて、水が入っていることが分かる。耳の近くで振ってみると、ごく稀にではあるが、内壁にぶつかる液体の音が聞こえる。たしかに、そこには水が棲んでいるのであり、水は地球の揺籃期からずっと、石の牢獄に閉じ込められたままでいるわけなのだ。この大昔の水を観たいと思う気持ちが生ずる。


ロジェ・カイヨワ 「石が書く」(岡谷公二訳)より


その水を見るためには、ざらざらした瑪瑙の原石をゆっくり用心深く磨き、やがて薄い半透明の隔壁を通して、内部で黒っぽい水が動いているのが分かるまでにしなければならぬであろう。それでも、その水を見たとはいえないかもしれない。カイヨワはこれを「水以前の液体」といっているが、たしかに、その水は地球の発達の歴史を知らず、天水を通じて循環することを知らず、溶けた鉱物が固結する過程に、ふと落ち込んだ空洞のなかに捕えられたまま、二度とふたたび出ることが出来なくなってしまったという、いわば童話の「塔に閉じ込められた姫君」のような処女の水ではないだろうか。ただ異常な圧力のみが、この水を液体の状態にしているので、もし少しでも瑪瑙に亀裂が入るならば、それはたちまち蒸発してしまわなければならない運命なのだ。


渋澤龍彦 「胡桃の中の世界」より

黒い水の揺れは誰もの心に潜んでいるかも知れません。決して表出できない。口を開けた途端に消えてなくなり、自分も人も誰もその存在を知るよしはない。もともと在ったことさえ知る人もなく、その痕跡も全く失われてしまった。どんな歴史からもすべりおちて。

しかし何かが在った。何の根拠もなく、根源的な郷愁と焦慮の念にこころがひりつく。絶えず。単なるロマンティズムではないかと自問しつつも。

人知ではどうにもならない事情。神等の抽象をどうしても要請せずに負えない場があります。

神の水。否、失われてあるものへの憧憬。



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