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GOMA28

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ラウルデュフィを観て~bunkamura渋谷

Duf La Fée Électricité

「物の輪郭より色を感じとり、色の印象がより長く心にとどまる」
こうラウルデュフィは述べているそうだ。

日本ではありえない言葉だ。
やはりフランスだ。
ニースだ。
海か。
静物画も同様だ。

溢れる色彩というのは本当だ。
色そのものがすでに”もの”になっている。
物質化している。
色が繋がる。色で繋がる。
あらゆるものと、、、。
歓びの色?
確かに苦渋の色はみつからない。歓び以外の色ではない。
些細な線で初めてそこに名前が見つかる。
形がわかる。

輪郭線はとりあえずの役はしているが、いつしかゆらゆら漂い出す。
線が装飾―揺らぎやリズムを生みだす。
描いているデュフィの楽しさも伝わる。
ワクワクと。
海という楽しさ。
そこに自然の恐怖はない。残酷さも。

青が綺麗だ。
様々な青が至る所に氾濫している。
明るく軽快で軟らかな青。
モーツァルトの軽快な調べに確かに合う。

フェルメールのラピスラズリではない、デュフィの青の発見。

彼はマチスの絵に出会い、新しい絵画の探求を始めたという。
それからというもの長い探求の旅が続き、、、。
海の刻々と変化する”青”の多様さを発見した。

そのためデュフィはフランス各地の海辺の絵が多い。
それから、コンサート会場。
ここでは“赤”が溢れる。
海辺とモーツァルト。
または、バッハ。

そして”赤”がある。
しかし、これも軽やかで優しい香に溢れている。
デュフィによれば、残像から自分の色を発見したそうだ。
その色は動きと雰囲気も伝える。
美術史家によれば「色彩を輪郭から解放し生命力と時を与えた」
解放された色は歓びに輝き生命そのものになった。
それは音楽となり、様々な色の煌めきとともに交響楽となる。
というところか。

さらに晩年に発見した”黒”。
黒を発見する画家は少なくない。
それが晩年に多いことも。

すべての色が混ざれば無彩色に行きつく。
勿論、”黒”にまではいたらない。
黒はさらに洗練された精神的な抽象である。
彼の黒も他の色のごとくに色であり、確かな彩度を感じる。


”ゲルニカ”の向こうを張った彼の”電気の精”とは、、、。

その答えは
「わたしの目は醜いものを消し去るように出来ている」
に収斂される。


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COMMENT

デュフィ

こんにちは
私もデュフィ展を見てきましたので、興味深く読ませていただきました。
鮮やかで豊かな色彩と見事な軽快な筆さばきで描かれる生きる喜びを感じさせる明るい絵画を見ると気持ちも明るくなりました。
私は過去に来日したデュフィの傑作も含めて。デュフィの魅力について掘り下げて整理してみましたて。ご一読いだき、ご感想、ご意見などコメントいただけると感謝致します。

Re: デュフィ

ありがとうございます。
デュフィ。短時間でさらっとしか見れず、少し後悔しているのですが。

> 鮮やかで豊かな色彩と見事な軽快な筆さばきで描かれる生きる喜びを感じさせる明るい絵画を見ると気持ちも明るくなりました。

気持ちが明るくなる絵というのは、まったくその通りですね。
わたしも重くなったり、考え込んでしまう余裕もないので、もっとこういう絵が観たい心境です(笑



デュフィを掘り下げていらっしゃるとのこと。
大変詳しく調べられていることに敬服します。
仰るとおり、まずはマチスが大きい存在ですね。
固有色から解放された色彩と単純化を増す輪郭線。色と線の自立性の高まりを経て、、、。

ここからどのように進展してゆくか、ワクワクするところで。
確かにカンディンスキーは純粋抽象へと旅立ってゆきました。
クレーはモノの形態は残しました。デュフィもそうですね。
実はこの差はものすごく大きなものだと思われます。
これについてはここで論じる余裕はありませんが、別の場で。

話を戻すと、機知はあるにせよ、深遠で神聖なクレーの哲学性は見る人を内省に導きますが、楽しさ喜びに満たしてくれるものではありません。
クレーもプロ並みの腕を持ったバイオリン奏者ですが、明らかにデュフィとは曲想が異なりますね。
どちらの画家のタブローからも音楽は聴こえますが。デュフィはモーツァルトのメジャーの交響曲。クレーは重厚なバイオリンソナタか。
少し拘り過ぎました(笑

デュフィがデザイナーとして働いたということは知りませんでしたが、その装飾性の高さから、彼ならよい仕事をしたでしょうね。版画の版のズレからあのデュフィらしい、色と輪郭線の微妙なズレを創造的に方法として取り込むという作業は素晴らしい。考えとは方法ですし。
彼がセザンヌにそれほど影響を受けていたとは感じられませんでした。
作風を見ても考えさせられます。
デュフィに関してわたしは知識は持っておりませんのでよい勉強の機会になりました。

これからの論考にも期待します。
私の方からもたびたび刺激を受けに、拝読にお伺いします。
dezire様もお暇なときには是非、またお立ち寄りください。

http://dicipline2000.blogspot.jp/
上記がわたしの絵画・写真などについてまとめて書いているブログです。1ヶ月半休眠しておりますが(笑
できればlinkしていただけると嬉しいです。
new orderともども、今後とも宜しくお願いします。

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