マイ・ブロークン・マリコ

2022
タナダユキ 監督・脚本
向井康介 脚本
平庫ワカ 「マイ・ブロークン・マリコ」原作
永野芽郁、、、しいのともよ
奈緒、、、いかがわまりこ
窪田正孝、、、まきお
尾美としのり、、、まりこの父(毒親)
吉田羊、、、たむらきょうこ(後妻)
「勝手に逝くんじゃないわよ」と、謂われても人は皆、かってに逝く。
コミック原作。

毒親に育てられると、社会生活の中でもその関係性を繰り返し再現してしまう。
そういった構造が生成されてしまっているのだ。
もがきながら蟻地獄に嵌ったようにズブズブ落ちてゆき、、、この映画の子のように自死(身投げ)を選ぶようなケースも多い。
何よりもその構造から解放されたいのだ。
それもひとつの解決法と言える。
だが、ふざけるなという激しい怒りは当然込み上げて来るもの。落ちるのではなく飛ぶのだ!

はっきり言って凄まじいパワーが必要となる。
その磁場から脱するには。
周りに聡明な良い人がいればそれに越したことは無いが、いるのは大概、馬鹿ばかりだ(間違いない)。
それも邪悪な馬鹿。
糞屑の馬鹿。頭の悪い馬鹿。ともかく馬鹿。
だが探せば、しっかりした良い人も見つかる、こともある。

わたしの場合は、大学の友人にいた。
そこで救われた部分は大きい。
だが身近な環境には、いなかった(遺骨を持って逃げてくれる人などいようか)。
しかし、どれだけ深く蝕まれていようと、プランクスケールまで遡れば、無から始めることが出来る。
自分を初めから自分で作り直せばよい。
恐れるな。「胸を張って生きろ。」(鬼滅の刃)である。

何事も中途半端に関わり、戸惑い、悩むからドツボに嵌ってしまう。
徹底的に過激に例外的に取り組むこと。既に感覚はぶっ壊れているのだ(そうでなくとも役には立たない)。
感覚、直観、感性、生理の届かぬ先に答えを求めること。
自分を救うには、「論理」しかない!
これは間違いない。
ある意味、科学である(勿論、科学もひとつの思想に過ぎない)。

ヒトは、言語~記号で考える他ないのだから。
だが偉大な先人による例外的ヒントは見つかる、、、デモクリトス(大天才)にはじまり、、、
面白い人は探せば本の中にかなり沢山いる。
後は、この映画でも示されているが、、、
旨いものを食って、ゆっくり風呂に入って、よく寝ることである。
そうしないと、まともに頭が働かん、というもの。その通り。後、しばし寄り添ってくれる人がいればかなり助かる。
「何の心配も無い」
この境地に入ればもうこっちのもの。
まずは、鰻重でも食べてからにしよう(笑。

永野芽郁って、良い女優だということを知る。
途中で出て来たバスの女子学生が何かで絡んでくるかと思ったが、無かった。
何と言うかとても単純で素直な流れであった。
AmazonPrimeにて
*コミック
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