不良少女モニカ

Sommaren med Monika
スウェーデン
1953
イングマール・ベルイマン 監督・脚本
P・A・フォゲルストレーム 原作
グンナール・フィッシャー 撮影
ハリエット・アンデルソン 、、、 モニカ(不良)
ラルス・エクボルイ 、、、ハリー(モニカの恋人~夫)
ジョン・ハリソン 、、、レーレ(モニカの悪友、不倫相手)
ダグマー・エベッセン 、、、ハリーの叔母
オーケ・フリーデル 、、、モニカの父
イングマール・ベルイマン 初期作品。
「道化師の夜」と同じころである。ヒロインもハリエット・アンデルソンだ。
撮影はスヴェン・ニクヴィストに似ていたが、違う人であった。
アップの顔の捉え方や何でもない景色が荘厳に切り取られていたり、イングマール・ベルイマン を感じる「絵」であった。
まだあからさまに重厚な神の不在は出てこない。

とは言え、これはキツイ。
「道化師の夜」同様大変つらいが、こちらの方がキツイ。
ヒロインが不良少女と呼ばれてはいるが、家庭環境が劣悪過ぎるための犠牲者であることは、否めない。
薫育されていないことは言わずもがな、何より愛情が足りないのだ。根は素直で大らかな娘にも思えるが、直ぐに感情を爆発させ噛み付く。これでは、子育ては無理。

ハリーでないと、とてもではないが務まらない。
こんなによく出来た男はそうはいない。弱気で優柔不断な面はあるが、やるときはやる。
映画を観ながらヒロインにこんなに憤慨することはあまりないが、モニカには呆れる。
気が強く自己中で我儘し放題。
最後は夫が重労働の出張が一日早く終わり急いで帰宅すると、そこには浮気相手と彼女が、、、(昼メロみたいなパタンでもあるが)。
夫は、家族の将来を見据え、耐えて耐えて耐え抜くが、彼女は勝手に出てゆく。
アンタのせいよとばかりに。
まあ到底、続くはずないし、何よりも子供が犠牲になる。すでに子育て放棄しているのだ。
子どもの為にも、別れた方が良い。

前半、ハリーの父のボートで都会を離れ、モニカと二人きりのモラトリアムの逃避行を奔放に過ごすシーンは、後の映画監督へ大きな影響を与えたのでは、、、。所謂、ヌーベルバーグの映画である。
無軌道で刹那的な享楽的生活。確かにここでは本気で愛し合っていたのは分かる。
だがそのまま野生児でもあるまいし、続くものではない。
やがて季節が寒くなり燃料も食べ物もなくなり、おまけに子供がお腹に出来てしまう。

彼は家に戻り、3人でしっかりした家庭を作るため再就職と勉強の決意するが、彼女の方は自由気儘な生活が出来なくなることに不満を漏らす。そのくせ物欲だけは強く、節約の必要な時期に借金して欲しいものを買ったりアパート代を使い込んだりする。
挙句の果ては、夫の仕事中の暇な時間に浮気と来た。
わたしとしては、絵はイングマール・ベルイマンだが、こういうのを撮っていたことが意外であった。
ハリエット・アンデルソンがホントの野生児みたいに暴れて弾けまくっている。
「道化師の夜」の方がまだベルイマンらしく感じた。彼女の役もまだよかった。

しかし、イングマール・ベルイマンは「野いちご」、「処女の泉」、「魔術師」、「叫びとささやき」、「仮面 ペルソナ」、、、が好きだ。
マックス・フォン・シドーが主人公で、スヴェン・ニクヴィスト撮影なら言うこと無し。
それからモニカみたいな女性なら、ブリジット・バルドーあたりにやってもらいたかった。
圧倒的な美と言う点からも更に迫力と説得力が増す。
もうしっかり彼女も映画で活躍はじめていたし。
まあ、ベルイマン映画の女優ではないかも知れないが、これなら合う。
最後、子供を独り抱いてガラスに映るハリーの顔は、不思議に希望に充ちている表情なのだ。
絶望で終わらないベルイマンである。
余り書く気になれない映画ではあったが、一度は観る価値はあるように思える。
AmazonPrime
- 関連記事
-
- 美女缶
- シン・ウルトラマン
- 不良少女モニカ
- ダゲール街の人々
- planetarian~雪圏球(スノーグローブ)