外気はいらない

最近、帰宅後に部屋の窓が空いていると、怒りと焦りを覚えしっかり戸を閉める。
かつては外の空気に入れ替えて部屋の空気をリフレッシュしようというような
外に対する信頼感を漠然ともっていたが、いまはまったくない。
外とは、外気とは害悪であって有害であって空気洗浄機を通さない空気は身体を蝕むという感覚が無意識に浸透している。
そとはことごとく生命にとって、精神にとって害であり死期を異常に早めるものである。
やむなく外に出るならマスクは必需品となる。
うちに籠るつもりもない。
この構えはもう崩せない。
外の車庫にある車が一日でどれだけ汚れているか、黄砂のようなものは以前からあった。
しかしその汚れ方から、それだけではないような気がしている。
それからというもの、屋外に洗濯物は干さなくなった。
外が汚物のように汚いというのはまだやさしい。
動物の糞尿とかを連想するだけ。
汚染されていると言われると、とても危険な状況を感じる。
まず、何に汚染されているのか?
放射能と言われ、呼吸器に癌を齎す有害な汚染物質とか言われ、内界には極めて行き場のない怒りが渦巻きはじめる。
空気、風が何故誰の権限で汚染物質の塊とされるのか。
今風邪を引き込み、咳に喉の鋭い痛みに苛まれていると、われわれにとっての外とは何かを
改めて落ち着いて考えてみたくなる。
頭がぼんやりとしてくる。
そんななかで、意味を変えた、ただ単に危険で害悪なだけの外とは、何であるのか。
実り多い他者ではなく、外部である。
ただ人類にとって不要なもの害毒であるもの、つまりは真当な形でなく捨てられたものたちの息吹が場所を求めて吹き叫んでいる。
そんな禍々しい菫色の空からこれまた禍々しい黄色すぎる月が煌々と照り、あらゆる窓という窓に、致死量を超える毒風をおもいっきり吹き込んでくる。
黒猫は背をしなやかに反らせて飛び退いた。
わたしは窓という窓を閉めて歩いた。小走りに。
しかし間に合うはずがない。
追いつくはずがない。
フィルタは何時までもつのか?
もうすでにそのフィルタではだめなのか?
Gimme Shelter!
この事態には極めて超越的な存在による劇薬が期待される。
もはやそれなしにわれわれにとっての外部はありえない。
つまり、世界の存続はない。
ボスの「最後の審判」を控るのみ。
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