HOMESTAY (ホームステイ)

2022
瀬田なつき 監督
菅野友恵、大浦光太 脚本
森絵都「カラフル」原作
mio-sotido 音楽
ずっと真夜中でいいのに。「袖のキルト」主題歌
長尾謙杜、、、シロ/小林真(真の体にホームステイした魂)
山田杏奈、、、藤枝晶(真の幼なじみ)
八木莉可子、、、高坂美月(真の高校の先輩)
濱田岳、、、管理人(シロにホームステイ先を告げる人物)
石田ひかり、、、小林早苗(真の母、カフェレストラン勤め)
望月歩、、、小林満(真の兄、法曹界を目指す)
佐々木蔵之介、、、小林治(真の父)
山田杏奈のいつもの破壊力はちょっと影を潜めていたが、まあそういう役だし、、、とても普通な。
だけど些か物足りなさはあった。
次作に期待しよう。彼女に対してはやたらとハードルを上げてしまう(爆。

八木莉可子の演技は初めて観た。
本人に合った役柄だなあ、とは思ったが、微妙な立ち位置の女子であったな。
長尾謙杜はジャニーズの若手タレントらしい演技であった。
素直な雰囲気には好感が持てる。

輪廻も転生も早々消え去るべき概念であるが、この生(受肉)が魂のホームステイという表現はしっくりする。
このほんの一時に何を経験するか、認識するか、であろう。
その情報だけが自分~魂として蒸発せずに保存されるものであろうし。
兄の満が、「お前はその目で一体何を観て来たんだ」と叫ぶところがある。
まさにそこだ。どういう情報を得たのか、に尽きる。
多様性~個性がカラフルな色で現わされるが、単に個々の色を認め合うというだけでなく、青に赤が重なったときの紫にも注目しなければならない。いや紫が実は赤と青の重なった色であったことにも気づくこと。
個々の個性という形でスタティックに見るだけでなく、絶えず関係性~相互作用の過程の内に様々な様相を認めてゆくことである。

思春期は承認要求ばかりが強く視野狭窄に陥り易い。一面の真理と言えばそれまでだが。余りに貧しい。
絵を描いている真がこのような表層的人間関係で追い込まれるというのは考えにくいのだが、失恋は絶望に短絡する面は大きいか。そのショックで全的崩壊も確かに有り得る。それで自殺する詩人などもいるし。
信じていたり頼っている身近な人間が自分の期待を裏切る(裏切ったと思い込む)と、もう極端に振れてしまう。
カラフルであった色彩が無彩色のグラデーションになってしまう。
自分で自分を追い込む。悪循環の果てに、、、

誰も自分を見てくれない、誰も自分を気にしてくれない、、、幼馴染の晶は常に寄り添っていてくれたのでは。
一緒に映っている写真が沢山あったのに。彼女との花火大会は何であったのか、、、(羨ましい(笑)。身近過ぎて無意識になってしまう面はある。(山田杏奈が傍にいて気づかぬアホはいないと思うが)。
美月先輩も彼を認めていたのは間違いない。気持ちの色合いが異なっただけである(恋愛対象が女子であったに過ぎない)。
人間関係はこの微妙な色合いの違いとそのアンサンブルを愉しむものでもある。最後の彼らのマスゲームの発表のように。
そして家族である。兄も母も父もそれぞれの気持ちで気遣っており、ないがしろになどしていたわけではなかった。
ただ、正面から向き合い、ありったけのことばで気持ちを伝えあうことからは逃げていた面は確か。
(これが皆に出来ていれば、真の自殺はなかったはず)。
母の事故を機に、小林家ははっきり各自の色を認め合う姿勢は整う。

シロは真を客観視する役目と言える。誠は実は愛されていたということを認識するための。
妙な管理人は砂時計とクイズ(何故、真が死んだのか)で、シロが他人事としてお気軽に真の身体にステイして過ごすことを禁じる。
面白い仕掛けだが、文化祭の発表とも同期してとてもテンポよく展開する(上手い!)
もうひとつ面白いのが乗り移ったシロが真の才能~身体性をそのまま引き継ぐこと。これはこのような魂の入り込みが可能であればこの通りであると考える。才能~技量は身体側に大きな比重を持つ。だから運動神経など猶更そうである。

最後の処がよく分からなかった。
原作をみなければダメなのか?
結局、真に体は返せなかったが、自分~シロは真として生きることが許されたのは、何故なのか。
俺は真だ。俺が真を殺した、という認識は、何処から生じたのか?真として生きるという決意にも取れる。
何であっても真~シロが真として生きている事実が少なくとも彼の家族と晶にとってはこの上ない幸せであり文句はないのだ。
面白かった。
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