”花とアリス”~記憶と他者

2004年
岩井俊二監督・脚本・製作・音楽・編集
鈴木杏 、、、荒井花(ハナ)
蒼井優 、、、有栖川徹子(アリス)
郭智博 、、、宮本雅志
相田翔子 、、、有栖川加代(アリスの母)
阿部寛 、、、アリス母の連れの男
平泉成 、、、黒柳健次(アリスの父)
木村多江 、、、堤ユキ(バレエの先生)
坂本真 、、、猛烈亭ア太郎
大沢たかお 、、、リョウ・タグチ
広末涼子 、、、編集者現場担当
まるで少女漫画を見ているような映画だ。
しかもとてもよく出来た魅力溢れるリリカルな映像だ。勿論、ストーリーも流れも。
2人の空気感が桜舞う季節にぴったりで、淡々と流れる時間にこちらも夢見心地になってくる。
自分がこういう時を過ごした記憶がある訳ではないが、いつしかこちらの気持ちが、ある種の既視感や郷愁に彷徨い出していることに気づく。
音楽も情景に溶け込む相変わらずのリリカルさを醸し出している。
アンビエントムービーとしてもブライアンイーノのもののような心地よさがある。
岩井作品では、LOVE LETTERでも図書館カードで一気にブーツストラップしていたが、ここでもトランプのハートのエースがキラーアイテムとして流れを引き締めていた。
岩井の得意とするところだろう。そのカードもご丁寧に「不思議の国のアリス」とうさぎの絵柄のものだ。
他にもちょっとした言葉がそれに近い役目を果たしている。
大泉さん(お父さん)の中国語とか。
駅名、学校名、、、。
さらにカメラ、雨そしてバレエ。
おむすびサンド、ところてんアレルギー。
記憶喪失をちょっとした事故にかこつけて相手に押し付ける(暗示にかける)という強引なドラマの始め方が面白い。
この2人と彼氏を巡る物語は漫画表現でとても活きるタイプに感じる。
少女漫画である。基本外部がない。
彼女ら2人と彼氏との3角関係が各々の時間を繋いでゆく。
だがあくまで中心は、アリスー蒼井優と花ー鈴木杏だ。
2人は各々の生活環境が明かされていて、その時間性ー意識の動きもよく解る。
彼氏はその時間流の中にその都度、常にその対象として現れる。
しかも他者という脅威性はなく親和的な、彼女らの分身に近い存在としてである。(であるから暗示にも容易く引っかかる)
彼の印象は生活感もなく薄い。花の記憶喪失の物語の王子様としてぼやっとして登場してくる。
彼氏もあやふやな雰囲気でいるときも、自分という身体性ははっきりもっており、それに誠実に生きている。
だからこそ、常に自分の記憶喪失を疑っている。そしてアリスー元カノ設定に昔のことを聞きたがる。
間違いは、頭をぶつけたくらいで最初にあっさり花の口車に乗ってしまったことである。
しかし彼もアリスに対し恋愛の情を芽生えてゆくに従い実在感を徐々に上げてゆく。
2人の抵抗となってゆき存在感ー主体性が宿ってゆくのだ。
特に浜辺での彼を巡る2人のやり取りと交錯。2人の取っ組み合い。
ここになまなましい2人の感情が立ち現れ彼を仲立ちとして衝突する。
ハートのエースを探すゲームで彼がそれを拾うがそれをその場では明かさない。
始めて彼が彼女らと同等の内面性ー存在感を色濃く見せるところだ。
この辺のやりとりはリアリティーと繊細さを感じる。
しかし物語においての実質的な主体は、あくまでも2人である。
彼は2人の関係にとって触媒のような役割か。
とは言え、アリスが彼氏に騙していたことをところてんを前に打ち明ける場面は瑞々しい恋愛ドラマの一節であった。
充分に感情移入してしまった。
ここでアリスと彼氏の心は限りなく接近する。
文化祭、部活の発表を前にし。
ハートのエースを彼が密かに持っていることを知り、それを破るように花は彼氏に詰め寄る。
そのカードはアリスにとってとても大事な父との想い出のカードであり、彼はそれを破ることなどできない。
花は怒り彼を残して教室を飛び出す。(窓の外には巨大な鉄腕アトムの顔が浮かぶ)
記憶というものはこんなにも、ある種曖昧でfragileで大切なものか。
そして存在とは記憶如何で構築されるもの、その他者性である。
写真部の友達(バレエ教室で一緒の女子)が、かつてひき篭りであった花をアリスがバレエに誘うことで外の世界に連れ出してくれたことを花に思い起こさせる。
花自身こそが実はアリスに対して重大な記憶を喪失していたことに気づく。
そして花は彼氏がアリスに心が傾いていることを知り、彼にすべてのことを打ち明け、身を引くことを伝える。
しかし彼氏は花を受け容れる。
「君の悪行の数々の責任をとってもらわないとな。」ここで3人同等の存在感ー他者である。
彼氏がいよいよ3人目の主人公になってきた。
文化祭での部活発表で花はアリスしか客のいない高座ですっきりした表情で芸を披露する。
ここでニュートラルな花とアリスの関係が再構築される。
アリスはバレエを踊ることによってオーディションに受かる。
アングルの位置も決まった全編スローで映される美しいシーンだ。
最後に2人でアリスが表紙を飾った雑誌を手にして喜び合う。
結局、よくできた少女漫画の実写版を見ているような心地であった。
彼氏はこの先も花とやっていけるのか、という一抹の不安も余韻として残し、よくできている。
何よりキャストが良かった。
今更ではないが、鈴木杏と蒼井優であったからこその映画である。
他では考えられない。
やはり、花とアリスの間の話であった。

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