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われわれは、どこへゆくのか?

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私はしょっ中、電車を乗り間違える。今日もだ。通勤で普通乗り間違えるか?だが、見事に乗り間違えた。
少しでも時間が違うと、当然の如く同じホームに違う行く先の電車が止まっている。調べて乗らない時は、大概とんでも無い所まで連れて行かれてしまう。ひどい時は、気づいて降りた所から、違う方面に不本意ながら旅にでてしまうこともある。
わたしがこの世で1番苦手な物は、恐らく電車だ。

良く全路線の駅を諳んじられる人がいるが、尊敬はしないが、凄いとは思う。これまでにその人に聞いて、電車にスムーズに乗れなかった事は無い。その人と話すことは電車以外の事はないが、乗り換え案内より的確である。多分こちら経由で行くと今は混んでいるとか、途中で腹が減った時、ホーム上で駅蕎麦が食べられるのはこのコース、まで教えてくれる。そこは大変嬉しい。

何故嬉しいか?
わたしは大学時代、良く駅蕎麦を食べていた。3年の時に始めてお腹が空き過ぎて、えいっというかんじで蕎麦屋に入って山かけ蕎麦を食べてからというもの、学校帰りには食べないと気が済まなくなってしまった。
挙句の果てには、電車に乗るとすぐに山かけ蕎麦の事が頭に浮かぶパブロフスドッグ状態になってしまった。美味しいといえば美味しいと答えるのだが、それはある種、幼児的なこだわりかもしれない。

帰る途中、二つの駅で箱根蕎麦を食べてしまったこともある。一杯食べてはみたものの、電車に乗ったらまた食べたくなったのだ。
恐るべし。ここまで行くと重傷だ。

しかし、わたしが二杯目に臨んだ蕎麦屋で、ハイお代わり、と言ってその場で2杯食べたお父さんがいた。予め券を2枚買っているのだ。しかも、2枚目はポケットにしまっておいて、おもむろに出して2杯目を注文するのだ。そこが何か上級者ぽかった。

話は電車に乗り間違える事だった。では、道には迷わないのか?
と聞かれると、迷う、としか答えない。
実に豪快な方向音痴だ。
威張ることではないが、尋常ではない。
iPhoneはいま4台目だが、最初のiPhoneから道案内は常に使っていた。特に出張にそれがなければ、一日中彷徨ってしまいかねない。
今でも使う機能はそれがほとんどと言ってよいほどである。

しかし基本的に散歩は好きで、その速度でないと見えてこない景色もある。その時しかないdetailもある。散歩は、何処に行かなくてはならないと言う決まりはない。と言うか行く先や道の決まった散歩など始めからしない。

だから徒歩で何処かに何となく行ってしまうのは大好きだ。途中、おなかが減れば、食堂などで食べて、決してお洒落なレストランではない、喉が乾けば、自販機のジュースか水だ。これは結構、快感である。

こういう行程でトマソンにも出逢う。ブロックの隙間から思いの外綺麗な花が咲いている。秘密の贈り物のように。
それが嬉しいし、面白い。本来のわたしたちの生のありかたを思い出のように思い出す。
幼い頃の出来事の片べんに不意にこそばゆく触れる。
心地よい風に当たりながら。
タンポポのタネが飛んでゆくよ。

だが電車はそれがない。あっていようが、間違っていようが、必ずはっきり何処かに強引につれていかれる。当たり前だ。が、面白くない。


面白くない。
また乗ってゆくのだが。

間違っている。
正しい行く先に行ってしまうのは。

間違っている。


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