マイ・プレシャス・リスト

Carrie Pilby
2016年
アメリカ
スーザン・ジョンソン監督
カーラ・ホールデン脚本
カレン・リスナー『マイ・プレシャス・リスト』原作
マイケル・ペン音楽
ベル・パウリー、、、キャリー・ピルビー(高IQ少女)
ヴァネッサ・ベイアー、、、タラ(法律事務所の同僚)
コリン・オドナヒュー、、、ハリソン教授
ウィリアム・モーズリー、、、サイ(隣に住む演奏家)
ジェイソン・リッター、、、マット(新聞広告で知り合った男)
ガブリエル・バーン、、、キャリーの父親
ネイサン・レイン、、、ペトロフ医師(担当セラピスト)
高IQの才色兼備。飛び級でハーバードを18歳で卒業し、ロンドン生まれだが今はアメリカで独り暮らし、というより引き籠りをしている少女の噺である。1週間に本を17冊読む。羨ましい。偽善者が大嫌いな潔癖な少女でもある。
基本的にいつも不機嫌で自意識過剰である(流石に終盤は解放され笑顔が見られるが)。

向うでは、セラピーに通うのが普通の生活にくみこまれているんだな。
自然に根付いていることがよく分かる。カウンセリングとどちらが多いのだろうか。
子供にとっては、お父さん、お母さん、セラピストさん、同等の存在なのだ。恐らくカウンセラーもその位置にいるのだろう。
(この少女の場合、カウンセリングのような問題解決を本人主導で支援するものより、セラピーの形でどんどん解決の提案をしてくれる方が効率的に思える。彼女主導だと自分の世界により埋没しそうだし)。
父の差し金で法律事務所で夜間に文章校正のアルバイトははじめ、少しばかり人との接触の場も出来る。
セラピストなので、問題解決のための提案を積極的に出してくる。
彼が作ってくれた「プレシャス・リスト」を彼女はとりあえず実行してみることに。
それで何も変わらなければ、セラピストの無能を証明することが出来る。
それが実行する動機のひとつにもなっているようだ(笑。

デートをすると言うことで、日常生活で(又は新聞広告で)適当に逢う事の出来る相手と付き合ってみる。
友達を作る。これはバイト先のタラか。何かと煩く入り込んでくる女史だが。
誰かと大晦日を過ごす。これは最後に実現を見る。結局、サイとハッピーエンドか。
ペットを飼うというところで、金魚を2匹飼う。一匹死にパニックになるが。
子供の頃楽しんだことをするでは、好きだった飲み物を飲むということで、チェリーソーダを久しぶりに飲んでみる。
(これは結構、満足気であった)。
そして、本を取り返す。母が生前プレゼントしてくれた「フラニーとゾーイ」の初版本である。
(この時点では教授には貸していない)。
何人かと付き合ってみるが、良いところまで行って結局上手くいかない。
恋愛までにはいかないのだ。新聞広告の高学歴男もゼミの教授も、、、。
同じような趣味を持つ学歴も似ている相手で話はスムーズに運ぶが、或るところまで行くとお互いのエゴがぶつかり合う。
隣のよく干渉して来る男性は演奏家であったが、両親は音楽で身を立てることに反対しており、親元を離れて暮らしていた。
彼は「人生は一度きり。幸せになっていいはずだ」という。これは後々に響く、、、。
彼にコートを貸してもらった時、本を持っていたのに気づく。サリンジャーの「フラニーとゾーイ」であった。
「フラニーとゾーイ」の初版本を恋人になりかけた際、ゼミの教授に貸したままになっていることに今更ながら慌てふためく。
自分の一番大切な本ではないか。

デートをするたびに孤独になる。相手は大事な本も返してこない。
ソーダを飲んでも誰も振り向かない。
金魚は片方が死んでしまった。かなりのショックを受け、もう片方を店に返しに行く。
そしてパパは新しい家族をロンドンで作ってしまう。
これが大きかったか。
独りで(籠って)いると孤独は感じられないものだ。
他者と接し関わるから孤独を知る。
これは良いことだと思う。
当然、家族も他者であり孤独に向き合うことになるのは当たり前。
何かをして人と関わることで真の孤独を知る。
そこから始めればよいのだ。
と言うより、それ以外に方法はない。

伏線の回収を(ちょっとした言葉も含め)丁寧にしてゆく映画であった(わたしはそれに拘らないのだが)。
お父さんとセラピストのおじさんが良い味を出していた。
舐めた教授から本を取り戻しに同行したお父さんはやはり頼りがいのある存在だ。
わたしもあんな風に本を取り戻しに行きたい(笑。
AmazonPrimeにて

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