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GOMA28

Author:GOMA28
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戸田家の兄妹

Toda Family001

Brothers and Sisters of the Toda Family
1941年

小津安二郎 監督
池田忠雄、小津安二郎 脚本

佐分利信、、、昌二郎(次男)
高峰三枝子、、、節子(三女)
葛城文子、、、母
斎藤達雄、、、進一郎(長男)
三宅邦子、、、和子(妻)
吉川満子、、、千鶴(長女)
藤野秀夫、、、戸田進太郎(父)
坪内美子、、、綾子(次女)
笠智衆、、、昌二郎の友人
桑野通子、、、時子(節子の親友)
飯田蝶子、、、きよ(女中)


今日はまた太平洋戦争前の映画だ(日中戦争後)。
とは言え、日本は既に軍国主義に走っており、不穏な情勢の中、全ての表現~芸術作品の制作にとって大変な時期に入っている。
(既に「国体明徴声明」により、日本が天皇の統治する国家と定められ、立憲主義の統治理念は否定されている)。

また、フィルム劣化の問題。
これもせりふが聞き取り難い。
土砂降りの大雨かと思ったら「今日はいい天気だ」という佐分利信の言葉、、、それほどノイズが凄い。
せりふもボソボソと呟くものが多く、大切な会話のやり取りが見えてこないところもある。
ローアングルから、部屋全体を窓の外の眺望までしっかり正面から切り取る構図は、このように最初から完成されていたのか。

Toda Family006

笠智衆は主人公の友達その一か二であった。
酒の注文を勢いよくしていた(笑。酒の強いイメージはある。旨そうに酒を呑むこと。
肝っ玉母さんがよく似合う飯田蝶子は、女中役でこれもほんの少しの顔出し。
豪華な脇だ。
主人公は「父ありき」で成人したかつての「父」の生徒の佐分利信であり、優等生的雰囲気が、ここでは奔放で豪快な性格も発揮している。

Toda Family003

大事業家の家長が亡くなり借金が発覚する。大変豪奢な洋館に住むファミリーであったが、家財や遺産(相当な文化財)を処分することとなり、屋敷で一緒に住んでいた母や未婚の娘が親戚の家で暮らすことになる。これはさぞや大変なことだろう。
片方は他人なのだから。そしてやたらと気位が高い。
上流階級であるため、何かと窮屈で面倒なのだ。何よりも彼らには体面というものがある。
経済的に大変になり、節子が務めに出ようとしたら姉に、御家の恥だとばかりにしこたま怒られる。
次女の家でも長男の嫁にも長女の家でも母娘共々ギスギス文句を言われ、傷んだ鵠沼の別荘に移り住むことにする。

Toda Family004

「今日お友達が遊びに来ますの。お母様と節子さんには外に遊びにいらしてくださらない?」と言うことで、外に出ていて遅くに帰って来てもまだ客がいたためにそっと自室に戻っていると、「何故、お帰りでしたのにご挨拶に来てくださらないの?」である。
もし、顔でも出したものなら、わざわざ外に出てもらっていたこちらの気持ちをお察しくださらない?とか当然文句を言うはずだ。
そして一日中さして用のない都会を彷徨い歩いて疲れたところに、夜中にピアノである。
風呂にも入れず、客の帰りを待っていて、ついにそのまま布団に入ったところで、、、。
これには我慢が出来ず、止めてもらいに行くと逆に、こちらも気を使っていることがお分かりでないの?とかいう態度なのだ。
要するに、居るということ自体が気に喰わないということである。
厄介者扱いということだ。世知辛い上流社会。

節子の相談相手は、数少ない庶民の時子くらいのものである。
彼女はOLをして自立しているようであった。
節子は、母と何処かに独立して住みたいと願い始めていた。当然であろう。
「わたしにもできるかしら」
「あなたの家は人を使う側だから、勤めると言ってもおうちが許さないわよ」と忠告される。
その通りであった。
特に未婚の娘が仕事など論外ということらしい。なるほど、、、。
男尊女卑の態度や使用人に対する奴隷のような扱いも気にはなる部分ではあったが。
(子供ですら親と同じ態度を女中に対してとっている)。
このご時世が窺えるものである、、、(映画の歴史的価値としの記録性)。

Toda Family002

昌二郎は世間体や体裁など一切気にせず、やりたいことを自分の意思に忠実にやる人間であり、節子と母を荒れた別荘に追いやった兄弟たちを一喝する。
そして母と節子と女中のきよを自分が事業を展開している天津に呼ぶことにする。
そこなら働こうと思えばだれもが幾らでも自由に働けると、、、。
自分のやりたいように周囲に気兼ねせず出来ると。
母と節子の表情が久しぶりに明るくなる。
やはり人間は解放されないと、健康的な生活は送れない。
解放度の高い程、活き活きと暮らせるものだ。
(ここは現代のわたしにおいても課題である)。

Toda Family005

ついでに昌二郎の嫁は、節子が世話をすることに、、、。
お相手は、賢く綺麗で気立ての良い庶民の出の時子である。
(確かに節子の分身のような存在の時子)。
それに対して昌二郎も負けじと「俺みたいなやつ」をみつけてやると、、、。
とっても可愛くはにかむ節子、、、。
何だこりゃ、、、どうもこの「兄妹」微妙。まさに謎の「戸田家の兄妹」であった。

小津作品にはこういった縁談が噺の中によく登場する。
酒場シーンと同様、小津映画には頻出するが。
ここの縁組話は、また特別な質感~次元を覚える、、、。
恐らく細密に見てゆくと、重奏する意味の流れが顕わになるような映画、、、。
(フロイト的な分析をしたら味気ないが)。


何にせよ、この辺の時期の小津フィルムは、かなりの費用は掛かるはずだが修復して保存管理してもらいたい。
どうにも観難い。












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