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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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レニ

Leni Riefenstahl008

Leni Riefenstahl
1993年
ドイツ

レイ・ミュラー監督・脚本
ウルリッヒ・バースゼンゲ、ヴォルフガング・ノイマン音楽


レニ・リーフェンシュタールのドキュメンタリーが見られるなんて、、、びっくり!

AmazonPrime有難い。

Leni Riefenstahl007

裕福な家に生まれ幼い頃から習い事を片っ端やっていたそうな。
そのなかで舞踏に関して特に優れた才能を示し、ドイツ舞踏界を代表する舞踏家と目されるまでになるが、膝を痛めてしまう。
病院に通う途上の駅に貼られた山岳映画のポスターに釘付けになり、通院をすっぽかし映画を観てすっかりその世界の虜となる。
直後にその監督に会いに行き、結局アルピニストと主演女優の両方になってしまう。女性初の登山家か?凄い勢いで素足で険しい岸壁を登って行く彼女の姿には圧倒された。同時にマレーネ・ディートリヒと肩を並べる勢いのある女優としても注目を浴びる。
更にカメラの動きに興味を持ち、自分の主人公の映画を自分が撮りたくなり監督も始め頭角を現す。
監督業が一番彼女のやりたいことであったようで、その撮影技術への拘りは凄い。
いま在る標準の撮り方の多くをハードを含め開発し先駆的にやってしまっている。

たまたまヒトラーの演説を聞くと直ぐに手紙を出し(このフットワークの良さ、というより思ったら自然に飛んでしまっており)会ってたちまち彼にも気にいられニュルンベルク党大会の映画『信念の勝利』を監督し、1937年のパリ国際博覧会で金メダルを獲得してしまう。
国際オリンピック委員会からオットー・マイヤーの依頼を受けて撮影したベルリンオリンピック記録映画『オリンピア』では、ヴェネツィア映画祭最高賞(ムッソリーニ杯)を受賞する。日本では『民族の祭典』および『美の祭典』として2部作で発表される。

Leni Riefenstahl005

驚くのは、ドキュメンタリー映画であるのに、光の当て方を変えて撮り直すところもあり音楽にピッタリ合わせて編集する独自の手法である。美と芸術性の追求に重きを置いていることが分かる。映像の全てを自分の美意識で作り変えようとしているのだ。
単純に肉体の見事にダイナミックな捉え方から美や力への礼賛としてナチズムに引き付けた批判があるが、寧ろこの編集法にこそそうした感性は感じられる。
彼女は、この映画の中で単なるルポとは異なるドキュメンタリーだと何度か述べている。
つまり競技者の内面世界、感情までも浮き彫りにしてこそのドキュメンタリーということなのか。
あくまでもそれは彼女の捉え方ではあるが、見事な演出であることは間違いない。
レニはディートリヒと自分を比べて、彼女は上からのライトで凹凸を強調して顔を細く見せるが、わたしは正面から柔らかいライトをあてればよいとか言っているところがある。何と言うかナルシスティックな所も目立つ。何を撮るにも自分を美しく撮るのと同様に撮りたいという願望が窺える。視覚効果における才能は溢れんばかりにあることは分かるが、この自己肯定感も凄まじく高い。

Leni Riefenstahl006

あらゆる焦点距離のレンズを駆使して撮ることをはじめ、超望遠レンズをアグファ社に特注して作らせたものがここで非常に威力を発揮する(久しぶりにアグファ社の名を聞く。わたしが初めて使ったスキャナがアグファ・ゲヴァルトのものであった。Macとの相性が良く付属ユーティリティの使い勝手が素晴らしかった)。このレンズでダイナミックな接写が要所要所で決まることとなる。
更に地面~フィールドに溝を掘りそこから跳躍系の選手の宙に舞う姿を大空を背景に下から撮る。これも美とダイナミズムの調和が見事に捉えられ成功を収めた。そして圧巻はエレベーターである。カメラをエレベーターに幾つも備え付け、それで俯瞰の度合いの違う上空から捉えた会場の広大さと群像を描き、一人のヒトラーとの対比も際立たせる。気球にカメラを付けて飛ばしたものは、全て画面がブレて失敗に終わったという(笑。

飛び込みなどの水の競技においては、3つの高さのそれぞれ機能の異なるカメラを備え、高いところで選手が宙に舞う躍動を捉え、そして垂直落下を横から捉えるカメラ、そして着水時を撮る水面に平行なカメラは潜水後は防水カメラとして岸に上がるまでの選手の挙動を追う。それらの映像を細やかに編集してドラマチックな演出が可能となる。音楽と共に。

Leni Riefenstahl001

日暮れの光量の足りない状況で撮られた競技については、明るい時間帯にその競技の選手を集めて映画の為の撮り直しを行った。これは当時の撮影機器の性能の限界からくる要請として彼女は自然に行ったことであったが、これも後にナチズムと絡めて批判の対象とされる。しかしこれらの新規の撮影方法によりある意味後に大きな影響を与える、完璧なドキュメンタリーが生まれたとも謂える。
芸術的に観て、圧倒的にビビットな映像が生まれているのならその普遍的価値は大きい。
同時代撮られたドキュメンタリーがほとんど消え失せているなか、彼女の作品はナチスとの関係で酷評に晒されつつも常に高い評価と称賛を受け取っている。

彼女は山岳映画の監督の下で主演した映画では、雪の山岳地帯での過酷な演技をしながら、演技に留まらず映画の手法も自らが監督になった目で学んでいった。特にカメラによる撮影方法である。
その後、ドラマ作りの巨匠監督とも組み、山~自然の撮り方に加え人間ドラマの撮り方も学ぶ。
様々な角度のショットを集め、編集して世界~生きた物語を作る基本を作り上げる。

彼女が最初に撮った主演・監督映画の「青の光」(Das blaue Licht)は、彼女が幼少時にメルヘンに凝っていたことも影響するか、リアリズムとファンタジーの融合した映画に思える。ヴェネツィア国際映画祭でいきなり銀メダルを獲得している。
ここでも彼女はアグファの特別開発のフィルムを使い(夜の)表現の幅を広げている。
実験精神も旺盛で、絶えず光との関係でどのような光景を作るかに試行錯誤を続けていた。
そして編集に大変な労力を費やしている。このドキュメンタリーからも彼女が最も力を入れているのが編集だと分かる。
ここは全く他人には任せず、徹底的に納得のいくまで仕事を続けている様子がしっかり窺えた。

Leni Riefenstahl004

その過程で彼女の美意識に触れてこない部分が切り落とされることも充分推測がつく。
日本でお馴染みの「前畑頑張れ」の女子200m平泳ぎは、マスターの段階から切り捨てられ、オリジナルにも無いという状況になる。
日本でこのベルリン・オリンピックのビデオがご披露される段階で、その部分が付け加えられたということ。
つまり「前畑、、、」のあるversionは日本版だけということか。

彼女にとり、黒人や黄色人種、男女は問わぬが、純粋に自分が美しいと思った対象に拘りをもって映像を作ることが自然な制作なのだ。
ヒトラーと絡めて批判に晒される余地はこじつけも含め少なからず生じてしまう。彼女は、全く政治に関心はなく、ただあの時代にあの場所に生きていたことが不運でもあったと述懐している。
ドイツを愛していた為、そこを離れる気も無く、そこで映画製作(途轍もなく費用とスタッフを必要とする仕事)を行うには、時の権力者の力を借りる必要はあった。
彼女は170人以上のスタッフを抱え、一人一人に能力に合った仕事を考え指示し、400㎞のフィルムの編集を一人で行っていた。
ヒトラーは、彼女の才能を極めて高くかっており、ゲッペルスに撮影妨害を何度もされ酷い目にも遭うが、ヒトラーにその件を訴えると何の妨害工作もなくなり自由に撮影が出来たという。

しかし、ナチス党にも所属せず、反ユダヤでも、優生学的思想ももっていない彼女は戦争に利用されない映画「低地」をチロルに居を移して撮り始める。しかし当局からは戦争にもナチズムにも関与しない活動として、一切の協力は得られなくなり立場は悪くなる。
そして戦争が終結して暫く後に、この映画の編集が終わり完成を見ることとなった。ジャン・コクトーらから絶賛を浴びるが興行的には失敗に終わる。

戦後の裁判では「ナチス同調者だが、戦争犯罪への責任はない」という判決ではあったが、ひたすらヒトラーのお抱え映画監督、ナチズムの協力者として非難を浴び続け、映画製作などはそういった迫害から手が付けられる状況ではなかった。

Leni Riefenstahl002

1970年代になり、彼女はスーダンへの旅行で「ヌバ」族に出逢ったことで、その地に独りで10年ほど滞在し、「ヌバ」という写真集で写真家として再起する。この写真はわたしも鮮烈な印象を覚えたものだった。
写真においても、映画的な画面構成と動きを厳密におさえている。
この写真集はまさにセンセーショナルな話題を振りまいたが、またスーザン・ソンタグなどの哲学者から、かつてと同じような批判を受ける。美や力の礼賛というところで。これを言われては、もう何も作れない。彼女はありのままの圧倒的な野生の美を撮っただけなのである。

その後、71歳で歳を20誤魔化しスキューバダイビングの免許を取り、水中写真を撮り続ける。
この撮影がまた意欲的なものであり、美と発見に充ちた世界が展開することは間違いない。
ホルストという実質伴侶を得て、共に精力的に海中の世界の驚異を撮り、90歳を過ぎて最後の映画作品の膨大な編集作業を続けている、、、。
ドキュメンタリー映画では、この辺までである。

とてもチャーミングで自分の世界の追及に途轍もない力を発揮するひとであるが、それに全精力を傾けてしまう為に世の流れには無頓着になってしまう。これは大変危険なことで、誰かが近くでその辺のコントロールをする必要があったと思われる。だが、人の話を聞くような女性には到底見えない(笑。
だから健康でいつも快活で長生きも出来る。
本当に見習いたい人である。
(自己肯定が強く自分に忠実である人は、必ず自分ならではの才能を遺憾なく発揮できる)。

Leni Riefenstahl003

「美の祭典」、「民族の祭典」は勿論、「ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海」は絶対観ないと。

「ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海」の評判はすこぶる良い。







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