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GOMA28

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リアリティのダンス

La danza de la realidad001

La danza de la realidad
2013年
チリ、フランス

アレハンドロ・ホドロフスキー監督・脚本・製作・原作
アダン・ホドロフスキー音楽


ブロンティス・ホドロフスキー、、、ハイメ(父)
パメラ・フローレス、、、サラ(母)
イェレミアス・ハースコヴィッツ、、、アレハンドロ(少年期)
アレハンドロ・ホドロフスキー、、、アレハンドロ
クリストバル・ホドロフスキー、、、行者
アダン・ホドロフスキー、、、アナキスト


「辛い年月の重さに耐えても、心の中にはまだ少年がいる」。
ならば自己救済のための作品が作れるということだ。

アートによる心理療法~「サイコマジック」としての映画という狙いが良く分かる。
一家総出?の大熱演である。
演技も良いが末の息子アダン・ホドロフスキーの音楽が良い。
そして何より凄まじいイマジネーション。
毒親を見事解脱?解放し少年の自分を抱き締める叙情詩か。
普通の人なら優れたカウンセラーを探し出しセラピーを1年とか受けてどうにかなるかどうか、というところだが。
彼(彼のファミリー)は、このルーツを芸術で治癒、昇華させてしまう。
この迸るエネルギーには圧倒されるばかり。

La danza de la realidad002

ビビットな色彩感覚が寺山修司に似たものを感じる(笑。色彩は両者にとって肝心な要素であろう。
フリークスたちが、とてもエキセントリックに演じていたが、その光景にフェリーニを思い出してしまった。
そして強烈な母サラのセリフが全てオペラ(アリア)仕立て。
(ただ、この母親が何のきっかけで息子にこころを開いたのかそこを掴み損ねた、、、また眠ってしまったか)。

夢でも現でもない異様な強度の「場」がめくるめく成立してゆく。

La danza de la realidad003

ロシア系ユダヤ人ということで学校では虐められ、父からは強権的に強い男らしさを求められ折檻される。
母は、アレハンドロを自分の父の生まれ変わりと信じ、金髪のかつらを付けさせられ役を負わされる。
奇怪で異常だ。自分の生を到底生きられない。強烈な毒親だ(わたしの毒親とは種類は違うがその抑圧とコントロールは見事なものだ)。
その父親役を監督の息子が演じているところがこれまた凄い。
この長男ブロンティス・ホドロフスキーの熱演には恐れ入った。
パメラ・フローレスの怪演にも唖然とし続けるしかなかったが、、、。

祖父を演じ切ったことは、孫にとっても大きな意味がある。
壮大な精神治療の為のロールプレイング~対象化であったはず。
勿論、監督アレハンドロ自身にとってそうであるのだが、、、彼は語り部であり少年期の自分を抱き締める大切な役回りでもあった。

La danza de la realidad004

わたしも幼年期は流石に無理であるが、少年期から後を辿り、芋蔓式に無意識にまで沈殿した記憶を引き釣り出そうとは考えてはいるが、なかなかパワーのいる仕事になる。
この映画に溢出するイメージの豊かなこと。
もはや現実とか幻想などではなく、全てが自らを作って来た想念の奔流なのだ。
リアリティのダンス

但し、アレハンドロというより父の魂の遍歴と呼ぶに相応しい。
(自らを形成する親の歴史から描くというのは賢明なやり方であろう)。
まずは、親を描きカッコに入れ、次いで自らの魂の浄化へと向かう。
(次作~”エンドレス・ポエトリー”も観なければ)。

La danza de la realidad005

一家皆が表現者であることは、監督にとっても心強いものだろう。
まだまだファミリーで、物凄い映画を撮っていって欲しいものだ。
何と言うか本作がとても観易いものになっていることに驚いた。
気負いの感じられない、ある境地に達したところで満を持して作られたと謂えようか。

この先、何度も見直してしまいそうな映画である。

La danza de la realidad006

監督23年ぶりの作品であった。

癒しへの誘い。
タルコフスキーとはまた違う意味で、アレハンドロ・ホドロフスキーは優れた映像の詩人である。




アレハンドロ・アメナーバルといい、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥといい、わたしにとって、このアレハンドロ~がちょっと特別な響きをもってきた。











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