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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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イノセント

Linnocente003.jpg

L'innocente
1976年
イタリア、フランス

ルキノ・ヴィスコンティ監督・脚本
スーゾ・チェッキ・ダミーコ、エンリコ・メディオーリ脚本
ガブリエーレ・ダヌンツィオ『罪なき者』原作
フランコ・マンニーノ音楽

ジャンカルロ・ジャンニーニ、、、トゥリオ・エルミル
ラウラ・アントネッリ、、、ジュリアーナ(トゥリオの妻)
ジェニファー・オニール、、、テレーザ・ラッフォ(トゥリオの愛人)
マッシモ・ジロッティ、、、ステファノ・エガーノ伯爵
ディディエ・オードパン、、、フェデリコ・エルミル(トゥリオの弟)
マリー・デュボワ、、、侯爵夫人
マルク・ポレル、、、フィリッポ・ダルボリオ(小説家、ジュリアーナの愛人)
リナ・モレリ、、、トゥリオの母


ルキノ・ヴィスコンティの遺作となったもの。
絢爛豪華であるが、とても落ち着いていて色彩にも品格のある絵だ。
退廃性がここは無邪気さにリンクして狂気を帯びて耽美的に描かれてゆく。
久しぶりに映画を観たという感覚に浸る。
但し、この映画の感想は上手くまとめられない、と思う。

恋愛もここまで透徹した視座で描かれると、狂気に近い。
確かに恋愛は一方通行なものだ。
そもそも人の想い自体がそうである。
神をも信じることなく、剥き出しの欲望に従い生きる我が儘なトゥリオやテレーザたちと、ジュリアーナのような思いを深くに秘めて生きる人間との対比を感じるが、やはり貴族という枠のなかでの生活である。
貴族~トゥリオ(貴族の典型かどうか分からぬが)の本質をイノセントという概念から描けないか、、、。
というルキノ・ヴィスコンティ自らの階級に対する内省からくるものか。

Linnocente002.jpg

この家族といい、生まれた子供をそれとして見ることが出来ない。
独立した人格として尊重する感覚がない。
双方共に、その子を通して愛人(という超越的人格)を見ている。
そしてトゥリオは、言葉の厚み、両義性についての感覚が疎い。
だから妻が反語的言い回しで言ったことを額面通りに受け取り、赤ん坊を死なせてしまう。
「お前も憎いと言ったじゃん」である。其れを聞くまでは確かに赤ん坊の養育はしてやろうと言っていたので亡き者にする発想はなかったはず。
これでは、仮にこの子が長じても、とても自らの生を生きる幸せな人生など送れまい。
酷い愛着障害と虐待が最初から存在する環境である。
この先まともに育つはずがない。

赤ん坊を窓辺において夜の雪風で死なせてしまうシーンは正視出来るものではなかった。
ジャンカルロ・ジャンニーニのサタンのような迫真の演技であり、下手なオカルトホラーを遥かに凌駕するものだ。
悲嘆した妻ジュリアーナも死に、テレーザにも見限られ、トゥリオ自身も拳銃で幕引きして果てる。
テレーザのトゥリオの死体に慄き屋敷を逃げてゆく姿がそのまま貴族の行く末にも重なるような、、、。
この女は彼女の取り合いでトゥリオと伯爵の決闘の最中に逃げ出している。
そしてここでも最初から自分はその場にいなかったかのように逃げ出す。
ことばにも何にも責任をとらない。この言葉に対する心許ない感覚である。貴族の特権なのか、、、イノセント?

無邪気と謂えば確かに無邪気かも知れないが、フリーな恋愛感覚はともかく、まず親になってはいけない人間であることは間違いない。そして全ての実生活においても、有害でしかない無邪気さ~我が儘である。
この永遠の少年(少女)のままでは、(貴族の)血も絶えるしかない。


確かに”イノセント”は、絶妙な概念~題だと感じた。









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