プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
カレンダー
03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

ヴィオレッタ

My Little Princess001

My Little Princess
2011年
フランス

エヴァ・イオネスコ監督・脚本
ベルトラン・ブルガラ音楽
フランソワ=ルノー・ラバルト美術


イザベル・ユペール、、、アンナ(写真家、ヴィオレッタの母)
アナマリア・ヴァルトロメイ、、、ヴィオレッタ(12歳の娘、モデル)
ドニ・ラヴァン、、、エルンスト(画家、アンナのパトロン・理解者)
ジョルゲッタ・レアウ、、、マミー/バアバ(ヴィオレッタの曾祖母)
ジェトロ・キャーヴ、、、アップダイク(パトロン、シド・ヴィシャスがモデル?)


今日も写真家の物語。
イリナ・イオネスコ(ルーマニア系フランス人)の作品は学生時代、いくつか見ており、家にも探すと何冊か写真集はある。
(直ぐ見つかるはずだが、後にする)。
シュルレアリスムとゴシックの融合みたいな評価が成されていたと思うが、多くは娘を被写体とした少女像である。
イリナ・イオネスコ独自の様式美で描かれた幼い少女のエロティシズムは芸術的に昇華されているものだが、世間的に物議をかもし敵は多かったであろうことは納得できる。
何より娘は巷に写真集が出回り、同年代の子供や教師から色眼鏡で見られていた。
そこから来る虐めや嫌がらせに耐え、何より母親との確執、葛藤、闘争に明け暮れなければならなかった。
子供らしい遊びを友人としたことがなく、母親も母親としてすべきことは何もせず、娘を利用し自分の作品作りに専心していた。
何度も母親から逃げ出す場面が印象に残る。
このモデルとなっていた娘が実体験~実話をもとにメガホンをとった作品。

My Little Princess004

一言で謂えば、虐待の連鎖、である。
この監督が、自分の代で止めなければなるまい。
非常に過酷な人生を送った末であろうが、この映画を撮ることが大変大きな意味を成したであろうことは想像がつく。
繊細かつ大胆にそして克明に自らの歴史を描きあげている。大したものだと思う。
ここまで自分と母との関係を対象化し描写出来たということは、次の(異なる)場所にアイデンティティを移すことに成功したのでは。
恐らく、自分の子供への負の連鎖は断ち切れたであろう(子供がいるかどうか知らぬが)。
そう祈りたい。

わたしも人生の殆どすべてを、それに蕩尽してしまった。
果たして自分の生をどれほど生きることが出来ているかは怪しい(笑。
愛着障害に加え虐待である。
大抵、こうした「家」のなかの問題に関しては(仮に気の利いた識者がいたとしても)他者は容易に入り込めない。
まず部外者に理解は不可能だ。
独りで長い時間を費やして誰の力も借りずに自分を取り戻してゆくしかない。
経験上、それ以外の路は考えられないものだ。

My Little Princess003

物語の中でも幼いながらも必死に戦ってはいるが、親の庇護下から抜け出せる歳ではない。
ここが何より大きい。
その関係性が如何に不快で苦痛であっても抜け出すことが社会的に出来ない。
そしてその関係性のなかで培われてしまった身体性を再構築する場~機会がほとんど見出せない。
そのまま持ち越して長じると、今度は周囲から親からなされたと同等の扱いを受けることになる。
この悪無限反復から脱するに、このような作品を作る有効性はとても高いと思う。

ヴィオレッタが母アンナの出生に纏わる悲劇(近親相姦による望まれぬ出生であったこと)を知り混乱し更に母を遠ざけよとするところは強烈であった。アンナという巨大な闇に圧倒され距離を置くしかなかったのだろう。
恐らく母は幼少時からの大きなトラウマを識域下に抑圧し、内省の機会もないままにただ突き上げてくる欲求に身を任せ芸術を盾に高圧的に娘を思いのまま操って来たが、その彼女の無意識の暴力は、ヴィオレッタにとっては途轍もない虐待以外の何ものでもなかった。

My Little Princess002

エンディングでも、母はついにそれに気づくこともなく、収容所に逃げ込むしかなかった娘に何食わぬ顔で面会に訪れる。
「ヴィオレッタ愛しているわよ」という母を尻目に、彼女は収容所の窓から外に逃げ出し、何処までも走って行く。
この逃走する彼女の姿がとても清々しい。


共感するしかない映画であった。
この救われない映画で、恐らく監督は解放されたのではなかろうか。


キャストは素晴らしい。音楽もかなり良かった。
アナマリア・ヴァルトロメイが他にどのような作品に出ているのか気になる。
際立った子役であったが、健やかに育って活躍して行って貰いたいものだ。







関連記事

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp