蟲たちの家

2005年
黒沢清 監督
楳図かずお 原作
村井さだゆき 脚本
西島秀俊、、、御厨蓮司
緒川たまき、、、留以子(妻)
内田朝陽、、、直也(留以子の甥、俳優)
白田久子、、、小栗羽奈子(職場の後輩)

同じシーンが3回とても効果的に使われていた。ジャンプカットもあり時制も自在に編集して構成し実験性の高い演出に思えるが破れ目は感じない。
この形式が映画の内容を大変雄弁に演出している。
この映画も基本的には、御厨夫妻宅の空間で繰り広げられるものだ。
蓮司が知る世界と留以子の感じる世界の違いは、単に齟齬が生じているというより別な世界に属しながらもお互いの存在を取り敢えず確認し合っているといった関係だ。
パラレルワールドを覗くかのような感覚もあるくらい。
元々、われわれがある対象と接するとき、どれほどそれに深く寄り添っても原理的に相手についての自分の考えを持つに過ぎない。
当たり前過ぎることだが、自分の投影像を見ていることを忘れている場合も少なくあるまい。
その関係性のグロテスクな拡張にも思える。
場合によっては、ほとんどホラーのような暴力関係にもなってしまうだろう。

ただ、留以子の「ザムザは、父親によって精神的に閉じ込められていたのよ」という読みは鋭い。
これは丁度、カフカと父親との関係になぞられる。
(カフカの父は非常に権威主義的で頑固で高圧的であった)。
自分も同様に夫に威圧され家に閉じ込められていると感じる留以子。
一方夫の方は羽奈子に、「留以子はもともと強迫神経症気味で空想癖があった」と言い、彼もまたカフカの「変身」を引き(この辺の教養においては似たもの夫婦だが)、「ザムザは、自分だけの世界に逃げ込み、結局現実に立ち向かうことを放棄した」と捲し立てる。留以子がまさにそれだと。
留以子が甥の直也を自宅に呼び相談しているところを、蓮司は浮気と断じたのだが、そこから双方の幻想が肥大し始めたようだ。
これを受けて、夫婦と言うものはすれ違いが続くうちに大きな溝が生まれるみたいなことを言われると妙に説得力がある。
留以子の告白と蓮司の見る彼女の世界が対比的に描かれるところがとても面白い(直也の見る彼らの世界もシーンとして加わってゆく)。
片や二階の奥の部屋に逃げ込み、蝶になり、甲虫になり、と虫に変身しながら身を隠しついに蜘蛛となって動かぬ姿の留以子とそれを眺め、この状態が落ち着くようだからと、その環境維持を認め糸を吹き出すスプレーで協力もしている蓮司。
呆れかえる蓮司の浮気相手の羽奈子。
二人でその場を離れるも、、、大きな物音が響き何やら二階で何かが起きている気配。羽奈子がひとりで見に行く。
CGでひょこひょこ部屋の陰から歩いて来る虫が不安を煽るアクセントになっていた。
異様な雰囲気の中、羽奈子の血みどろの死骸が現れたかと思うと、スッと糸で引かれて見えなくなった後に、、、
留以子の変身したオオグモが現れるとこれは迫力があるというもの。
ともかく間の構成も含めカットが凝っている。
オオグモを蓮司が抱きかかえる形で受け止めると、裁ちばさみを持つ留以子となっている。
「やっと目覚めたんだね」と言って二人は抱擁する。
最後は、外は雪景色の中、何やら引っ越しの準備を進める留以子と、二階の例の部屋に座っているのは蓮司であった。
留以子はボウルに野菜をたくさん刻んで蜘蛛の巣だらけの部屋に持ってゆく。
蓮司は「こうなるまでにどうしてこんなに時間がかかったのか」と感慨深げに呟く。
留以子はその様子に微笑む。
DVDの特典ビデオで、原作者の楳図かずお氏とキャストたちの語り合う場面があるのだが、日曜美術館のMCを緒川たまきさんが務めていた時に、ゲストで彼が呼ばれていたのに全く覚えていなかったのが、何とも面白かった。
(緒川たまきさんの拍子抜けしているところが、である)。