相原求一郎

冬の北海道の極寒の雪景色を描き続けた画家。
色味が少ないのは、生温い色が許せなかったのだ。
わたしの住む土地にも時折雪は降り、全てを白く覆い尽くす光景に酔うことがあるが、そんな生温い雪ではない。
本当の雪なのだ。
とは言え、この「天地静寂」という絵には、僅かな緑が描き込まれている。
福寿草が死の雪白の中に垣間見えるのだ。

満州に4年間兵役に就いていたが、そこでもずっと絵を描き続けた。
死と隣り合わせの緊張の続く日々に満州の原野を描き続けたことが、帰国後も原体験となって彼を突き動かす。
そして満州の原野に見た赤い夕日を、冬の極寒の北海道にそのまま見たのだ。
それからというもの、北海道の山の初冠雪の時期にそれを描きに行くライフワークが生涯続く。
(どうやら「初冠雪」というのが山に拘る画家や写真家にとって外せない特別なタイミングとなるようだ)。

寒風吹きすさぶ北海道。
実家は埼玉県の川越である。
長男であるため家業を継がなければならなかった。
実業家と画家の二足草鞋を生きることとなる。
そのため北海道への取材・制作旅行も5日程度が限界であったという。
だが彼は死の間際まで病を押してその場所に赴く。
どの絵も、固い氷の潜む白雪の極寒の様相が余りに鮮烈で痛々しい。

面白いのは、北海道を訪れ自らのスケッチする風景を8ミリフィルムに収めているのだ。
後の人間にとり貴重な資料であるが、本人はどういう意図で撮っていたのだろうか。
だが、真っ白い過酷な風景に対峙する画家の強靭な姿に圧倒されるだけではない、何かを感じる。
彼は冬の断崖絶壁を潮風に晒されながら描いている。
普通なら数分と立っていられない場所であろう。
そこまでして彼を追い詰めるものは何であったのか。
戦争体験も大きなものであったに違いないであろうが、、、。

「天と地と」(150号)
まさに両極性を強く感じる非常に重厚な絵である。
これが彼の絶筆であった。
この絵の前で息をひきとっていたという。
この絵だけは、風景をそのまま写実したものではなく、構想をじっくりと練り、雪の峰と黒い丘と鋭く落ち込んだ崖を再構成して構築した風景であった。
これまでに描いて来た大切な場所を統合・構成した集大成の画像となろう。
生涯をかけた宇宙の創造だ。
自分の生涯の終わりに、このようなモニュメンタルな作品を残したいと、、、少なからず誰もが思うものであろうが。
山をこのところ作品によく見る。
これまで自分のなかで、「山」について想う機会はさほど持たなかったことに気づく、、、。
山か、、、。
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