わたしは、ダニエル・ブレイク

I, Daniel Blake
イギリス、フランス、ベルギー
2016年
ケン・ローチ監督
ポール・ラヴァーティ脚本
ジョージ・フェントン音楽
デイヴ・ジョーンズ、、、 ダニエル・ブレイク(心臓病を患う大工)
ヘイリー・スクワイアーズ、、、ケイティ・モーガン(シングルマザー)
ディラン・マキアナン 、、、ディラン・モーガン(ケイティの長男)
ブリアナ・シャン 、、、デイジー・モーガン(ケイティの長女)
ケマ・シカズウェ、、、チャイナ(ダニエルの隣人)
制度的に給付金が支給されにくいシステムになっているのか。財政赤字から福祉関連の支出を極力抑えるように故意に手続きを煩雑にしその対象となる人々に諦めさせようとしている実情が見て取れる。
姑息な手だ。
かつて福祉大国と謂われた(揺り籠から墓場までの)イギリスもこのような為体である。
経済的に停滞が見えている先進国の多くはこう言った状況なのだろう。
ただし、どうであっても心臓に病を抱え主治医から就労を止められている者~国民に対し、何の経済的支援~保証も出来ないのであれば、最早国としての体をなすまい。
あからさまに生存権が侵されているではないか。緊縮政策のしわ寄せが福祉面に如実に表れている。
ここは大きな問題である。
国民側もサイレントマジョリティーでしかない。
であるからか、ダニエル・ブレイクが壁にスプレーで文句を書き付けた時に、如何にも経済的に底辺に暮らしているような人々から声援が自然に沸き立った。閉塞空間に小さな風穴が開いた感じだ。

ダニエルが支援手当の給付の審査に赴いた時から、その後ずっと滞って話が進まないどころか、僅かな申請上のミスや不備を突かれ受給停止や罰則まで課せられる始末。
しかもバカげた質問をくどくどした挙句に就労可能という判断を下す。君は医者かねという質問に医療専門職であると事務的な答えを返す。そして彼に求職活動をして支給の審査を受けろという。
ここでは、特にお役所側は、助けを求めて長い時間並び漸く呼ばれた人を、杓子定規な言葉と理解不能な対応で遠ざけつづける。
普通の神経なら苛立つのは当然だ。
彼は実直で腕の立つ人情に篤い大工であるが、パソコンなど必要ない世界に生きて来た。
それが死活問題の手続き全てパソコンなしでは出来ないウェブ上での作業なのだ。何時間かけてもエラー音に悩まされ続ける。
お役所が国民に対し敵対しているようにしか見えない。
そんなとき大概周囲はその人に対し自己責任と謂って突き放すだけであろう。
彼はただ真面目に真っ当に生きて来ただけなのだ。それのどこが悪い?
フランツ・カフカもお役所の役人であったが、ある労働者の救済の為、自らが彼の弁護士を内緒で雇い、自分たち(役所側)が裁判で負けるように仕向けたそうだ。カフカの(自称)弟子であるグスタフ・ヤノーホの手記にあったエピソードであるが、後にそのことを知った労働者は、カフカの事を「聖者」と呼び深く感謝していたと。それは尊い行いであると思った。
しかし聖者がそこここにいるわけはなく、この噺で描かれるのは弱者同志のお互いの状況の理解と同情・共感による相互扶助、支え合いの精神の尊さである。
この人と人との関係の原点に立ち戻り、再度システムの見直し~改善をすべきではないか。
システムこそが肝心であり、何処かにいるかも知れない良い人頼みというわけにはいくまい。
現状のシステムでそのまま行けば、エアポケットに落ちてしまう人は必ず出る。
誰がそのシステムの歯車に就いても多様なニーズに応えられるものにしておかなければ悲劇は続く。
セーフティネットの完備を目指すべきである。

しかしここではシステムには回収できない個々の生身の人間同士の触れ合いの大切さが押さえられている。
ふたりの幼い子供を抱えたシングルマザーのケイティとの出逢いはお互いにとって感情を清めるものになったはず。
不寛容に対する怒りの感情よりも同情と他利的な思考に充たされる方が人間として幸福であるのは言うまでもない。
わたしが最もショックを受け胸が熱くなったところは、ケイティが慈善団体の催すフードコートで、思わず缶詰を開け中身を食べはじめてしまい、我に返りその行いを恥じて動揺を隠せないでいる場面であった。すぐさまダニエルが駆け寄り彼女を慰め元気づけていたが、過酷な生活の耐え難い空腹からしてしまったことで酷く自尊心を傷つけてしまうのだ。
しかしこれが生活であり、そこに寄り添える相手のあることの大切さである。
これは何にも代えがたい。

様々な面で、経済面・精神面に渡りダニエルはケイティ一家を援助するが、彼自身の力も尽きてしまう。
ケイティ一が強力な支援機関を探し出し、今度はダニエルに恩返しをしようと彼をその機関に引き合わせるも、そのトイレで心臓発作で倒れ、帰らぬ人となる。
彼の葬儀にケイティ一が「彼はお金で買えぬ物を与えてくれました」と述べ、ダニエルのポケットに入っていた紙のメモを読み上げた。
「わたしはクライアントでも顧客でもユーザーでもない。怠け者でもたかり屋でも物乞いでも泥棒でもない。国民保険番号でもなく、エラー音でもない。きちんと税金を払ってきた、それを誇りに思っている。地位の高い者には媚びないが、隣人には手を貸す。施しはいらない。わたしは、ダニエル・ブレイクだ。当たり前の権利を要求する。敬意ある態度と言うものを。わたしは一人の市民だ。それ以上でもそれ以下でもない」
鉛筆書きの履歴書であろう。
役所で何を学んできたのかと言われ撥ねつけられたものである。
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ダニエルの隣に住み、何かと彼の世話になっている黒人青年チャイナが、非合法(すれすれか?)で中国から安いブランド物シューズを取り寄せ、売りさばいて稼いでいるのが、なかなか逞しく印象的であった。
これからは、個人のアイデア次第で生き残って行くようなサバイバル社会の側面がどうしたって強くなる傾向はあろう。
ダニエルが止めるにも関わらず、ケイティは風俗で働くことを余儀なくされていたが、その後どうなったのか、、、。
強力な支援機関に働き口を斡旋されたのだろうか、それが気になった。
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