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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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青いパパイヤの香り

la papaye001

L'odeur de la papaye verte    Mùi đu đủ xanh
1994年

トラン・アン・ユン監督・脚本


トラン・ヌー・イェン・ケー 、、、ムイ
リュ・マン・サン 、、、ムイ(少女期)
グエン・アン・ホア  、、、ティー
チュオン・ティ・ロック 、、、母親
ヴォン・ホイ 、、、クエン


1950年代のベトナムのサイゴン(現ホーチミン)が舞台。
10歳のムイが裕福な布商人の家の使用人に雇われた。
毎日食事、掃除、洗濯などの家事をせっせとこなしてゆくのだが、何ともその風景が実に抽象的な感覚である。
実体感が薄い。お芝居でやっているというか、ロールプレイゲームを楽しむような、そんな日常にも見える。
旦那がいつも三味線みたいな楽器を奏でていて、その音がわたしには実に不快で耳障りだ。
音楽そのものが不愉快に感じる。この何もしない旦那が家の独特な抽象性を高めている。
(この頃と謂えば、ベトナム民主共和国の独立をかけてフランスと戦っていた時期ではないか、、、)

カエルがよく出て来た。
家の中と外の境界が曖昧なのだ。
雨も多く池や水瓶など水気がタップリあり、きっとイモリなどもいただろう。
植物の葉や実、特にパパイヤを切り開いた時の真っ白な粒粒の中身など、生々しい官能的な美がそこかしこに漂う。
空気が綺麗そうで、映像全体が良い色をしていた。
セリフは抑えられていて静謐な雰囲気が支配する。
皆が蚊帳の中で眠ていた。

la papaye002

旦那が度々有金全部掴んで家出する習慣をもち、その度に家は窮地に陥る。
前に家出していた間に7歳の娘が病気になって亡くなったため、生きていれば同じ歳であったムイはその家の母に大事にされる。
年老いた使用人も彼女によく仕事を教えてくれた。
祖母と生地商売の母と何もせず楽器を弾いていて突然愛人のところに雲隠れする父と3人の息子の家であるが、一番下の息子は何かとムイにちょっかいを出して虐めていた。明らかに気を引こうとしていたようだが、ムイは何とも思っていなかった(当然だろうが)。
父が家出してそのまま10年後にムイが雇われた新たな家は、前の家によく遊びに来ていた長男の友人クエンの屋敷であった。

la papaye004

それまでフランスの植民地であったことから、その影響が結構見られる。特にこのような上流家庭には。
調度やガジェットや服装・ファッションは勿論だが、、、
クエンはパリの音楽大学を卒業しており、現代音楽の作曲家のようだが、ドビュッシーもよく弾いていた。
彼には婚約者がおり、自分のことを良家の子女と言ってはばからず小うるさく演奏の邪魔ばかりして気を引くことばかり考えていて、いよいよ鬱陶しくなってきたころ、ムイの魅力に気づく(ようやく)。


両生類にせよ蟻にせよ植物や雨や何にしてもアーティフィシャルな感じがとても強く、郷愁に染上げられた光景に想えた。
この映画実は、ベトナムで撮ったのではなく、フランスのスタジオセットの中で街並みを作って撮られたものだと言う。
道理で、全体が模型的でキラキラしていたのだ。
ずっとフランスに住んでいたという監督の少年期の回想で創られたかのような。
静謐な箱庭感覚。
耐え忍ぶ苦しみや悲しみが爽やかでキラキラした光の内に浄化されてゆく。
こういうのはとても好きだ。

la papaye003

最後に、ムイは身籠り、お腹の子に向けて詩を読んで聴かせていた。
(文字をクエンから習ったのだ)。
幸せなお金持ちの作曲家の妻になっていた。
(この頃のベトナムは実際、情勢はどうだったのだろう、、、そんな気持ちもちょっとはしたが)。
最近のベトナムはやたらと活気に満ちている感じであるが。

とても気持ちの良い童話みたいな噺であった。


少女期のムイも20歳のムイもどちらも雰囲気のよい女優である。
この凛とした瑞々しいヒロインのリレーで、この映画の調和~統一感も見事に保たれていた。





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